お知らせ

お知らせ

*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。





「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。



人と防災未来センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

***掲載した主な画像(写真)の上にカーソルを置きクリックすると拡大されて文字が読みやすくなり、さらにクリックするか当該画像右上のXをクリックすると元のサイズに戻ります***


(間もなく参議院議員選挙がはじまります。)
25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。

2009年1月31日土曜日

今日の折込広告から(産廃と豆まき)

天望館豆まき

 先日も記したが、明日の日曜日に道の駅「天望館」で豆まき大会が行われるとチラシが新聞記事の間に入った。 この豆まき大会はもう何回目であろうか、天望館が新設された翌年から開催されていたと思う。 お年寄りやお孫さん達を中心に喜んでいただくイベントであろうから、我々は脇に控えている方が良かろう。 昨夜から降っていた雨は夕方頃から雪に変わったようで、ある程度の積雪があれば、明日はひょっとしたら雪遊びも可能になるかもしれない。

 

 

 もう一つの折込広告は、信濃町産廃対策住民の会発行の「べちゃるな通信3号」。 「べちゃる」という言葉は、北信州を中心に使われる方言で「捨てる」という意。 こういう形で発行されたものは今回初めて見たが、第一印象としては、さてどれだけの住民がこれを読んでくれるかな?という疑問であった。 産廃問題は、住民にとって非常に重大な課題であるが、さてこの内容で啓蒙するのは非常に難しい。 だからと言って別に良い方法を知るわけでもない。 しかし、どこかの総理大臣ではないが、今の世は一億総漫画時代であろうと思い、はてこれだけの文章を読んで理解してくれる住民がどれほど居るか、その効果のほどをついつい危惧してしまったのであった。 

べちゃるな通信べちゃるな通信べちゃるな通信べちゃるな通信


信毎記事から 3点

アニメ雪像

 最近の信濃毎日新聞からの切抜きを残した。

 まずは26日に掲載された、「信濃町の民家にアニメキャラ5体 - かわいい雪像人気」という記事。
 信濃町・柏原の農家の方の庭先にアニメキャラクターをかたどった雪像が作られ、近所の人たちに喜ばれているとのこと。
 ここしばらく雪降りはなく、しかも昨夜から雨がさかんに落ちている。 折角子供たちに喜ばれる物を作られても長くは保てないのではなかろうかと思う。

間伐バブル

 次の記事は、信濃町にある長野森林組合北部支所の話題。

 現在、森林行政は、「補助金バブル」と「間伐バブル」だそうだ。 間伐目標が膨らみすぎて現場が処理しきれず、伐採した間伐材は活用されないまま放置されているとのこと。 森林行政にかかわる県と現場との認識の違いを記している。 正しい表現か分からないが、「森を見ずして木を見る、木を見ずして森を見る」ような行政が行われていることを如実にあらわしている記事だと思う。

 昨年(今年度)から住民税と一緒に500円という森林税を負担するようになったが、そういった財源がこういう行政にどういう影響を与えているのであろうか?

野猿公苑

 最後は、野猿が温泉に入ることで有名な野猿公苑の話題。

 渋温泉の奥にある駐車場脇から野猿公苑へと入って行くのだが、その道が狭く不便。 外国人を中心に観光客が増えているので道路整備を行いたい由。 確かに冬期間に訪ねられないのは、観光事業としては中途半端であったかもしれない。



2009年1月30日金曜日

信毎記事から

 今日は一日どんよりとした天気で、雨は予報に反し遅れて夕方から落ち始めていた。 夜9時でも外気温はプラス7度。 雨とこの温度ではさらに雪は溶けることでしょう。 夕方幼稚園から帰ったのでしょうか、近所のお孫さんが橇遊びをしている姿が毎日見られる。 でも新雪がないので庭に積み上げた雪は日増しに低くなっている。 雨乞いではなく雪乞いをしなければならない状況にあると思う。

 さて、先日23日に、「信濃町に宿泊した修学旅行生にトラブル」という記事を残したが、信毎(信濃毎日新聞)の27日に、「複数の生徒からノロウイルスを検出したと長野保健所が発表」したと載った。 以後ホテルは宿泊を取り消していたとのことで、昨今の雪不足とともに、大きな痛手ではないかと思う。

三浦雄一郎さん

 23日の記事の後半で、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが隣町である飯綱町のゲレンデで講習と講演会を開くと記したが、25日の信毎には、その講演会の模様が掲載されていた。

 三浦雄一郎さんの父上である三浦敬三さんのことを以前記したことがあるが、今、「98歳、元気の秘密」という本を手に入れ読み始めている所である。 お二方も高齢者に勇気を与え、生きる意味を教えてくれる人であろうと思う。



2009年1月29日木曜日

3月の陽気が続く

 今日も温かいい一日で、昼からはあまりに温かくストーブの火を消すほどであったが、夕方になると一変して冷えてくる。 除けた雪の嵩は日増しに少なくなって来た。 この風情はたぶん3月下旬であろう。
 昨年の様子を紐解いてみたら、1月末頃も2月末頃も大層な雪降りであった。 この少雪は、今年だけの特別な現象であろうし、また2月に入ってからの様子は分からない。 それでもこの状態は異常でないかとは言えると思う。
 さて、次の日曜日、2月1日は、道の駅・天望館で「福ふく豆まき大会」が予定されている。 しかし、この小雪では、雪中***大会などの催しは開催できないであろう。

黒姫山
黒姫山正面


2009年1月28日水曜日

再び、象の小径へ

夕暮れの黒姫山

 今日も暖かい一日で、月齢のことはよく知らないが、夕方からは三日月がはっきりと見えていた。 昼間、再び訪ねた象の小径だが、だいぶ踏み入れた人の跡が残り、暖かくて踏むそばから足は沈んでいた。 わずか3kmほどであろうか、象の小径も雪道となると結構骨が折れる。 でも、静寂に浸れるのはこの時期しかないであろう。

象の子径にて象の子径にて象の子径にて
象の子径にて象の子径にて象の子径にて


2009年1月27日火曜日

ベトが顔を出す

ベトが顔を出す

 ”ベト”とは、どの地域まで使われている言葉か知らないが、この地域で言う”土(ドロ)”のことである。 この二週間ほどであろうか殆ど雪は降らずに温かい日が続いているので、積もった雪もとけてこんな有様なのだ。
(雪降りの日はどちらかというと気温0度とかプラスの時が多く、ここ数日の夜間のようにマイナス8度以下になるような時には殆ど雪降りはない)
 今日は早朝から雪が降ったり止んだしていたが、細雪のような雪なので降ったそばからとけていた。

