お知らせ

お知らせ

*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。





「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。



人と防災未来センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

***掲載した主な画像(写真)の上にカーソルを置きクリックすると拡大されて文字が読みやすくなり、さらにクリックするか当該画像右上のXをクリックすると元のサイズに戻ります***


(間もなく参議院議員選挙がはじまります。)
25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。

2005年6月30日木曜日

7月のイベント

 いよいよ夏の季節になる。 黒姫の美味しい野菜を味わえるのは20日以降か、戸隠街道沿いの直売所を訪ねるのが楽しみだ。 町内の7月のイベントを一覧にしてみた。 個人的には、9日の童話館・ジャズコンサートと、23日の一茶記念館講座に出かけたいと思っている。

 1日(金): 「氷河時代の昆虫化石」特別展 11月30日(水)まで
        野尻湖ナウマンゾウ博物館
 2日(土): ホタルの学習会 「ホタルをしらべよう」
        野尻湖ナウマンゾウ博物館
         ●時 間 :午後7時集合~8時30分ごろ
         ●会 場 :信濃町戸草 集会所前集合 
         ●申込み :前日までに博物館まで
 3日(日):松谷みよ子の童話・民話の旅
       黒姫童話館PM1:00~ 当日先着200名
       ・第1部 松谷みよ子講演会
       ・第2部 松谷作品の朗読、語り、紙芝居、実演
       ・第3部 松谷みよ子サイン会
 4日(月):一茶記念館・臨時休館 8日(金)まで
 7日(木): ナウマンゾウ博物館講座「信濃町の自然と歴史」
         信濃町総合会館にて 午後7時30分~午後9時
 9日(土)・10日(日):野尻湖トライアスロン
       ●スイム/野尻湖●バイク/野尻湖周遊道路●ラン/信濃町高原コース
 9日(土):ジャズデュオ エアー&タイム コンサート
       黒姫童話館 PM3:00 開演
        曲目 サマータイム、枯葉、ゆうやけこやけ ほか
        出演 石川得道、エディー ブリッグス
出演者プロフィール
●石川得道
  信濃町出身。渡米後ニューヨークシティカレッジ音楽科にてMJQのジョンルイスなどに師事。現在、ニューヨークニュージャージー港湾局勤務。
● エディー ブリッグス
  ニューヨーク出身。ジュリアード音楽院作曲科にて主にクラシック音楽の作曲、編曲を習得。現在、マイクロソフト社勤務。

��0日(日):くるま座小劇場「ミイラからから」
       黒姫童話館
��3日(水):第14回 野尻湖クリーンラリー
        午前9時から12時まで、野尻湖及び町立野尻湖小学校体育館
��6日(土):黒姫高原コスモス園開園 10月16日(日)まで
        開園時間 8:00~17:00 23日(土)以降入園料要
��6日(土):ぱぴぃ人形劇場
        黒姫童話館
��7日(日):信濃町の生物の観察 「信濃町の虫をみつけよう1」
        ナウマンゾウ博物館
��7日(日):パックマンのハッピータイム
        黒姫童話館
��8日(祝):くるま座小劇場「ミイラからから」
        黒姫童話館
��3日(土):一茶記念館講座 北国街道 尾崎 行也(地方史研究家)
        14時~16時
��3日(土):アンサンブル・レスポワールと小澤英輔のハーモニカコンサート
        黒姫童話館
��4日(日):映像と語りでつづる『信濃の伝説』
        黒姫童話館
��0日(土):野尻湖花火大会&サマーフェスティバル
��1日(日):アンデルセン生誕200年記念コンサート
        黒姫童話館
��1日(日):おはなし会講座・(申込者のみ)
        黒姫童話館
��1日(日):野尻湖サマーフェスティバル
        日程(30~31日)等一部変更がありそう。
        信濃町観光協会信濃町役場野尻湖ナウマンゾウ博物館のサイト更新を要チェック。

2005年6月29日水曜日

癒しとかヒーリングって何?

 "癒しの○○"とか、心の安定を意味するような言葉が使われるようになって、随分と年月が経ったように思うが、ヒーリングって具体的に何だろうと自覚している人は少ないと思う。 信濃町でも「癒しの森」プログラムというのを展開しているが、これは"癒し"をキーに観光事業を展開しようとするものであろう。

 自然体験の中から子供達を健やかに育てたいというラボランドという施設が黒姫にはあるが、自然体験の中から肩の荷をおろしてリラックスしてほしい、ゆっくりして体を休めてほしいという、大人向けの形を変えた事業がこのプログラムなのであろうとは思う。

 ただ、現代人の心や体の疲れというのは、自分の周囲の人や組織との軋轢によるものが殆どだと思う。 だから、自然の中でリラックスできたとしても、軋轢に抗する潜在力を高めていなければ、一旦、現実に戻ると元の木阿弥になるのではないだろうか。
 やはり、黒姫の豊かな自然の中から、自分を変えていくとか、自分の生活を変えて行くという積極的なアプローチがなければ、折角黒姫で"癒し"を体験しても、個人的な悩みは繰り返されることになり、効果がないと判断され、黒姫へのリピーターとはなってくれない結果になってしまう。
 自分を変えるというのは、自分が"生きているという確信"を得ることで、そのために必要なのは、まず、"シェアリングSharing"ではないかと思う。
 20年前だったか、Marriage Encounterというプログラムに参加したことがあるが、夫婦との関わりや夫婦と夫婦とのかかわりの中から、共に生きる喜びを感じるもので、意識の高揚から毎日の生活のハリを感じさせるものであった。 長い時間の流れの中で、その意識は薄れるものではあるけど、体験するとしないでは大きな違いである。(アメリカでは、心理治療の一つとして、また犯罪者の再犯防止などにこの手法が取り入れられている)
 そのように学術的に、心理学的に研究された手法を取り入れないと、形や言葉だけでは、最後には形骸化したプログラムになるのではとないかと思うのである。
 飯綱高原の、 Holistic Space 水輪では、自然治癒力と題して帯津良一先生の講義があったり、スーザン・オズボーンのヒーリング・ボイス・セミナーが開かれたり、多種多様なプログラムが(かなり値段が高いのが難点だが)用意されている。
 我が家の遠来の客人が、これに参加したり、長野のとある同様の主旨の会で黒姫和漢薬の狩野さんにお会いしたことがあると言っていたが、どこかで人の輪がつながっていく面白さを感じたものであった。
 ヒーリングに関連して自分が耳にしたものに、フィンドホーン フィンドホーン・クラブ バーバラ・ブレナン などがあるが、時流に迎合したものでなく、もっと精神的に高いプログラムを是非目指してほしいと思う。

2005年6月28日火曜日

恵みの雨になるかな?

