お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

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2014年1月25日土曜日

関山神社・宝蔵院歴史探訪に出かける

信濃町から上越市方向へ30分ほど車で走ると、関川という地域に例年7月に行われる火祭りでよく知られた関山神社がありますが、これまで燕や関温泉への入口程度の認識しかなく、境内をたずねたのも一度ほどであったと思います。
先日、その関山神社の歴史をたどる講演と、境内にあった旧宝蔵院で供された料理を再現する会があると知り、今日は妙高市へ出かけて来ました。

場所は、ハートランド妙高(妙高山麓都市農村交流施設)。 国道18号線から燕・関温泉方面へ進み、高速道路を過ぎた先にチェーン脱着場があり、ここを前後して左手へと曲がって、どことなく進んで行くと、クラインガルテンの棟が見えてきて、その先に会場の建物はありました。
妙高山、神奈山が一望できる場所で、手前にある電線がやや邪魔な感じでしたが、夏場は見晴らしの良さも手伝って美味しい野菜を作ることができるのではと思いました。

講演の第一部は、「妙高(関山)の文化財を語る会」のメンバー方々による関山神社の由来やご神体、宝物、そして明治維新後の神仏分離による仏像の拡散や盗難など、また宝蔵院のごぼう積みというお話などがあり、大変興味深いものでした。 赤倉温泉の利権を売却したり、地域住民の篤志によって、社などの維持・建築をしてきたと、地域の人々に支えられた神社であることが分かりました。 旧関山小学校のこと、宝物の一部が札幌まで流れ着いたことなど、覚えきれないほどの情報でした。
特に驚いたのがご神体の1つである聖観世音菩薩は西暦600年頃の作で朝鮮半島の百済で作られたものだということでした。
大陸からの渡来人が日本に持ち込んだのか、持ち込まれたものを日本に住む人々が関山まで運んだのか、状況は全く分かりませんが、その時代から大陸の人々や文化が様々な形で日本に渡っていたことは明白な事実であると立証できるお話でした。

神奈川県・平塚(大磯)には高麗(高来)神社という神社がありますし、裏の山を高麗山と云います。 大阪近辺には日本に漢字を伝えた王仁博士に関する史跡があり、そんなことを色々見ると、日本あるいは日本人は大陸(朝鮮半島、北方、琉球等)を含めた広範囲の中でその生活や歴史を考えるべきだと思うのです。 そもそも日本民族などという民族や人種はなく、純血思想や排外主義などは全くの誤りだと言えます。

第二部は、関山神社にあった「旧宝蔵院で供された食文化を知ろう」と題して、人智を超えた自然現象への崇拝の意味をこめて、当時は「日待ち」という日の出を待つ儀式(習俗)があったと、その際に出た食事を再現しようと参加者一同で調理をするものでした。

先生が調味料や食材などを事前に用意され、干し柿や玉子の味噌漬け、醤油のたまりをお吸い物に利用する話などためになりましたが、私は不調法ですので、食器や鍋などの洗い物に終始していました。

寄贈されたそうですが漆器の数と種類にびっくり。

干し柿(口にすると手間がかかっていることが一目瞭然)とウルイ

本膳と二の膳。 本膳の方がもう少し足が高い(長い)ようですが、数が揃わなかったようです。 また二の膳は本膳の右に置くようですが、写真では逆になっています。さらに汁物は本来ないようですが、今日は特別に用意されていました。

どれも薄味の美味しい料理でした。 今日の講演は今年度最後の企画だとかで、来年度も色々な計画があるという話で、地域の文化を知る良いチャンスだと、機会がある毎に訪ねてみようと思い帰途につきました。

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