 晴れるか雪が降るか、天気にメリハリがないと、どうも生活もメリハリがなくなってしまい、一日中、本を開くかパソコンの画面に座るしかすることがない。 そんな中、今日の昼食は、エクサを摩り下ろして味噌にし余ったご飯を軽く焼いて付けた山餅。 見栄えは悪いが香ばしくて美味しい。 先日は、冷凍しておいたブルーベリーで単純にジュースを作ったが、普段の生活ではこんなことしか目だったことがない。

山餅ブルーベリージュース


2009年1月26日月曜日

白馬村ゲレンデの話題他

賑わう白馬を伝える信毎記事

 相変わらず朝晩は冷えるものの日中は晴れ間のある比較的良い天気が続いている黒姫だが、積もった雪の嵩が日増しに低くなっているように感じる。 黒姫のスキー場は自分の住まいより200mほど高い所にあるので、まだまだ雪は消えることはなかろうが、今週の天気予報には全く雪マークがない。 ゲレンデ関係者にとっては気がかりな天候であろうと思う。

 さて、先日(19日)の信濃毎日新聞に1頁大で、白馬のスキー場がオーストラリア人など外国人のスキーヤーであふれていると伝えられていた。 少雪とスキーヤーの減少で閉鎖に追い込まれているスキー場が多い中、白馬村では2001年頃から海外のスキーヤー誘致に努力してきたとのこと。 今年はウォンが弱くなって韓国人の姿が減り、その分オーストラリア人が目立っているようだ。 因みに、どこのスキー場で滑るのか分からないが、この現象は北海道でも見られ、新千歳空港でスキー姿の外国人をよく見かけたことがあった。

 他のスキー場と同様に、たぶん黒姫のスキー場経営もそう楽ではないと、経営実体が数年でいくつも変わって来ていることからも伺える。 ゲレンデ経営はスキー場会社だけの問題ではないので、ペンションなど関係者を含め町全体が取り組んで、白馬村のような努力を重ねていかないと、早晩他のスキー場と同じ運命をたどらざるをえないかもしれない。

 信毎に記載されていた写真を分割して載せてみた。

  1. 夕食時に連れ立って
  2. リフト待ちも大勢
  3. 英語でレッスンする外国人向けスキースクール
  4. 日本食や伝統芸能を披露しているディナーショー

 話は変わるが、家内の友人が港で揚がった魚を宅配してくれ今朝届いた。 トロ箱を開けると立派なわらさに加え、ほうぼう太刀魚ひいかが入っており、1本おろすのは我が家の短い出刃ではかなわないと、ご近所へ助っ人を依頼。 早速、皆でいただいたが、わらさは脂があっても臭くないし舌の上でとろける感じで美味しかった。 自分は脂に弱く、寿司店などでトロなどを食べると、途端に口の周りが荒れるような嫌な感触を味わうことが多い。 今日の刺身はそれがなかったのであった。 ホウボウはカサゴに似た魚で鍋で食べたが身はさっぱりとして美味しい。 ひいかの刺身も甘いというかトロ味があって、今日は山奥にいて魚を堪能した一日であった。 大変ご馳走になり有難うございました。

 所で、魚の名前は色々あって難しい。 成長するに従いブリの名が変わるのは知っていたが、関東では、いなだ→わらさ→ぶりとなり、関西では、はまち→めじろ→ぶりとなると、市場では1~3kg、3~5kg、5kg以上という重さで分けているらしい。 また、養殖物は総称してはまちと言うようだ。 また、ひいかは一般的にはジンドウイカと言うらしい。 ホウボウは、カサゴに似ているというか、隣合わせたら、どちらがどうだか自分には判断できない。
 食べ終えてから写真を撮るのを忘れていたと気づき、HP検索の中で見つけた写真を合成してみた。

魚類


2009年1月25日日曜日

象の小径、国際村湖畔を歩く

高妻山

 今日は朝から快晴であったので、象の小径と国際村湖畔周辺を歩いて来た。 氷が張って一面白くなった針ノ木池を通って野尻湖周遊道路から子供未来の森へ通じる(たぶん工事用の)道へと入って行った。 積雪がどの程度か分からなかったが、クロカンやスノーシューの跡があったのでたぶん大丈夫であろうと長靴のままで歩いた。 たぶん昨夜からマイナスの気温であったので雪も締まっていたので難なく歩くことが出来たが、新雪であったり緩んだ気温であったなら易々とは歩けなかったと思う。
 子供未来の森からは、斑尾山と妙高山の眺望があるのだが、黒姫山は残念ながら木々や弦などで遮られてしまう。 続いて象の小径へと入って行ったが途中で引き返し、国際村湖畔へと出た。 野尻湖の水はいつものように揺れており、氷結するような素振りは見せていない。 凍った氷を割ってワカサギ釣りをする光景は昔の風物詩であって、温暖化の現代では想像すら出来ない。
 この湖畔道路も、昔は夏の売店があった辺りまでしか除雪せず通れなかったが、今は全面除雪しているので車で通ることも可能だ。 さらに、親水?(野尻湖畔)公園へと足を伸ばし、ナウマン象のモニュメントに会おうとしたが、冬場は冬眠するようで台座だけが大木の間に置かれていた。 なお、ナウマン象のモニュメントのことは、野尻湖フォーラムの40号を参照されたい。 この後、国際村の中を歩いてみたが、あまり良い景色には出会うことはできず、3時間ほどの散歩を終えて帰って来た。

 あとで知ったが、散歩の途中に地震が起きていた。 震源地は長野県北部で信濃町の中心である柏原が震度3とのこと。

子供未来の公園から斑尾山を見る妙高山積雪に映える木陰国際村湖畔から妙高山を見る
湖畔から斑尾山を見る遊び手のいない公園の遊具親水公園から斑尾山全面凍った針ノ木池


2009年1月24日土曜日

信濃町で地域振興券を発行

 今日は九州北部で雪が降っているということだが、信濃町の降雪は相変わらず少ない。 日当たりの良い所では雪がとけて地面が見えてしまうほどである。 地域の年間降水量はあまり変わらないという説があるらしいが、冬の雪が少ないということは逆に夏の降水量が多いことになる。 平成7年にあった洪水による災害などが再び起こらないことを願いたい。

雲間から見え出した黒姫山
午後の黒姫山
夕方の黒姫山、陽は飯綱山近くに沈む

 さて、20日の信濃毎日新聞に掲載された記事で信濃町にかかわる切抜きをもう一つ載せた。 信濃町では地域経済活性化事業としてこの3月に地域振興券を発行するとのことである。 3割増の買物券なので住民にとってはかなりメリットがある。 ただ使えるのが信濃町商工会に加盟している商店などで、大きな量販店は加盟していないので使えないらしい。 町内で一般商店を除くと、エーコープ、第一スーパー、コメリ、中島薬局、しまむらなどが大きい店だが、たぶん殆どの店で使えないであろうと思う。 除雪機でも買う予定があって十一屋さんで使えたら、かなり朗報になろうと思うが、今の所そのような買物の予定はない。 我が家にとっては絵に描いた餅のような気もする。