 この所、全く雨が降っていなかったが、今日はお湿り程度なのか、ともかく雨が降っているようです。 我が家の畑の作物も少しは元気を取り戻してくれるかな?
 もう終わってしまったかもしれないけど、ブルーベリーの花って、清楚でかわいいですね。 畑に植えて10年を越えたけど、手入れ方法を知らないので毎年小さな実しかつけていない。 除雪のブルが来た時、イトウさんが教えてあげるよと云ってはくれたけど、なかなかまとまった時間がなくて伺うことができない。
ブルーベリーの花


2005年6月27日月曜日

町議会議員の方もブログを始めないかなぁ~!

 町議会の議員の方々というのは住民の生活に密着しているというか、住民の生活向上を一番に諸事項を検討し実現に向けて働いておられるのであろう。
 だから常日頃、住民の声を聞く耳を持つと同時に、町政で話し合っている事柄や情報をすみやかに町民に提供し、住民の反応を知ることが大事である。
 先般、ダイエーの会長に就任されたBMWジャパンの女性元社長は、「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」とよく言われるが、下の者からの上司への"ほうれんそう"を求めるのではなく、上司が部下へ"ほうれんそう"することが大事だと言われていた。 全くその通りだと思う。 組織の上職につけばつくほど、往々にして下からの情報を求めるが、逆に下へ流す意識が大事だし、それだけ上職にある者は"働きなさい"ということなのであろう。
 信濃町の隣村になる、今秋には「飯綱町」になる三水村の村会議員である松橋たけしさんは、議会活動情報をご自分のブログに記している。 このような態勢が求められる時代になってきたということである。

2005年6月26日日曜日

信濃町からブログ発信している方は?

 信濃町もしくは黒姫高原をキーにして発信されているブログはどのくらいあるかな? と思い調べてみた。 調べるといっても通常のサーチエンジンで分かったものだけだから数は少ない。 無料でブログが開けるISPやポータルサイトもあるのでブログが急速に増えている今日、信濃町でも色々な方が始めているとは思う。 今の信濃町や黒姫を伝えるブログが増えて、これらをウエブリングでつないだら、大きな情報発信機能になるであろう。
 ということで、今日見つけたブログ・サイトは、

��.北信州の黒姫高原で暮らすチョコラブ「オレオ」と...
   +++++ OREO'S SYNDICATE +++++
��.赤ちゃんを抱っこする便利な子守帯を...
   だっこリンくらぶのブログ
��.黒姫駅前の萬屋酒店さん
   黒姫高原の呑気な酒屋 気ままな絵日記/ウェブリブログ
��.ペンション経営の方々
   なんでもないよーな事が...
   ぶるーすmamaのお気楽な日々
   信州黒姫高原発
   森 の 食 卓
��.信濃町の癒しの森プログラムに参加されている方とか...
   コーチ兼重の田舎あそび
��.北海道から「森のセラピスト入門講座」などを発信(癒しの森プログラムに関連してあげてみた)
   森林療法のススメ
他に、CGIプログラムで日記を書かれている方が(今までは自分もそうであったが)おられるが、双方向での情報交換という意味でも、コメントやトラックバックが使えるブログの方が有益であろう。

2005年6月25日土曜日

根曲がり竹

 黒姫山周辺での竹の子採りも今週末あたりでそろそろ終わりに近づいてきたと思うのだが、先日行った北海道のニセコ周辺でも竹の子採りが盛んなようで、狭い舗装路の片隅に、無人の車が何台も停まっていた。
 ただ、信州の山々と違って山の形が違うし、竹もどちらかというと笹竹のような低いもので、林道などはないのでそのまま斜面を登っていくような感じであった。
ニセコ周辺の山
黒姫山中で採れた竹の子

 採っていた人のリュックからはみ出していた竹の子を見たら、黒姫山周辺で採れるものと形は全く同じであった。

2005年6月24日金曜日

北信地方というのはどこまで?

 黒姫は信州の北部に位置していることから、個人サイトを作り始めた時以来、何気なく"北信地方にある黒姫"というような表現を使ってきた。 しかし、色々なサイトを見ていると、中野市や飯山市方面を北信地方と云っているケースが比較的多く、具体的にどこまでの範囲をいうのか疑問に感じていた。

 信州の地方紙である信濃毎日新聞には、「市町村の話題」というコーナーがあるが、その中には東信・北信・中信・南信というふうに大きく区分され、さらに北信の中には、長野市(豊野町、戸隠村、鬼無里村、大岡村)、須坂市、中野市(豊田村)、飯山市、千曲市、坂城町、小布施町、高山村、山ノ内町、木島平村、野沢温泉村、信州新町、信濃町、牟礼村、三水村、小川村、中条村、栄村が挙げられている。
 しかし、幾つかのサイトでは、東信地方である上田市、小諸市、佐久市なども含めて広義に解釈しているページもあって、より混乱してしまうのである。
 ただ、明治維新の際には、北信地方を管轄するとして「中野県」という県があって、現在の中野市に県庁舎があったということからすると、中野市周辺が北信地方の中心地ということは正しいのであろう。
 確かに、長野県の行政機関のサイトなどを見ると、 北信地域の市町村として、中野市、飯山市、山ノ内町、木島平村、野沢温泉村、栄村になっており、その他の長野市周辺の市町村は長野地域に含まれている。
 そんなふうに考えてくると、信濃町は狭義では北信地方には含まれないのかもしれない。
 しかし、信濃町の周囲には、北信五岳と呼ばれる山々 -黒姫山、戸隠山、飯綱山、斑尾山、妙高山- があり、そのうちの斑尾山の一部だけが中野市にかかっているのである。 また、志賀高原や信濃町を流れる千曲川支流の漁業権は北信漁業組合(事務所はJR信越線牟礼駅近くにある)が管轄しているが、こちらの漁組が管理している地域はこの範囲なのである。
 加え、昨年12月に開通した、信濃町から三水村を抜けて立ケ花まで続く広域農道は、北信五岳道路と名づけられており、一層混乱してしまう。
 結局は、北信地方というのは、ある時は中野市を中心としたり、ある時は長野市を中心として、その周囲を示しているということであって、きちっとした線引はないということなのかもしれない。

