お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*the world is coming to an end*



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2006年7月6日木曜日

一茶のふるさと(写真)

 写真信濃風土記「一茶のふるさと」に掲載されている写真は、出版年である昭和47年より古い昭和40年代前半(1965年頃)に撮られたものだと思うが、一部の画像を本書の頁から撮り込んでこちらに掲載してみた。(画像をクリックすると大判の画像が表示され、大判上でクリックすると元のウインドウに戻ります)
一茶のふるさと
 雪景色の広い道が先の方で左にカーブしている様子がうかがえる所から、左手の大きな屋敷は、柏原宿の本陣であろう。 本陣に加え、現存してないが、松並木ともども、(北国)街道の風情をより濃く残していたことが分かる。 現在は、新井信用金庫の支店がある場所で、確か本陣を示す高札(案内板)が今もあったと思う。 写真にはないが、この本陣の前(右方向)には中村屋という旅籠があったと、一茶記念館のジオラマにも表示されている。

一茶のふるさと
 この写真は、一茶晩年の旧宅であり、史跡に指定され今でも見ることができる。 戦後、改修工事が数回行われたと聞いているが、現在の建物は格段に綺麗なものとなっており、時代の流れを感じる写真とも言える。


一茶のふるさと
 道の曲がりくねりからすると、柏原から古間宿に下る坂道ではないかと思う。 柏原の諏訪神社の前に火の見櫓があるが、ここを左に折れて下る道があり、現在の景観とさほど変っていない。 所謂、北国街道であり、宿場と宿場の間には、遊ぶ場所ではなかったかとうかがえる所もある。

一茶のふるさと
 春の雪解け時期に、田圃の畦に出た蕗でも取っているように思われる。 長い間には土砂崩れもあったのであろう、黒姫山の斜面が現在の様相とだいぶ違うのが分かる


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