 夜10時の外気温はマイナス7度。 昼間暖かい日差しが出ていたせいか、窓辺に立つと冷えを感じる。



信濃町処分場問題

信毎ニュース

 未明にわずかながら雪が降ったようで屋根が白くなっていた。 そして朝の空には晴れを思わせるような雲が動いていたが、一瞬暗くなり横殴りの雪が落ちたが、それもまもなく止んで、昼からは青空が出ていた。

 この所、元旦以降の信濃毎日新聞を読み直しているのだが、15日に町内に計画されている産業廃棄物最終処分場計画の記事が載っていたのに気づいた。

 この計画に反対している「信濃町産廃対策住民の会」が、産廃業者から事業計画書が提出された場合にはすみやかに同会に知らせる旨町役場に申し入れたという内容であった。

 本件に関連するのだが、去る21日には長野県が新しい産廃条例についての説明会を行ったのだが、参加者はほとんど市町村の担当者で産廃設置計画がありそうな地域の住民は殆どいなかったらしい。 そして、県条例が健康問題など住民側の立場に立った内容であるか、市町村の担当者はこれを精査する姿勢がなく、県の担当者の説明を聞くだけであったらしい。 これでは、産廃業者と結託した長野県が都合の良いような条例を制定してしまい、結果として産廃施設が設置される市町村や住民がダイオキシン禍など将来に亘って苦しむことになってしまう。

 行政担当者の意識が上から下まで生ぬるいというか、真に住民の立場に立っていないのではないかと思えてしまう。 さて、本記事の中では、信濃町の松木町長は、「産廃建設反対」であるとこれまでと同じように表明しているが、その言動には何も具体的なものがない。 住民の健康で安全な生活を守るのが町役場や町長の役目であろう。 そのために町長という職位についているのだし、1千万円近い報酬も得ているわけだ。 口頭で「反対」と言うのは容易い。 しかし行動が伴わなければ、それは幻影であろう。 服部前町長を破って町長の職についた時のあの熱意はどこに行ったのであろうか?

 以前にも書いたが、町長のこのような中途半端な態度は、結果として産廃設置に賛成を呼び込むものであって、異議を唱えている殆どの町民の信託に反意していることになる。 報酬に見合った仕事をしてほしいものだと実に思う。



2009年1月23日金曜日

信濃町に宿泊した修学旅行生にトラブル

信毎ニュース

 今朝も暖かく真冬では考えられないようなモヤが立ち込めていた。

 昨日から今日にかけて信濃町がテレビニュースを賑わしていたようだが、昨日の早朝、救急車のサイレンがいやにうるさいと思っていた。 後刻聞いたら、町内にあるホテルで食中毒が発生したとのこと。 信濃町のホテルと聞くと、ライジングサンアスティーを真っ先に思い浮かべてしまうのだが、今回起きたのは斑尾山の麓にある東急タングラムであった。 しかも、トラブルの原因が食中毒ではなく、宿泊した修学旅行生が持ち込んだノロ・ウイルスであったようだ。
 町内の信越病院や隣町の飯綱病院ばかりでなく、長野市内まで患者を搬送したと、その数は30数名であった由。 これだけの患者数になると町役場にも特別対策本部を設置するなどの必要性があったようだ。

 ホテルにとっても町にとってもはなはだ迷惑な話ではあるが、修学旅行生の受け入れは町にとっても大事な観光事業の一つである。 早期に原因が特定できたとしても風評被害は免れないかもしれない。 全国で見てもスキー人口は減少しつつあり、閉鎖に追い込まれているゲレンデは多いと聞く。 いつ何時でもトラブルを受けて立てるだけの体制を備えていなければなりないということだろうが、それも厳しい。

 上に掲載した写真は、信濃毎日新聞のものだが、端や、毎日新聞HPの地方版には、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが隣町のいいづなリゾートスキー場で今週末スキー教室を開くと掲載されていた。 有名人を呼ぶというのもスキー場のイメージアップに役立つであろうが、そのためには先立つものが必要だ。 黒姫高原の冬の観光事業であるスキーに加え集客できるイベントがもっとあればと思うものの、企画倒れに終わるものも少なくない。 以前、犬ソリ大会が数年続いたことがあるが、事業としては成り立たなかったようで現在は行われていない。 観光で稼ぐというおのは並大抵の努力でもかなわないという一例だ。 



2009年1月22日木曜日

再びアメリカ新大統領のこと

信濃村伝道所教会

 今日も一日中曇った天気で外出する気持ちになれなかったが、午後から散歩がてら信越病院まで出かけ、入院中の知人を見舞って来た。 知人は老齢だが外科入院で、しかも回復が早いようで、見舞っていてもそう神経を使わずに済んだ。
 そして、帰り際に見た、病院の隣にある信濃村伝道所教会は雪の中にひっそりと立っていた。 それにしても今夜は暖かい。 まだプラス5度である。

 さて、昨日(20日)のオバマ大統領就任に対しては世界中で好意的に見ていたようで、イスラエルでさえガザ侵攻を止めて軍隊は撤退したとのことである。 一般人、それも女性や子供まで数百人、あるいは千人を越えていたかもしれない、あの殺戮行為は何であったのだろうか。 ホロコーストを受けたイスラエル人自らホロコーストをパレスチナ人に対し実践していたことには、何のエクスキューズにもならず不正義そのものだと言える。 もし、イスラエル政府のこの対応が新しい大統領が率いるアメリカ政府と気脈を通じていたとしたら、オバマに対しNOを言うべきであろう。 イラク侵攻の是非や反省を問わずしてオバマのイラク撤退決定を鵜呑みで歓迎することもできない。 撤退した兵隊をアフガニスタンへ移動させるだけでは何の平和解決にもならない。

 オバマ就任に対し、日本の大臣や自治体の長も好感を持っているようだが、はたしてそれで良いのであろうか? 就任演説の中で彼が言う”WE”は、アメリカ国民のことであってアメリカ以外の国の人々は念頭に置いていない。 もしかしたら、ブッシュのように、身内への利権誘導のためのWEであるかもしれない。
 WEと言われると、自分も含まれていると一般市民は思い込んでしまうが、その実態はそう簡単ではないと思う。 彼の演説文の通りに政策が行われる確証はなく、市民の期待にどれだけ応えられるかも分からない。 あまりに心地良い言葉の裏には何かがあると穿って見るべきであろう。