2005年6月23日木曜日

白樺の木

 高原を彩る樹木となると誰でも白樺を思いおこすことであろう。
 信濃町でも、黒姫山斑尾山の登山道、御鹿池周辺、苗名滝に向かう信濃路自然歩道象の小道などで、白樺の木に会うことができるが、まとまって林立している所は少ない(と思う)。 黒姫山の表登山道が通る町民の森にはたくさん植樹されているので、これが育てば白樺の大きな森になることであろう。
 さて、先日、北海道のニセコ周辺に行ってきたのだが、本州中部で見る白樺と北海道で見る白樺に違いがあることを発見した。 種類が違うのか判断する知識はないが、北海道の方が枝ぶりに角々があって、何かぎくしゃくしているのである。 いまだ残雪があった所から、樹木に積もる雪の量が多いのだろうし、より厳しい自然環境だということに起因しているのかもしれない。 以前、イギリスのキューガーデンを見学した時に、枝ぶりが奇妙な、何かWitchの世界を思い起こさせるような雰囲気の樹木を見たが、ニセコで見た白樺の枝ぶりにもそんな雰囲気があった。 
信州・志賀高原の白樺  北海道・ニセコの白樺


2005年6月22日水曜日

6月としては異常な暑さであろう

 昨日21日は全国的に気温が高かったようだが、黒姫も暑かった。 デジタル温度計のセンサーを窓の外に出して10分おきに計測しているのだが、早朝17度で始まった気温は正午に30度になり、2時頃には32度になっていた。 西日があたりだした3時には一瞬36度を示したが、これは正しくない。 この所雨降りが少なく、上旬に山登りができるかどうか気になっていたのが嘘のようだ。

6月21日の気温と湿度














2005年6月21日火曜日

 初夏の風物詩といえば、まず「蛍」をあげる人が多いだろう。 「ホタル」という高倉健出演の映画があったが、特攻隊員をホタルにたとえる所に日本人の叙情性が出ていると思う。 ただ、一人一人の悲しさや侘しさに焦点をあてても、あの戦争は日本人にとって何であったか今の人々に訴えていない所に中途半端さを感じたものであった。

 さて、この「蛍」であるが、全国で観測され初めているという話題が出始めているようだ。 信濃町では鳥居川の支流や用水があちこち流れているが、いろいろな所で蛍を見ることができ、自分が確認したのは戸草、荒瀬原、古間などの地域である。 本道(大本道、小本道)でも見られるようだが未だ地形など詳しく知らない。
 これらの場所の中で一番は「戸草」であろう。 古間駅から線路沿いに歩き、トンネルを抜けるか、北信五岳道路の途中から戸草の集落に入ることができるが、その集落を流れる芋川用水に生息しているのである。

 理由は知らないが、この芋川用水は2001年から2003年にかけて改修工事が行われ、工事区間のホタルの幼虫と、えさのカワニナを用水内の保護区間に移す作業を行ったとのことであった。 それでなくともかつての有数の生息地だったホタルは減少の一途ということで、これらの工事の影響がないか心配されていた。
 毎年、野尻湖ナウマンゾウ博物館では「蛍をしらべよう」という観察会を開いており、今年は今週25日(土)と来月2日(土)に開くと博物館のホームページに記載されているが、昨年の7/3には94名が参加されたと大変な人気らしい。
 
 以前、戸草でテントを張って蛍の野外研究をしていた高校生の一団に会ったが、この周辺では6月24日~7月10日の間が良く見え、今日も300匹ほどが確認できたと教えてくれたことがあった。 もう高校を卒業されているだろうが、地道な研究に注力される若者のことが爽やかな印象として今でも脳裏に残っている。

2005年6月19日日曜日

無言館に赤ペンキ

戦没画学生の作品を展示している上田市の無言館の慰霊碑に赤ぺンキで塗られるという事件が発生した由。 どんな心を持つ人の仕業なのであろうか? 広島の原爆ドームに飾る千羽鶴を燃やしたり引きちぎるという事件もよくあるが、こういう所作を聞くと、怒りを通りこして悲しさだけが残ってしまう。 きちっとした歴史認識を持たせるような教育が行われない結果であろう。 戦後60年間、行政にかかわった人々の責任は重大だ。



新垣勉さんの記事を見る

 昨日18日の朝日新聞朝刊-私の視点-で、沖縄戦60年としてテノール歌手の新垣さんを特集。 今の為政者はかつての日本を迷わせ、人々を苦しめた過去を直視する心も能力もないようだ。 「さとうきび畑」の歌詞を歌いながら涙がこぼれたという。 心を大事にしない力だけの政治・行政・経営・営業、どれも最後は行き詰まりを見る事が分かっている人があまりにも少ない。 声高に話す人に指導力があると幻想を持ってはいけない。



2005年6月18日土曜日

JAL

JALもANAも心配なんだけど、選択肢がないんだな!