 さて、日本政府の高官は、この新しい大統領と正面から渡り合えることができるであろうか? いくつかのブログやHPを見ていると、これまで外務省の役人はオバマに対し、何ら接触も行動もしてきていないらしい。 オバマを含めアメリカ政府高官にとって日本は思うように利用できる宝刀の一つであろう。 何も争うことはないが、日本と日本国民にとって最善の状態をもたらすよう、逆にオバマを利用するぐらいの気概を持った役人が外務省にいてほしい。
 北朝鮮による拉致被害に対する家族会は、人権意識の高いオバマに解決の途を期待しているようだが、彼はアメリカの利益のために働く為政者であることを忘れてはならない。 トップは何枚も舌を持つものであって、国民的な大きな流れをもたらすような運動にしなければ解決の糸口にはならないと思う。 

 オバマに対する期待はアメリカ国民のみならず大変大きな物がある。 しかし、就任式で前任者のブッシュをねぎらったり、ブッシュ政権時代の高官が数多く残したり、また、ヒラリー・クリントンの存在など、疑問に思える点は数多く、諸手を上げて期待するのは時期尚早だと思う。 ブッシュ、チェイニー、ラムズフェルドというような悪玉トリオが発生する可能性が全くないとは言えない。 アメリカ国民の8割以上がオバマに期待し、75%が退任時のブッシュにノーと言ったのも異常だが、日本の麻生政権の支持率が10%台というのも異常であろう。 政治と市民が乖離しているのはアメリカも日本も同じようだ。

 大統領就任式の映像はユーチューブのホワイトハウスのページにも掲載されたが、アメリカ合衆国議会を中心に放送するケーブルチャンネルC-SPANにも新しい大統領の動向が掲載されている。



2009年1月21日水曜日

Which side are you on?

黒姫山

 今日は朝から曇っていたが昼頃になってどうにか山が見え出していた。 雪はほとんど降らず、時折雨が落ちているので車道の雪は完全に消えている。 このまま雪が降らないと再び雪不足に悩むことになろうが、3月になるまではまだ1月半もあり、雪に対する用心は必要である。 願わくば一週間にわたって連続して降るようなことはあってほしくない。

 さて、今日未明から日本のテレビ局でもアメリカの第44代大統領就任式の映像を流していたらしい。 当方はそれほど興味がないので、インターネット・ニュースで十分であった。 

 オバマ大統領はかつてのケネディー大統領を彷彿とさせるとか、博物館所蔵のリンカーンの聖書を宣誓式に使うとか、はたまた日本では英語教材用にバラク・オバマの演説集がCDで販売されているとのこと、話題は多い。 就任式に近づくにしたがいオバマ支持はどんどん上昇していたらしいが、凋落の一途をたどる日本の大臣にとっては垂涎の的ではなかろうかと思う。

 あのように、ブッシュに翻弄されたアメリカ国民は、オバマに格別の期待を抱いているようだが、期待通りの成果を出せるであろうか、少なくとも2~3ヶ月は様子を見る必要はあろう。 あるブログでは第44代の「44」は不吉な数字だと言っているし、またロスチャイルドやシオニストの流れの中にいる人物だとも書かれていた。 とりあえずは無能で権益にのみ執心したブッシュとチェイニーが去ったことだけは良しとしたい。

Goodbye BushGoodbye Bush

 ブッシュ一派の悪行を思い起こすためにユーチューブ映像を一つ載せておこう。

 ユーチューブには祝賀コンサートの映像も掲載されているが、その中でフォーク歌手のピート・シガーの姿があった。 たぶん今年で90歳になるのではないかと思われるが、あの語りかけるような彼の歌を聴くのは何とも心地良いものだ。

 さて、オバマ大統領が世界平和と経済安定に手腕を発揮してくれることを願いつつ、ピート・シガーのWHICH SIDE ARE YOU ONを残した。 加え、日本の首相が日本の国民が納めた税金が入っている金庫を抱えてオバマ大統領へ挨拶に行くようなことだけはしてほしくない。



Inaugural Committee REMARKS OF PRESIDENT BARACK OBAMA
Inaugural Address Tuesday, January 20, 2009 Washington, D.C.


My fellow citizens:

I stand here today humbled by the task before us, grateful for the trust you have bestowed, mindful of the sacrifices borne by our ancestors. I thank President Bush for his service to our nation, as well as the generosity and cooperation he has shown throughout this transition.

Forty-four Americans have now taken the presidential oath. The words have been spoken during rising tides of prosperity and the still waters of peace. Yet, every so often the oath is taken amidst gathering clouds and raging storms. At these moments, America has carried on not simply because of the skill or vision of those in high office, but because We the People have remained faithful to the ideals of our forbearers, and true to our founding documents.

So it has been. So it must be with this generation of Americans.

That we are in the midst of crisis is now well understood. Our nation is at war, against a far-reaching network of violence and hatred. Our economy is badly weakened, a consequence of greed and irresponsibility on the part of some, but also our collective failure to make hard choices and prepare the nation for a new age.
Homes have been lost; jobs shed; businesses shuttered. Our health care is too costly; our schools fail too many; and each day brings further evidence that the ways we use energy strengthen our adversaries and threaten our planet.

These are the indicators of crisis, subject to data and statistics. Less measurable but no less profound is a sapping of confidence across our land - a nagging fear that America's decline is inevitable, and that the next generation must lower its sights.

Today I say to you that the challenges we face are real. They are serious and they are many. They will not be met easily or in a short span of time. But know this, America - they will be met.

On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.

On this day, we come to proclaim an end to the petty grievances and false promises, the recriminations and worn out dogmas, that for far too long have strangled our politics.

We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things. The time has come to reaffirm our enduring spirit; to choose our better history; to carry forward that precious gift, that noble idea, passed on from generation to generation: the God-given promise that all are equal, all are free, and all deserve a chance to pursue their full measure of happiness.

In reaffirming the greatness of our nation, we understand that greatness is never a given. It must be earned. Our journey has never been one of short-cuts or settling for less. It has not been the path for the faint-hearted - for those who prefer leisure over work, or seek only the pleasures of riches and fame. Rather, it has been the risk-takers, the doers, the makers of things - some celebrated but more often men and women obscure in their labor, who have carried us up the long, rugged path towards prosperity and freedom.

For us, they packed up their few worldly possessions and traveled across oceans in search of a new life.

For us, they toiled in sweatshops and settled the West; endured the lash of the whip and plowed the hard earth.

For us, they fought and died, in places like Concord and Gettysburg; Normandy and Khe Sahn.

Time and again these men and women struggled and sacrificed and worked till their hands were raw so that we might live a better life. They saw America as bigger than the sum of our individual ambitions; greater than all the differences of birth or wealth or faction.

This is the journey we continue today. We remain the most prosperous, powerful nation on Earth. Our workers are no less productive than when this crisis began. Our minds are no less inventive, our goods and services no less needed than they were last week or last month or last year. Our capacity remains undiminished. But our time of standing pat, of protecting narrow interests and putting off unpleasant decisions - that time has surely passed. Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America.