2005年6月17日金曜日

野茂粘って金字塔

 野球とかサッカーなど、テレビでも新聞でも大騒ぎをするスポーツ(に限らず)には何か抵抗があり関心もまったく湧かない。 従って、誰でもが騒ぐような大きな試合があっても、その会話の中に入ることができないし、選手の名前をあげられてもどういうチームに所属してどういう人なのかも全く分からない。
 しかし、野茂英雄投手だけは違う。 彼のことが気になるのは、一つには彼の容貌とか風貌というのが、自分の息子によく似ているということである。

 そういう身びいきもあるが、誰でも言うように、彼はメジャーリーグへの日本人としての先駆者であると同時に、調子の良い時も悪い時も寡黙で、ただひたすら自分の目標に向かってしっかりと自分の歩みを進める姿勢を崩さないからである。
 200勝という金字塔すら彼にとっては通過点に過ぎないのである。

 鈴木一朗や中田英寿も然り。 武士道というか、何百年何千年と息づいてきた日本人の精神性、あるいは一種の宗教性すら示しているからである。(NHKのラジオ番組に「ラジオ深夜便」というのがあるが、その番組の中で、ある宗教学者がイチローの後姿に宗教性を感じると述べていた)

 ただパワーだけの選手をヒーローと見ていたアメリカ人も、野茂やイチローからより深い精神性を持つ日本人のスポーツ選手に開眼したのではないかと思う。
 そのような理由で、アサヒ・コムに記載された 「凡打の山、野茂粘って金字塔 経験武器に打たせてとる」2005年06月16日16時43分 という記事を転記した。

凡打の山、野茂粘って金字塔 経験武器に打たせてとる

 苦しんだ末の日米通算200勝だった。
 決して調子は良くなかっただろう。1回、先頭のクラークにど真ん中の直球を左翼席に運ばれて、先制点を許した。その後もボールが先行し、野茂は低めへの制球に苦しんでいるように見えた。
 だが、メジャーでの先発がこの夜で313試合目を数える右腕には経験という武器がある。
 無失点に抑えた3回から7回まで、1イニング平均の投球数は9.8球だった。打者有利のカウントで凡打を誘う。1点を勝ち越してもらった直後の6回無死一、二塁では、カウント0―1から3番オーバーベイを二直で一塁併殺にしとめて、勝機をたぐり寄せた。
 かつて奪三振数を誇りながら、肩とひじの手術を経て球威が衰えた今は、1球でアウトをとるすべを身につける。この夜、三振はわずか2だったが、積み重ねた凡打に価値があった。
 日米通算200勝は、日本人選手のメジャー進出に道を開いたパイオニアが新たに切り開いた新世界だろう。だが、野茂はそんなことに頓着しない。「区切りの目標はない。とにかく次の試合を勝てるように投げていく。それだけです」
 メジャーで長くやる秘訣(ひけつ)を聞かれた時はこう答えた。「(日米通算)15年しかやっていない僕からアドバイスは出来ない。もっと長くやられている人が日米でいる。僕はそれを目指している」
 その姿勢を貫くからこそ到達した金字塔であり、通過点だった。

2005年6月16日木曜日

今朝の一曲 Oh, Shenandoah

 オールディーズという分類に入ってしまうのか、ボブ・ディラン(BOB DYLAN)やポール・ロブソン(Paul Robeson)が歌っていた「オー・シェナンドー」を、今朝はチーフテンズ(The Chieftains)で聞いた。 チーフテンズのアルバム"Long Journey Home"の1曲目に収録されているものである。
 Shenandoah Valley は、北アメリカのバージニア州北部にあるようで、渓谷には Shenandoah川が流れ、1700年代に発見され、西部開拓地への玄関口になっていたようだ。 詞の中では、大きなミズリー川を渡りながら、インディン娘に対する想いを歌っているようである。
 行ったことのない地域だが、何か郷愁を感じる一曲だ。 次に、lyricsを掲載。

Oh, Shenandoah

Oh, Shenandoah, I long to hear you
Look away, you rollin' river
Oh, Shenandoah, I long to hear you
Look away. We're bound away
Across the wide Missouri
Now the Missouri is a mighty river
Look away, you rollin' river.
Indians camp along her border
Look away. We're bound away
Across the wide Missouri
Well a white man loved an Indian maiden
Look away, you rollin' river
With notions his canoe was laden
Look away, we're bound away
Across the wide Missouri
Oh Shenandoah, I love your daughter
Look away, you rollin' river
It was for her I'd cross the water.
Look away, we're bound away
Across the wide Missouri
For seven long years I courted Sally
Look away, you rollin' river
Seven more years I longed to have her
Look away, we're bound away
Across the wide Missouri
Well, it's fare-thee-well, my dear,
I'm bound to leave you
Look away you rollin' river
Shenandoah, I will not deceive you
Look away, we're bound away
Across the wide Missouri

2005年6月15日水曜日

自然のなかの時間

 11日(土)に一茶記念館で行われた岡野薫子さんの講演会でいただいたレジメの正面に、本タイトルの文章が載っており、岡野さんの自然観に感じ入り、ここに記載してみた。
 なお、一茶記念館の企画展「一茶のふるさとを愛した作家-岡野薫子-」は、4月22日にはじまり、7月3日(日)が最終日となっている。 より多くの人に見てもらいたい。

自然のなかの時間

 自然のなかの時間は豊かである。
 自分が自分であることを忘れ、まわりのなかにとけこむことができるから。
 私自身が小さくなって消えてしまうと、まわりのものたちが、いろいろなことを語りかけてくる。 草や木や風や鳥や、さまざまな動物たち。 小さな虫たちまでも・・・・・・。
 その声に耳をかたむけていると、時間はいつもよりたっぷりと、ゆっくりとながれ、私の心といったりきたりしはじめる。
 この上ない幸せに心が満たされるのは、こんな時。 ともに生きていることの喜びが、からだのなかをかけめぐる。
 遠い子どものころの思い出が、ゆっくりと起き上がってくる。 そうして、今も私のなかにある子どもの心と一つになり、これまでの長い時間がかさなって、数数の物語がつむぎだされていく。
 自然のなかで過ごす時間は、私たちを生き生きとさせてくれる。 そこには、絶え間ない変化と、思わず目をみはる不思議さ、新しい発見が、いつもある。
 だれもが同じだけ持っている今の時間。 まるで、同じバスに乗りあわせたような、なつかしい気もち。
 そうして、乗っているのは人だけではない。 自然のなかの時間が、こんなにも豊かななのは、そのためであると思う。
                               岡野薫子

2005年6月14日火曜日

黒姫山つづれ暦

 「黒姫山つづれ暦(ごよみ)」は、先日一茶記念館で講演された岡野薫子さんが昭和60年に出版された著作である。 新潮社から出版されたのだが、既に絶版なっているとのことで、こちらのサイトに著作の写真を掲載してみた。
 岡野さんは、伯父さんの別荘が神山国際村(当時は外人村)にあったため、学生の頃である昭和19年に初めて野尻湖を訪ね、その後、回を重ねる中で昭和40年には黒姫山の麓になる山桑にご自分の別荘を建てられた。 そういう中での体験や知り得た事柄をまとまめられたのが本書で、往時の信濃町や生活状況を知ることができる。
 山荘の水利権の話、国際村(外人別荘)のこと、「ふみの丘」の名前の由来、ゲレンデ開発やペンションの林立など、黒姫を知った方には大変興味をもって読むことができる著作となっている。 特に「ふみの丘」の「ふみさん」は伯父さんの奥さんの名とは知っていたが、「おかのふみ」さんという姓名を逆転させたのだというのは先日の講演会で初めて知った。
黒姫山つづれ暦


 山桑での生活から数々の童話が生まれたと、ご自分の著作生活を中心に纏められたのが「森のネズミの山荘便り」である。
森のネズミの山荘便り

 本書は、黒姫第二弾の著作であろう、ご自分の創作活動の原点や視点となったヒメネズミなどの小動物や自然界の現象なども含めて、広く捉えて書かれている。 本書を読み始めて最初に感じた一節を、
 長野で、信越線直江津行きに乗り換える。 北長野を過ぎ、豊野にさしかかる辺りから、車窓の風景は一変して雪景色になる。その変わり方は劇的だ。
    (略)
 今頃、黒姫山荘は雪の中だろう。そうして、ヒメネズミたちは、もう、山荘に引越してきていることであろう。
    (略)
 古間駅を出て黒姫に近づくに従い、列車はカーブして、右側の車窓に大きく妙高山がせりだしてくる。 山に迎えられた気分で、私の胸はどきどきする。 こうしたふるえるような胸のときめきは、都会に居ては味わえない。

 この一節に、特に共時性を感じる。 新幹線が開通している今はそれほどの感慨でもないが、以前の「特急あさま」に乗って黒姫に向ってきた時の、この"わくわくする気持ち"は何ともいえずに嬉しいものであった。
 2005年4月から、一茶記念館では岡野薫子さんの企画展を開催しているが、岡野さんが蒐集した、国鉄柏原駅や黒姫駅の入場券なども見られて楽しい。
 一茶記念館で買い求めた本書には著者のサインがあった。
岡野さんのサイン入り本

 岡野さんの、この2冊は特に大事にして行きたいと思う。 加え、岡野さんは野尻湖グリーンタウンにも山小屋をお持ちだとか、自分も以前に食指を動かして、野尻湖近辺の別荘地を訪ねたが、なかなか条件に合わず結局諦めてしまった。

ホームサーバー版ブログは未だ片肺飛行

 5月初旬から始めたホームサーバー版ブログだが、先日いくつか手を加えたものの、思ったとおりのアップデートができず、いまだ運用にやや不安を感じながらログを記録している。
 まず、サイトのアドレス(URL)とグローバルアドレスの関連付けに一抹の不安がある。 停電や回線の瞬断が発生するとIPアドレスが変わってしまいURLとの関連付けがなくなってしまう。 現在、http://kurohime.homeip.net/とhttp://www.kurohime.info/という二つのアドレスを使い運用しているが、たぶん前者の方が障害になった場合の復旧が早いであろう。



 次に、天気予報(http://tenki.jp/)を取得するライブラリーを入れて、2時間起きに新しい情報を取得するように設定しているのだが、正常に更新されていたり、なかなか更新されなかったり、未だ確認が取れていない。

 また、画像ファイルをアップロードする際にサムネールを作成するようにImageMagickという機能があるのだが、うまく起動しない。 まぁ、手作業でサムネールを作ればいいのだから大きな問題ではない。

 ブログ用のソフトウェアであるMovableTypeのアップグレードは正常にいったようで(単にファイルを上書きするだけだから当然だけど)ある。


 先輩諸氏のサイトを参考に色々手を加える楽しみはあるのだが、運用しているPCの環境が異なっているので一律にいかない部分もある。 サイト運用というのは結構大変なことだ。


2005年6月13日月曜日

黒姫山登山7回目

 梅雨入りしたという気象庁の発表に、雨降りになって取り止めになるのではと数日前から気をもんでいたが、昨日、信濃町観光協会主催の黒姫山春山登山が予定通りに実施され、ここ数年下山中に起こしていた膝の痛みを感じることもなく無事に登頂を済ませることができた。
 自宅に帰って今までの記録を調べたら、今回の黒姫登山が7回目であった。 自分の健康バロメーターとして、何回参加できるか今後もトライして行きたいと思う。 根っから登山を趣味にしているわけでないし、2000m級の山に個人で登る技術を持ち合わせていないが、やはり登頂の満足感を味わいたく、このようなイベントに参加することが自分にとっては良いチャンスなのである。
 そのような意味でも信濃町で行われるこの登山会に参加できるのはありがたいことで、観光協会やガイドなど主催にかかわる方々に感謝を申し上げたい。

 早朝、黒姫駅西口に集合する時も古池登山口から登りはじめる時も霧が出ていたが、新道分岐に着く頃には日差しが出て新緑の葉を通して見える光が綺麗であった。 しらたま平に着く直前に黒っぽい雲が出てきたので天気が気になったがすぐに消え、雲がどんどん動いていたので雲間から信濃町や野尻湖が見えていた。 11時40分に山頂に到着、一掃されない雲をうらめしく思いながらも、雲間から見え隠れする町内のそこかしこを確認。 12時50分には下山を開始したが、下りの尾根歩きの中で雲が一掃され、飯綱や戸隠一帯の新緑が見れ爽やかな風が吹いていて、同じ道を下ることを除けば最高の登山であった。
 今回の登山で気がついたことだが、このイベントに観光協会が前面に出ていることであった。 昨年までは、信濃町役場の商工観光課の方々が開催者となっていたが、今回からは脇役のような感じで1名のみで、観光協会のお二人が中心となっていた。 観光への取り組み方が変わってきた由縁であろうと思う。
 実際の登山では、登山の専門家集団である「登姫の会のメンバー3名の方々がリーダーとなって行程管理をされていたのは、従来と同様である。 花のこと、鳥のこと、博識のガイドがおられるのはありがたいのだが、説明された事柄を自分の脳裏にきちんと刻み込まれないのが問題だ。
 今回の登山では西新道を上り、表登山道を下って御鹿池に降り童話館前を通ってスノーパーク駐車場に到達するコースの予定であったが、表登山道の残雪がいまだ1m以上残っていると、もと来た道を下ることになった。 まとめると、登り4時間、下り3時間、歩数にして往路・復路ともに1万3千歩ほどであった。
 尾根沿いに見られた花などは、山桜、イワカガミ、ショウジョバカマ、ツバメオモト、ミツバオウレン、シラタマノキ、竹の花、まむし草(花?)、ガクアジサイのような白い花など。 新たに知識を得た花もあった。