For everywhere we look, there is work to be done. The state of the economy calls for action, bold and swift, and we will act - not only to create new jobs, but to lay a new foundation for growth. We will build the roads and bridges, the electric grids and digital lines that feed our commerce and bind us together. We will restore science to its rightful place, and wield technology's wonders to raise health care's quality and lower its cost. We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. And we will transform our schools and colleges and universities to meet the demands of a new age. All this we can do. And all this we will do.

Now, there are some who question the scale of our ambitions - who suggest that our system cannot tolerate too many big plans. Their memories are short. For they have forgotten what this country has already done; what free men and women can achieve when imagination is joined to common purpose, and necessity to courage.

What the cynics fail to understand is that the ground has shifted beneath them - that the stale political arguments that have consumed us for so long no longer apply. The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works - whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified. Where the answer is yes, we intend to move forward. Where the answer is no, programs will end.
And those of us who manage the public's dollars will be held to account - to spend wisely, reform bad habits, and do our business in the light of day - because only then can we restore the vital trust between a people and their government.

Nor is the question before us whether the market is a force for good or ill. Its power to generate wealth and expand freedom is unmatched, but this crisis has reminded us that without a watchful eye, the market can spin out of control - and that a nation cannot prosper long when it favors only the prosperous. The success of our economy has always depended not just on the size of our Gross Domestic Product, but on the reach of our prosperity; on our ability to extend opportunity to every willing heart - not out of charity, but because it is the surest route to our common good.

As for our common defense, we reject as false the choice between our safety and our ideals. Our Founding Fathers, faced with perils we can scarcely imagine, drafted a charter to assure the rule of law and the rights of man, a charter expanded by the blood of generations. Those ideals still light the world, and we will not give them up for expedience's sake. And so to all other peoples and governments who are watching today, from the grandest capitals to the small village where my father was born: know that America is a friend of each nation and every man, woman, and child who seeks a future of peace and dignity, and that we are ready to lead once more.

Recall that earlier generations faced down fascism and communism not just with missiles and tanks, but with sturdy alliances and enduring convictions. They understood that our power alone cannot protect us, nor does it entitle us to do as we please. Instead, they knew that our power grows through its prudent use; our security emanates from the justness of our cause, the force of our example, the tempering qualities of humility and restraint.

We are the keepers of this legacy. Guided by these principles once more, we can meet those new threats that demand even greater effort - even greater cooperation and understanding between nations. We will begin to responsibly leave Iraq to its people, and forge a hard-earned peace in Afghanistan. With old friends and former foes, we will work tirelessly to lessen the nuclear threat, and roll back the specter of a warming planet. We will not apologize for our way of life, nor will we waver in its defense, and for those who seek to advance their aims by inducing terror and slaughtering innocents, we say to you now that our spirit is stronger and cannot be broken; you cannot outlast us, and we will defeat you.

For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness. We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus - and non-believers. We are shaped by every language and culture, drawn from every end of this Earth; and because we have tasted the bitter swill of civil war and segregation, and emerged from that dark chapter stronger and more united, we cannot help but believe that the old hatreds shall someday pass; that the lines of tribe shall soon dissolve; that as the world grows smaller, our common humanity shall reveal itself; and that America must play its role in ushering in a new era of peace.

To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect. To those leaders around the globe who seek to sow conflict, or blame their society's ills on the West - know that your people will judge you on what you can build, not what you destroy. To those who cling to power through corruption and deceit and the silencing of dissent, know that you are on the wrong side of history; but that we will extend a hand if you are willing to unclench your fist.

To the people of poor nations, we pledge to work alongside you to make your farms flourish and let clean waters flow; to nourish starved bodies and feed hungry minds. And to those nations like ours that enjoy relative plenty, we say we can no longer afford indifference to suffering outside our borders; nor can we consume the world's resources without regard to effect. For the world has changed, and we must change with it.

As we consider the road that unfolds before us, we remember with humble gratitude those brave Americans who, at this very hour, patrol far-off deserts and distant mountains. They have something to tell us today, just as the fallen heroes who lie in Arlington whisper through the ages. We honor them not only because they are guardians of our liberty, but because they embody the spirit of service; a willingness to find meaning in something greater than themselves. And yet, at this moment - a moment that will define a generation - it is precisely this spirit that must inhabit us all.

For as much as government can do and must do, it is ultimately the faith and determination of the American people upon which this nation relies. It is the kindness to take in a stranger when the levees break, the selflessness of workers who would rather cut their hours than see a friend lose their job which sees us through our darkest hours. It is the firefighter's courage to storm a stairway filled with smoke, but also a parent's willingness to nurture a child, that finally decides our fate.

Our challenges may be new. The instruments with which we meet them may be new. But those values upon which our success depends - hard work and honesty, courage and fair play, tolerance and curiosity, loyalty and patriotism - these things are old. These things are true. They have been the quiet force of progress throughout our history. What is demanded then is a return to these truths. What is required of us now is a new era of responsibility - a recognition, on the part of every American, that we have duties to ourselves, our nation, and the world, duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly, firm in the knowledge that there is nothing so satisfying to the spirit, so defining of our character, than giving our all to a difficult task.

This is the price and the promise of citizenship.

This is the source of our confidence - the knowledge that God calls on us to shape an uncertain destiny.

This is the meaning of our liberty and our creed - why men and women and children of every race and every faith can join in celebration across this magnificent mall, and why a man whose father less than sixty years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.

So let us mark this day with remembrance, of who we are and how far we have traveled. In the year of America's birth, in the coldest of months, a small band of patriots huddled by dying campfires on the shores of an icy river. The capital was abandoned. The enemy was advancing. The snow was stained with blood. At a moment when the outcome of our revolution was most in doubt, the father of our nation ordered these words be read to the people:

"Let it be told to the future world...that in the depth of winter, when nothing but hope and virtue could survive...that the city and the country, alarmed at one common danger, came forth to meet [it]."

America. In the face of our common dangers, in this winter of our hardship, let us remember these timeless words. With hope and virtue, let us brave once more the icy currents, and endure what storms may come. Let it be said by our children's children that when we were tested we refused to let this journey end, that we did not turn back nor did we falter; and with eyes fixed on the horizon and God's grace upon us, we carried forth that great gift of freedom and delivered it safely to future generations.