2005年6月11日土曜日

岡野薫子さんの講演会を聴く

 本日、一茶記念館で行われた作家岡野薫子さんの講演会を聴いた。 昭和19年から黒姫に通い、黒姫の自然を色々な形で体験された内容をまとめた「黒姫山つづれ暦(ごよみ)」(絶版とのこと)をはじめ、最近発刊された著作「森のネズミの山荘便り」(現在、作者サイン本を一茶記念館で手に入る)などを元にお話をされていた。
講演中の岡野薫子さん

 山桑に住いを持たれた事情、野尻小や駒爪分校に通う子供達との交流、住居に入り込んだ小さな動物のことなどを話され、そういった体験の積み重ねを素材にして童話を完成させてこられたとのこと。 齢76才ということだが小柄な中にも、心にご自分の生き様を強く持っておられるようで感心した。 はっきりと仰らなかったが、黒姫の自然に対する愛着は相当のものと思われた。 黒姫にまた一人貴重な財産があるなという印象であった。

 岡野さんへは、町から時々講演をお願いしているようだが、それだけでは勿体ない。 今、一茶記念館で開かれている岡野さんの企画展は7月初旬で終わってしまう。 貴重な財産を末永く残し、いつでも皆が黒姫の自然から生まれた童話など岡野さんの著作集が常設された状態で見られたら大変な事業になるなと思った。
 講演を終えて、岡野さんの企画展を見れば、また違った感想があるなとは思ったが、既に先月見させていただいているし著作も読んでおり、次の予定があったので、一茶記念館をあとにした。

明日の登山は晴れ模様(^^♪

 明日12日は黒姫山町民登山が行われる日なのだが、梅雨入りしたという発表に空模様が気になりあちこちの天気予報を見ながら一喜一憂。 Yahoo天気を中心に見ていたのだが、アサヒコム・ピンポイント天気情報の方が広域を見ているのか、情報が早いのか昨日早い時間から明日は晴れと表示されていた。 狭域で見るとなるとYahooのキャンプ場天気・野尻湖があるが、現時点で見ると明日は一日快晴だと示している。 山頂からすばらしい新緑が見えるだろうと今から楽しみだ。

2005年6月10日金曜日

信濃町で岡野薫さんの作品展

 信濃毎日新聞ニュース 地域ダイジェストに、「信濃町で岡野薫さんの作品展」と題したニュースが掲載。 本文の方のお名前は正しいけど、タイトルの方が"子"が抜けている。 ちょっと残念だな!
 信濃町黒姫高原の山荘を訪れ、40年以上創作活動を続けている作家でエッセイストの岡野薫子さん(76)=東京都=が、「一茶のふるさとを愛した作家-岡野薫子-」と題した作品展を一茶記念館で開いている。
 随分と前から展示されているので、今更という感じのニュースだが、明日、一茶記念館で岡野さんの講演会があるから、それに時期を併せているのかもしれない。

2005年6月9日木曜日

あじさい

鎌倉成就院にて



ニセアカシアが咲く

 いよいよニセアカシアの花が咲く季節になりました。 甘い香りのする綺麗な花で、天ぷらにすると美味しい。 正式には"ハリエンジュ"と云うそうだが、本物の"アカシア(エンジュ)"よりもっと本物ぽい感じがする。
ニセアカシア


2005年6月8日水曜日

100年前の閑貞桜の写真

 信濃町観光協会の掲示板を見ていたら、1904年に撮影されたという閑貞桜の写真をスキャナーで取り込んでサイトに掲載されたとアップされていた。
 この閑貞桜のネガ(乾板とかガラス板とか云うのかな?)がご自宅にあったとのこと。 貴重な財産ですね。

観光協会の掲示板をもっと利用してほしい

 昨日、藤原道山さんの尺八をテーマに書いたが、その中で昨年8月に野尻湖の琵琶島で演奏された辻幹雄さんのサイトを久しぶりにのぞいてみた。
 そして、演奏スケジュールを見たら、何と過ぎ去ってしまった今年2月26日と27日に信濃町で開かれるように記載されていた。 演奏会報告がないので実際に演奏会が催されたのかは分からないが、今までこの情報が伝わってこなかった。 非常に残念な思いであった。 特に、26日の信濃町伝道所(正しくは信濃村伝道所)での演奏会には是非行きたかった。
 あの伝道所に行ったのは、影山牧師がおられた時のクリスマスイブの日だからだいぶ前のことだが、あの木造のこじんまりとした礼拝堂にいると、質素な中にも安らかな気持ちになれるものであった。 そんな場所で辻さんの演奏があったとは、すごく残念。

 黒姫駅前の萬屋酒店さんの二階でもたまに小さな演奏会があるようだが、こういった催しをどんどん告知してほしい。 オフトークなどでも情報は流れているのかもしれないが、誰でも簡単に掲載できて、いつでも確認できるのは信濃町観光協会の掲示板であろう。 もっと掲示板が活用されれば町内の活性化や観光事業への橋渡しなどにもなると思うのだが...

2005年6月7日火曜日

藤原道山

 日曜日の朝、何気なくテレビのチャンネルを回していたら(この表現も何か隔世の感があるな!)、「題名のない音楽会」という番組の終了間際で、若い日本人の演奏家とケニー・Gというサックスプレヤーとのデュエットで、"moment"という曲が流れていた。
(ケニー・Gは、息子と最初で最後に演奏会に行ったプレヤーでもある)
 その若い日本人が演奏しているのは「尺八」なのである。 深みのある優しい音色がすぐに響いてきて、何という名の演奏家であろうと、テロップを凝視。 「藤原道山」という名前を初めて知ったのである。



 「題名のない音楽会」について少し述べたいのだが、長く司会をされていた「黛敏郎」(思想的には相反する端にいた人物だが)の類まれなる知識や能力がこの番組を崇高で格調高いものにしており、日曜日の朝の番組として大変楽しみにしていたものだった。 しかし、亡くなられてから司会者が変わるものの、あれほどの格調さがなく、通り一片の音楽番組になってしまったのが残念だ。


 さて、東儀秀樹さんとか、上妻宏光さんなど、和楽器を我々の身近なものにしてくれた演奏家は多いものの、ゆっくりと、しなやかに、心に響かせてくれる楽器が、この藤原道山さんの尺八なのであろうと思ったわけだ。 確かに、ケニー・Gが演奏するソプラノサックスやフルートなど西洋の木管楽器も綺麗で華やかな音色ではあるが、竹であろうか自然界で育ったものを材料とする尺八は、ふくよかで深みのある音色を聞かせてくれていると云っていいと思う。
 たぶん、オシロスコープにかけたら、西洋楽器は単一な正弦波のような波形、尺八はいくつもの波が重なったような波形を示すのではないか。 そんな所に音色の深みがあるのではなかろうかと思う。


 加え、尺八にはリードという音源がなく、強いて云えば道山さんの唇とうことになり、彼の演奏の素晴らしさは尺八という楽器としての特性だけによるものでないことがよく分かる。 ということで、早速、藤原道山さんの最近のアルバムCD「」と「空(くう)」を購入して聞いた。 やぁ、何とも素晴らしい演奏で、特に 「」や「琥珀の道」などじっくり聞きたい曲である。


 と、ここまで「黒姫高原」のカテゴリーに書いてきたのはわけがあるのである。
 昨年8月21日に、野尻湖の琵琶島で、大鳥居竣工記念コンサートがあって、ギタリスト辻幹雄さんの11絃と6絃ギターのソロと松尾慧さんの篠笛・龍笛・能管とのデュエットを堪能した。 今年も同様の演奏会があるのか知らないのだが、藤原道山さんの演奏を琵琶島の宇賀神社の杜で聞きたいのである。


 夏の喧騒が過ぎ去り、秋風がそよぐ杜の中で、彼の尺八の音色が聞けたら、どんなにか素晴らしいだろうか。 自然の中での共生感がよみがえり、悠久の世界の中での自分の存在が誰でも実感できるのではないかと思う。


 今、信濃町では、"癒しの森"と称した事業を展開し観光の柱の一つにしている。 この事業の内容について全く知識を持ち合わせていないのだが、一般的な"癒し"にはイージーゴーイングな安っぽさが感じられて仕方ない。 "癒し"というのは、単に"ゆったりする"とか、"ホッとする"というものではなく、自然界との一体感 → 時空を越えた自分という存在感 → 生きていることの確信 そういった流れで心の確信を得て、日常の生活に戻ることではなかろうか。 そういう手助けをしてくれるのが、藤原道山さんの尺八であり、宇賀神社の杜であると思うからである。


 最後に、藤原道山さんのCDは、レコード店(CDを販売しているのにレコード店とは?)の邦楽の棚にはなく、"癒し"とか"ヒーリング"と書かれた棚で見つけたのであった。 藤原道山さんのサイトではリリースしたCDに収録されている曲の一部をインターネットで聞くことができる。 ぜひぜひ皆に聞いてほしい。


2005年6月6日月曜日

オラホの憲法9条

 毎日新聞 都道府県ニュースを見ていたら、「オラホの憲法9条」という憲法条文を信州の方言で纏めた信州版が発刊されたと記事があった。 平安堂あたりへ行けば手に入るであろう。
 「この国は 何があらずが これっきし 戦争は やめらず」--。 憲法9条の条文を、信州の方言で「翻訳」した版画絵本「オラホの憲法9条」(川辺書林、定価1000円)が話題を呼んでいる。 「翻訳」と、そして版画作品14点を制作した千曲市在住の版画(板画)家で、同市市議の森貘郎さん(62)には、「朗読会を開きたい」「版画を展示したい」などの問い合わせが相次いでいるという。 どのような思いを込めて出版したのか。 著者に聞いた(以下 略)


上田で戦没画学生の「無言忌」が開かれた

 信濃毎日新聞の地域ダイジェスト・ニュースに"上田の戦没画学生美術館で「無言忌」"という記事が掲載された。 無言館にはより沢山の人に行ってもらい、戦没画学生の心に是非触れてもらいたいと願うものである。
 上田市古安曽の戦没画学生慰霊美術館「無言館」は5日、第8回「無言忌」を開いた。 同館に遺作、遺品を預けている遺族や、運営に協力している「記憶の会」の会員合わせて約百人が出席。 戦争で創作を断念せざるを得なかった画学生をしのび、平和を願う気持ちを確認しあった。
 

2005年6月4日土曜日

蕎麦用語

 信濃町は蕎麦の生産地として知られているものの、リピーターとして続けて行きたい、(手打ち)蕎麦を食べさせてくれる店は比較的少ない。 まぁ、昨今、蕎麦は代用食というより、一種の嗜好品になっているので、味、香り、茹で、出汁など色々な要素でもって楽しまなければならず、そうやすやすと迎合しないよ! というのが自分のスタンスなのである。
 と云いながら、蕎麦のことはよく知らない。 ということで蕎麦用語を記載しているページを調べてみた。
 おそばとうどんのページお蕎麦屋さんの用語辞典というのがある。 また、山形県村山市のそば処きくちというページの"蕎麦うんちく"というメニューの中にも、蕎麦用語があるが、こちらはまだ未完成のようで"さ行"までの語句説明しかない。

 更に、尾瀬で幕営しま専科にもそば用語集があるが、トップページからたどる道がやや複雑。
 蕎麦らんどどっとこむには「そばの雑学」という所に少し用語の記載がある。
 手打ちそば やなぎやという店には、店主の知り合いがまとめたという「そば屋の通し言葉」なるページがある。
 まだまだ、ありそうだが、1100v.com 蕎麦帳 位にしておこう。