毎日新聞に掲載された訳文を残した。

オバマ米新大統領:就任演説(全文) 希望と美徳で立ち向かおう

 国民の皆さん

 私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

 これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期に語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、「我ら(合衆国の)人民」が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

 それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

 ●恐れよりも希望

 だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

 多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの学校(制度)も失敗した。毎日のように、我々のエネルギーの使い方が敵を強め、地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

 これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

 今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

 この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いのかわりに団結を選んだからだ。

 この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。

 ●不朽の精神確認

 我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

 我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

 我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

 我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。

 我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

 歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

 ●市場は監視必要

 この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

 我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

 どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

 我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

 太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

 我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

 皮肉屋が理解できないのは、彼らの下で大地が動いたということだ。我々をあまりに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

 市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

 我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてでなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。

 ●安全は自制から

 我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

 だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

 先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

 代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさや、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

 我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに地球の温暖化とも戦う。

 我々の生き方について言い訳はしないし、断固として守る。罪のない人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意志の方が強く、我々の意志を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

 ●多様性は強みだ

 我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

 イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

 腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

 貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

 ●意志が運命決定

 我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせる。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

 政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。

 我々の試練は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められているのは、こうした真理への回帰だ。責任を果たすべき新たな時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。

 これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

 なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前なら地元のレストランで給仕されなかった可能性のある男の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

 我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

 ●嵐にも耐えよう

 アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉を読むよう求めた。

 「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」

 アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

 将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。(22日朝刊に英文全文を掲載します)

毎日新聞 2009年1月21日 東京夕刊

次に、アサヒコムに掲載された訳文

オバマ大統領就任演説全文 2009年1月21日9時40分

市民のみなさん。

 きょう私は、私たちの前にある職務に謙虚な心を持ち、あなた方から与えられた信頼に感謝し、先人が払ってきた犠牲に心を留めながら、ここに立っている。ブッシュ大統領の我が国に対する貢献と、政権移行期に見せた寛大さと協力に感謝したい。

 これで(私を含め)44人の米国人が大統領の宣誓をしたことになる。宣誓は、繁栄の高まりや平和な時にも行われてきた。だが、多くは、雲が集まり、嵐が吹き荒れる中で行われた。そのような時を米国が耐え抜いてきたのは、指導者の技量や洞察力だけによってではなく、「我ら合衆国の人民」が先人の理想に誠実で、(独立宣言など)建国の文書に忠実だったからだ。

 これまではそうだった。そして、この世代の米国人もそうあらねばならない。

 私たちが危機のさなかにあるということは、いまやよくわかっている。我が国は暴力と憎悪の大規模なネットワークに対する戦争状態にある。経済はひどく疲弊している。それは一部の者の強欲と無責任の結果だが、私たちが全体として、困難な選択を行って新しい時代に備えることができなかった結果でもある。

 家が失われ、雇用は減らされ、企業はつぶれた。医療費は高すぎ、学校は、あまりに多くの人の期待を裏切っている。(石油などを大量消費する)私たちのエネルギーの使用方法が敵を強大にし地球を脅かしていることが、日に日に明らかになっている。

 これらは、データと統計で示される、危機の指標だ。測定はより困難だが同様に深刻なのは、米全土に広がる自信の喪失だ。それは、米国の衰退が不可避で、次の世代は目標を下げなければいけないという、つきまとう恐怖だ。

 これらの難問は現実のものだ。深刻で数も多い。短期間で簡単には対処できない。しかし、アメリカよ、それは解決できる

 今日、私たちは恐怖より希望を、対立と不和より目的を共有することを選び、ここに集まった。今日、私たちは、長らく我が国の政治の首を絞めてきた、狭量な不満や口約束、非難や古びた教義を終わらせると宣言する。

 米国はなお若い国だ。しかし、聖書の言葉を借りれば、子供じみたことはやめる時が来た。不朽の魂を再確認し、よりよい歴史を選び、世代から世代へ受け継がれてきた貴い贈り物と気高い理念を前進させる時が来たのだ。それは、すべての人は平等かつ自由で幸福を最大限に追求する機会に値するという、神から与えられた約束だ。

 米国の偉大さを再確認する上で、私たちはその偉大さは所与のものではないと理解している。それは、自ら獲得しなければならないものだ。私たちの旅に近道はなく、途中で妥協することは決してなかった。仕事より娯楽を好み、富と名声の快楽だけを求めるような、小心者たちの道ではなかった。

 むしろ、(米国の旅を担ってきたのは)リスクを恐れぬ者、実行する者、生産する者たちだ。有名になった者もいたが、多くは、日々の労働の中で目立たない存在だった。彼らが、長く険しい道を、繁栄と自由に向かって私たちを運んでくれたのだ。

 私たちのために、彼らはわずかな財産を荷物にまとめ、新しい生活を求めて海を越えた。

 私たちのために、彼らは汗を流して懸命に働き、西部を開拓した。むち打ちに耐え、硬い土を耕した。

 私たちのために、彼らは(独立戦争の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第2次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナム戦争の)ケサンで戦い、命を落とした。

 彼らは、私たちがより良い生活を送れるように、何度も何度も奮闘し、犠牲を払い、手がひび割れるまで働いた。彼らは、米国を個人の野心の集まりより大きなもの、出自の違いや貧富の差、党派の違いよりも偉大なものだとみていたのだ。

 これが、私たちが今日も続けている旅だ。私たちは地球上で最も繁栄した、強力な国であり続けている。私たちの労働者は、この(経済)危機が始まったときと比べ、生産性が落ちたわけではない。先週、先月、昨年と比べ、私たちの創造性が低くなったのでもなければ、私たちの商品やサービスが必要とされなくなったのではない。私たちの能力は衰えていない。ただ、同じところに立ち止まり、狭い利益を守り、不快な決断を先延ばしする時代は明らかに過ぎ去った。私たちは今日から、自らを奮い立たせ、ほこりを払い落として、アメリカを再生する仕事を、もう一度始めなければならない。

 あらゆるところに、なすべき仕事がある。経済状況は、力強く迅速な行動を求めている。私たちは行動する。新たな雇用を創出するだけではなく、成長への新たな基盤を築くためにだ。商業の糧となり、人々を結びつけるように、道路や橋、配電網やデジタル回線を築く。科学を本来の姿に再建し、技術の驚異的な力を使って、医療の質を高め、コストを下げる。そして太陽や風、大地のエネルギーを利用し、車や工場の稼働に用いる。新しい時代の要請に応えるように学校や大学を変革する。これらすべては可能だ。そしてこれらすべてを、私たちは実行する。

 私たちの志の大きさに疑念を抱く人がいる。我々のシステムではそんなに多くの大きな計画は無理だ、と言うのだ。だが、そうした人たちは忘れるのが早い。これまで我が国が成し遂げてきたこと、そして、共通の目的や勇気の必要性に想像力が及んだとき、自由な人々がどんなことを成し遂げられるかを、忘れているのだ。

 皮肉屋たちは、彼らの足元の地面が動いていることを知らない。つまり、これまで私たちを消耗させてきた陳腐な政争はもはや当てはまらない。私たちが今日問わなくてはならないことは、政府が大きすぎるか小さすぎるか、ではなく、それが機能するかどうかだ。まっとうな賃金の仕事や、支払い可能な医療・福祉、尊厳をもった隠退生活を各家庭が見つけられるよう政府が支援するのかどうかだ。答えがイエスならば、私たちは前に進もう。答えがノーならば、政策はそこで終わりだ。私たち公金を扱う者は、賢明に支出し、悪弊を改め、外から見える形で仕事をするという、説明責任を求められる。それによってようやく、政府と国民との不可欠な信頼関係を再建することができる。

 市場が良い力なのか悪い力なのかも、問われていることではない。富を生みだし、自由を広めるという市場の力は、比類なきものだ。しかし、今回の(経済)危機は、市場は注意深く見ていないと、制御不能になるおそれがあることを、私たちに思い起こさせた。また、富者を引き立てるだけでは、国は長く繁栄できない、ということも。私たちの経済的な成功は、国内総生産(GDP)の規模だけではなく、繁栄がどこまで到達するかに常に依存してきた、つまり、意欲のある人にどれだけ機会を広げられたかだ。慈善心からではなく、それが、私たちの共通の利益への最も確実な道筋であるからだ。

 国防について、私たちは、安全と理想の二者択一を拒絶する。米国の建国の父たちは、私たちが想像できないような危険に直面し、法の支配と人権を保障する憲章を起草した。これは、何世代もが血を流す犠牲を払って発展してきた。この理想はいまも世界を照らしているし、私たちは便宜のために、それを捨て去ることはない。大国の首都から、私の父が生まれた小さな村まで、今日、(式典を)見ている他国の人々や外国政府のみなさんに知ってほしい。米国は、将来の平和と尊厳を求めるすべての国家、男性、女性、子供の友人であり、再び主導する役割を果たす用意があることを。

 先人たちがファシズムと共産主義を屈服させたのは、ミサイルや戦車によってだけではなく、頼もしい同盟国と強固な信念によってでもあることを思い起こしてほしい。彼らは自らの力だけが自分たちを守ったのではないことも、その力が、自分たちが好きなように振る舞う資格を与えたのでもないことを理解していた。

 その代わりに先人たちは、自らの力は慎重に使うことで増大し、自らの安全は、大義の正しさ、模範を示す力、謙虚さと自制心から生まれると知っていた。

 私たちはその遺産の継承者だ。いま一度こうした原理に導かれることにより、私たちはより厳しい努力、つまり、より強固な国際的協力と理解を必要とする新たな脅威にも立ち向かうことができる。

 私たちは、責任ある形でイラクをその国民の手に委ねる過程を開始し、アフガニスタンの平和構築を始める。また古くからの友好国とかつての敵対国とともに、核の脅威を減らし、地球温暖化の恐れを巻き戻す不断の努力を行う。

 私たちは、私たちの生き方を曲げることはなく、それを守ることに迷いもしない。自分たちの目的を進めるためにテロを引き起こし、罪のない人々を虐殺しようとする者に対し、私たちは言おう。いま私たちの精神は一層強固であり、くじけることはない。先に倒れるのは君たちだ。私たちは君たちを打ち負かす。

 なぜなら、私たちの多様性という遺産は、強みであり、弱点ではないからだ。私たちの国はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者からなる国家だ。世界のあらゆる所から集められたすべての言語と文化に形作られたのが私たちだ。

 私たちは、南北戦争と人種隔離という苦い経験をし、その暗い歴史の一章から、より強く、より結束した形で抜け出した。それがゆえに、我々は信じる。古い憎悪はいつか過ぎ去ることを。種族的な境界は間もなく消え去ることを。世界がより小さくなるにつれて、共通の人間性が姿を現すことを。そして、アメリカは、新たな平和の時代を導く役割を果たさなければならないことを。

 イスラム世界に対して、私たちは、共通の利益と相互の尊敬に基づき、新たな道を模索する。紛争の種をまき、自分の社会の問題を西洋のせいにする国々の指導者に対しては、国民は、破壊するものではなく、築き上げるものであなたたちを判断することを知るべきだと言いたい。

 腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみついている者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ。そして、握りしめたそのこぶしを開くのなら、私たちが手をさしのべることを知るべきだ。

 貧しい国の人々に対しては、農場を豊かにし、清潔な水が流れるようにし、飢えた体と心をいやすためにあなた方とともに働くことを約束する。

 そして、米国同様に比較的豊かな国には、私たちはもはや国外の苦難に無関心でいることは許されないし、また影響を考えずに世界の資源を消費することも許されない、と言わなければならない。世界が変わったのだから、それに伴って私たちも変わらなければならない。

 私たちの目の前に伸びる道を考えるとき、つつましい感謝の気持ちとともに、いまこの瞬間にもはるかな砂漠や山々をパトロールしている勇敢な米軍人たちのことを思い起こす。

 アーリントン国立墓地に眠る戦死した英雄たちの、時代を超えたささやきと同じように、彼らには、私たちに語りたいことがあるはずだ。私たちが彼らに敬意を表するのは、彼らが私たちの自由の守護者だからというだけでなく、彼らが奉仕の精神の体現者、つまり自分自身より大切なものに意味を見いだそうとしているからだ。そして今、一つの時代が形作られようとしている今、私たちすべてが抱かなければならないのがこの精神だ。

 なぜなら、政府はできること、しなければならないことをするにせよ、この国が依存するのは、究極的には米国人の信頼と決意であるからだ。最も難しい局面を乗り切るのは、堤防が決壊した時に見知らぬ人を招き入れる親切心であり、友人が仕事を失うのを傍観するよりは自分の就業時間を削減する労働者の無私の心だ。煙が充満した階段に突っ込んでいく消防士の勇気、子どもを育てる親の献身の気持ちが、私たちの運命を最終的に決める。

 私たちの挑戦は新しいものかもしれない。立ち向かう手段も新しいものかもしれない。だが、成否を左右する価値観は、勤労と誠実さ、勇気と公正さ、寛容と好奇心、忠誠と愛国心、といったものだ。これらは古くから変わらない。そしてこれらは真理だ。私たちの歴史を通じて、これらは前に進む静かな力となってきた。必要なのは、こうした真理に立ち返ることだ。今私たちに求められているのは、新たな責任の時代だ。それは、一人ひとりの米国人が、私たち自身や我が国、世界に対する責務があると認識することだ。その責務は嫌々ではなく、むしろ困難な任務にすべてをなげうつことほど心を満たし、私たち米国人を特徴づけるものはないという確信のもとに、喜んで引き受けるべきものだ。

 これが市民であることの代償と約束である。これが、不確かな行き先をはっきりさせることを神が私たちに求めているという、私たちの自信の源でもある。これが、私たちの自由と信念の意味だ。なぜあらゆる人種と信仰の男性と女性、子供がこの広大な広場に集い、共に祝えるのか。そしてなぜ、60年足らず前だったら地元のレストランで食事をさせてもらえなかったかもしれない父を持つ男が、(大統領就任の)神聖な宣誓のためにあなたたちの前に立つことができるのか、ということだ。