2005年6月3日金曜日

熊に遭ったらどうする

 昨夜のNHKテレビの番組で「熊除け」を特集していた。 バラエティー番組なので内容的には非常に貧弱だと思うが、熊に遭った時の対処方法やそもそも熊が里に下りないような策(栗の木の植樹など)については納得できるものであった。

 信濃町でも、例年作物被害のみならず人身被害の報告がなされており、信濃町役場では就学児童に熊除け鈴を配布したり、携帯電話へのクマ出没情報配信サービスを行っている。(依頼方法は、教育委員会kyouikuiinkai@town.shinanomachi.nagano.jpへ件名「情報サービス希望」と送信するのみ)

 竹の子採りや茸探しのために山に入ることがあるが、よく携帯ラジオを大きく鳴らしている現場に遭遇することがある。 自然溢れる木々の中でドロドロした下界を思い起こさせるような所作に、何故するのかと以前は非常に不快な思いをしたものだが、信濃町に来てクマ除けと迷子にならないためと聞き納得したものであった。

 さて、熊除け方法だが、自前サイトの徒然日記(旧)徒然日記にも以前書いた事項だが、再掲してみた。



熊・予防策

 1.ペットボトルを歩きながら押してペコペコ鳴らす。(熊除け鈴と同義であろう)

 2.(もしもクマに出会ったら、)細い木の棒で縦に叩いて音を立てる。

 3.背中を見せて走って逃げない。

 4.大声を出す。

 5.じっと立っているだけでもよい。その場合、身体を大きく揺り動かさない。

 6.腰を抜かしてもよいから動かない。

 7.にらめっこで根くらべ。

 8.子連れグマに出会ったら子グマを見ないで親だけを見ながら静かに後ずさり。

   (母グマがバーンと地面を叩く警戒音を立てたら、すみやかにその場を立ち去る)

 9.ベルトをヘビのように揺らしたり、釣竿をヒューヒュー音をたてるようにする。

��0.柴(しば~葉のついた小枝など)を引きずって(音を立てて)静かに離れる(とがった棒でつくようなことはしない)。



 これらの予防策は、木楽舎刊:「クマにあったらどうするか」 副題:アイヌ民族最後の狩人 姉崎等 聞き書き: 片山龍峰 という本から見つけたものである。


 熊というと、すぐに北アメリカのグリズリーを思い起こし、怖いもの、恐ろしいものと思いがちだが、少なくとも我々の周辺にいる熊は、ドングリなど木の実を食べる草食が中心で、非常に警戒心の強いものの、動くものには関心を持つ動物なのである。


 加え、戦後の針葉樹を中心とした植林政策のおかげで、山には落葉樹がなくなり、ひいては熊の餌になる植物が育たなくなった。 そして、川釣りや山菜採り、川遊びなど自然の楽しみ方が山の奥へ奥へと変わってきた。 そして、人間の食べ物やゴミを放置したり、単に埋めただけでは、熊は簡単に見つけるし、自然の実より味の濃い食べ物を舌で覚えてしまうのである。


 射殺した熊の胃袋を見ると餌になるものが何もなかったと話している映像も見たことがある。

 小熊は母熊と3年は生活を共にし生き方を学ぶのだが、母熊が殺されれば、自分の住処や山に戻ることもできず、人里に戻ってしまうことも考えられる。


 現代の人々が熊の生きる環境を破壊しているがために、熊が仕方なく人里におり人に遭遇してしまうのである。 熊を単に恐ろしい害獣と見るのではなく、日本の国土そのものの生態系までを考えるきっかけとして、熊のことを考えてほしいと思う。


2005年6月2日木曜日

一茶ゆかりの地

 先日、「一茶ゆかりの商家が美術館として公開」という記事を書いたが、小林一茶ゆかりの地を探すと結構ありそうだ。
 まず、信濃町は千葉県流山市と姉妹都市を結んでいるが、これは小林一茶が流山で"みりん"を醸造していた秋元双樹宅に居候をしていたことの由縁らしく、流山には秋元邸を「一茶双樹記念館」として公開している(らしい→実際に見ていません(-_-;))。 サイトにある「みりん工場」の銅版画を見ると、その商いの大きさが分かるし、その工場がいまや「メルシャンの流山工場」になっているというのが面白い。
 ただ、流山市のサイトから、この一茶双樹記念館のページにたどり着くのが大変なのである。 まず、トップページから、各課のホームページへ移動、学校教育部教育委員会をクリック、画面右下の博物館、もしくは一茶双樹記念館でやっとたどり着くことができる。

 もう一つは、「温泉ドライブのページ」というサイト。

 トップページのメニューから「4.旅のあれこれ」、次のページで「俳人の項 小林一茶」をクリック。
 長野・東京・千葉・茨城別に「一茶ゆかりの地」のサムネール映像があり、それを選ぶと場所の説明がある。 年賦も詳しく掲載されているが、信濃町のことは何も書かれていないのが残念。
 一茶記念館に行けば、こういう内容が記載された書籍は置いてあるのだろうが、パソコンから安直に見れるのがインターネットのいい所。 ただ、情報の真偽については精査されているか分からないので、二三歩退いて見る必要があろう.

2005年6月1日水曜日

第1回斑尾ふるさと祭り

 信濃町に隣接した豊田村といえば、「涌井」のソバとか、「もみじ荘」の温泉、あるいは、小学唱歌「故郷」を作詞した高野辰之の生まれ故郷ということで「高野辰之記念館」などが思い出される。
 しかし、うっかりと認識していなかったのだが、豊田村は中野市とこの4月に合併し、「中野市」になってしまったのだ。 豊田村は昭和31年に豊井村・永田村の両村が合併したというが更に「市」に昇格し、信濃町に隣接しているのは「中野市」という大きな町になってしまったということである。
 さて、中野市観光協会のページを見ていたら、斑尾大池周辺で今週の土曜日(5日)に「第1回斑尾ふるさと祭り」という催し物があると掲載されていた。 周辺はやや奥まった感じだが「斑尾の湯」もあるし、なかなか静かで楽しめる場所だ。