 さあ、この日を胸に刻もう。私たちが何者で、どれだけ遠く旅をしてきたかを。建国の年、最も寒い季節に、いてついた川の岸辺で消えそうなたき火をしながら、愛国者の小さな集団が身を寄せ合っていた。首都は放棄された。敵が進軍していた。雪は血で染まっていた。独立革命の行く末が最も疑問視されていたとき、建国の父は広く人々に次の言葉が読み聞かされるよう命じた。

 「将来の世界に語らせよう。厳寒のなか、希望と美徳だけしか生き残れないとき、共通の危機にさらされて米全土が立ち上がったと」

 アメリカよ。共通の危機に直面したこの苦難の冬の中で、時代を超えたこの言葉を思い出そう。希望と美徳をもって、いてついた流れに再び立ち向かい、どんな嵐が来ようと耐えよう。私たちの子供たちのまた子供たちに、私たちは試練のときに、この旅が終わってしまうことを許さなかった、と語られるようにしよう。私たちは後戻りも、たじろぎもしなかったと語られるようにしよう。そして、地平線と神の恵みをしっかり見据えて、自由という偉大な贈り物を受け継ぎ、未来の世代にそれを確実に引き継いだ、と語られるようにしよう。

2009年1月19日月曜日

除雪作業を終えた

昨日の黒姫

 昨日は朝から良い天気だったので、除雪作業が順調に進み、ほとんど片付いてしまった。 北海道ではママさんダンプというらしいが、スノーダンプを使った隣地の林へ雪を落とす作業は適度な運動である。 除雪機があれば楽はできるのだが、ほどほどの力作業を伴うスノーダンプでの除雪は運動不足になりがちな冬場にはもってこいだと思う。 従い、疲れを残さない程度に雪が降ってくれることを望みたいが、自然はそう易々とこちらの都合に合わせてくれない。
 昨夜から今朝にかけて雨が落ちていたので雪はざくざく。 午後から雪降りに変わったもののしばらくして止んでしまった。 今日はストーブと煙突掃除。 だんだんずくを出す仕事がなくなって来た。

除雪を終えた


2009年1月17日土曜日

いよいよ雪国の世界へ

屋根から落ちた雪が積もる
  • 雪片付け
  • 雪除け
  • 雪堀り

 除雪の言い方はいろいろあるが、その雪片付けをしなければならない世界に昨日からやっと来た。 昨日の朝はいやに寒いと思ったら、菅平高原でマイナス23度、信濃町でもマイナス18度であったらしい。 ご近所の家の水道管が凍って水が出なかったと聞いたが、我が家も凍結防止帯を巻いていない所で凍っていた。 石油ストーブと薪ストーブで部屋をがんがん暖めたら、幸いにもまもなく水が流れ出した。

 信濃町はそんな冬の世界なのだが、降雪は例年に比べると少ないらしい。 今日は、車庫横に積んた薪を取り出すために雪を片付けたが、和室前は屋根から滑り落ちた雪がまだ堆積したままである。 まぁ、それでもあと二日程働けば家の周りの雪はきれいに片付けられるであろう。 明日も天気が良さそうで除雪日和のようだ。



2009年1月16日金曜日

ペイントソフトを使う

 ウインドウズのアクセサリーにある「ペイント」というお絵かきソフトはあまり込み入った操作が出来ない。
 そこで、自分のような凡才でもワンクリックで使えるようなソフトとしてPaint Shopを長く使って来た。 昨年秋であったかこのソフトのバージョンアップの報せが来たのだが、追加された機能は少ない。 それならむしろプロの世界で使われているPhotoShopを購入してみようかなと食指を伸ばしたが、あの値段に二の足も三の足も踏んでしまった。 それは、お絵かきソフトを使う感性が自分にはあまり無いという意識もあって、十分に使いこなせないのではと危惧され、そんなソフトに万札を何枚も吐き出す決断ができないのであった。
 そんな折、BBCの番組を見ていたら、便利なフリーソフトを紹介するコーナーがあって、はじめて聞いたPaint Netを紹介していた。 調べるとプラグインを組み込むとPhotoShopに匹敵するような機能があることが分かり、早速ダウンロードし使ってみた。 まだきちんと理解できていないのだが、このソフトに加え、ユニックス系列のソフトであろうか、GIMP2というソフトがあることも分かり、しばらくこの2つのソフトで色々試してみることにした。

 そしてPaint Netの簡単な機能を使ってデジカメ写真を油絵風に編集してみた。

野尻湖と黒姫山
閑貞桜と黒姫山


2009年1月15日木曜日

東京の夜はかん(寒)じる

 今日はいくつか所用をこなすために東京へ出かけた。 その一つが原宿にある笹和紙のお店であった。 家内は何度も足を運んでいたが私が訪ねるのは初めてで、もう一度一人で行けと言われるとたぶん難しいほど込み入った場所にあった。 笹和紙の製品はどれも衛生的で殺菌力があり、しかも保温性に優れていることもあって重宝しており、特に5本指の靴下は随分と使ってきた。 今日は腕や足を暖めるレグウォーマー(製品名は?)などを買い求めてきた。
 熊の縫ぐるみは赤ちゃんの玩具には最適だと思う。
 帰りが夜になってしまい、ビルの間を吹く風は冷たく、外苑の銀杏並木の斜め前にある蕎麦屋へ暖を取るために入った。 ここはしばしば訪ねているが、奥さんが気さくに話しかけてくれ、ついつい燗酒を所望してしまった。

笹和紙
笹和紙
渡辺


2009年1月14日水曜日

桃カステラ

 昨日、「年越し派遣村」と湯浅誠さん著「反貧困」のことを書いたが、昨年10月には堤未果さんが書かれた「貧困大国アメリカ」を読んでいたことを思い出した。 真綿でじわじわと首を絞められるように、市民を貧しさのどん底に滑り落させる社会のシステムは日本もアメリカも同じようだ。 ごく一部の金持ちや資本家だけを太らせるシステムを改めるためにも、是非両書ともに読まれることを勧めたい。

 さて、ひな祭にはだいぶ早いのだが、急に長崎の桃カステラを思い出した。 昨年の2月に長崎を旅した際に桃カステラのことを知り、いくつかのお店をたずね歩いた。 地元の方から勧められたお店では売り切れており入手できず、やむを得ず手広く商いをしていたカステラ屋さんで買い求めたが、甘すぎて自分は遠慮した。 そして、今回取り寄せたのは万月堂のもの。 昨年のものより甘さが和らいでおり、カステラもたいそうふわふわしている。 明日は、まだ食べられるはずもないのだが、孫の所へ届けようと思っている。

桃カステラ桃カステラ
桃カステラ