お知らせ

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ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

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「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

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2016年4月28日木曜日

ソウル小旅行へ その1

いつ頃からか、我が家では電気やガス、食料品購入など生計費の支払いの多くを航空会社のカードで行っており、毎月支払い額に応じたマイレージ(ポイント)が貯まるようになっています。
そのマイレージの一部の使用期限が来るというので、ソウルへ小旅行をすることにしました。 時期にもよりますが、最近はホテル付き航空券などがかなり安くなっていて、シイラとかロッテとか、高いホテルにも容易に泊まることもできます。 でも、マイレージだと、別にホテルを予約しなければならず、当然宿泊費が高くなります。 そこで最近はゲストハウスと言われるような、狭くても寝られればいいという宿を見つけるようにしています。
ということで、今回は1泊1室40,000ウオン(約4千円)という格安旅館。

羽田空港ー金浦空港は2時間ほど(帰りは1時間40分ほど)の所要時間で金浦空港からソウル駅までは地下鉄で30分ほど。 相変わらずJALの機内食はまずい。 以前、先着で買えた焼酎「森伊蔵」がエコノミーでは買えない。 JALを使うメリットがだんだん少なくなってきた印象。 金浦空港駅で乗った電車の窓からは時々桜の花が見え、どことなくソメイヨシノを少し色濃くした感じに見えました。

三泊四日で訪ねた所は、

キムチ博物館

仁寺洞(インサドン)マルの4〜6階にあり、キムチ文化の紹介や試食体験などができますが、展示はそれほど興味がわくものではありませんでした。 ただ、ビデオ視聴はテーマごとにかなり詳しく説明しており、その中で、発酵文化の一例としてでしょうか、秋田県の燻りがっこを説明していました。
最後に、色々なキムチを試食した後、野菜などの図柄のゴム印が色々置かれ、ハガキ大より少し大きい白紙におもいおもいに押印するコーナーがありました。 キムチに関わる食器や道具、野菜などを象っているようです。

独立記念館(パンフレットには紀念館と表示)


韓国(朝鮮)誕生からの歴史を現代まで説明する博物館で、ソウルから地下鉄1号線に乗り、天安(チョナン)で降ります。 乗車時間は1時間半を越えていました。(他にKTXや高速バスを利用することもできます)

天安駅から記念館までは路線バスがありますが、あまり時間がなかったのでタクシーを利用。 1万4千ウオンほどの料金でした。 途中、高速道路を通りましたが、桜見物の車で渋滞しているという運転手さんの話で、30分ほど。

インフォメーションで、日本語による音声ガイドが聞ける携帯器を2千ウオンで借りました。
ここから展示館までは徒歩で15分の距離。
まず、高さ52mというキョレ(同胞)の塔が目に入り、2本の間にはムクゲなどが彫られた巨石。


左右にたくさんの韓国旗がはためき、国旗で囲まれた通路には、従軍慰安婦であったハルモニらの絵と説明。


キョレの家という、高麗時代の寺の本堂を模したという大きな建物の中央には、躍動感のある大きな彫刻。


ここを抜けると、やっと展示館にたどり着き、6つの建物を順番に見て行きましたが、展示の半分以上は日帝時代のもの。 日帝の戦争犯罪に関わる展示には逃げたくなるような思いにかられましたが、表現方法が過大だとしても、日本は「やった側」であり、これを非難・批判することはできません。

そして1940年前後の農民運動などの説明があるものの、1945年の解放後の展示はほとんどありません。 朝鮮動乱、済州島四三事件(アメリカやヤクザが関わったとも言われます)、北朝鮮との関係、ベトナム戦争への参加という功罪、アメリカとの関わりなど、国として国民に知らしめる事柄は多いと思いますが、たぶん展示の中には何もなかったように思います。
そういう意味では、国としての反省に欠けた、「歴史上のやられたこと」だけを広言している記念館のようにと思われました。

周囲には子供用の自転車など遊具があり、家族でピクニック気分が浸れるような作りにもなっており、そういう中で自然と歴史教育をするような仕組み作りが出来ている感じがしました。 日本にはこのような博物館はたぶんないでしょう。


日本政府は戦後70年経っても、過去の戦争への精査を行わず、韓国や中国に指摘されるような戦争犯罪や強制労働、搾取などは無かったと、また慰安婦は職業であったと言うばかりです。 文部省検定歴史教科書にも戦争犯罪を記さないか、当事者ではなく第三者が戦争を起こしたような記述をしていることが多く、それは過去の戦争に対する反省の無さの証左なのです。

ソウルには西大門(ソデモン)刑務所歴史館や安重根義士記念館などもあって、近世における歴史教育は徹底されているように思われ、そこに韓国と日本の歴史に対する意識の違いが感じられます。
逆に、教科書検定など学校教育で東アジアを含めた近世を教えない文科省教育では、日本(人)は井の中の蛙になるばかり。 対中国についても然り、対オランダについても然りです。

敗戦時のロシアによる日帝兵士など捕虜に対する強制労働、北方領土の収奪、アメリカによる日本の一般市民への空襲(空爆)などなど、連合軍は日本人に対し倫理に反した行動を行っていたわけで、日本政府は未だそれを追求できないでいるのです。

近世においては物証となるものはたくさんあるであろう、日本国にとって都合の悪いものは無かったといくら言っても歴史を翻すことはできません。 アメリカが同盟国としている日本からの収奪を終えて、利用価値がないと思ったら同盟という手を離すでしょうから、そうなると日本は孤立化への坂道を下っていき、結局再び戦争への道筋をたどるのではないかと感じてしまうのです。

韓国・済州島・カンジョン村には、地元民が神聖な箇所としていた巨岩を壊し、海軍基地を作り、これをアメリカ軍に提供しています。 沖縄・辺野古と同様に、住民による反対運動が行われていますが、韓国政府は日本政府と同様に、住民の意思や安全を無視し、多大な自然環境を破壊してまでアメリカ軍に尽くしているのです。

アメリカによって翻弄されているのは、日本も韓国も同じようです。

ソウルへの帰りが遅くなってしまいそうだと、再びタクシーで天安(チョナン)駅へ。
天安(チョナン)駅脇には、くるみ饅頭の店が数店あり、車道側の一店で購入。 甘みを抑えておりなかなか美味しい。

帰りの電車の行き先が分からず、隣に座った叔父さんに聞くと、途中駅は止まらないとか、あるいは途中で乗り換えがあるとか言い、さらに向かいのオバサンからはあぁ〜だこぅ〜だと言われるも韓国語は分かりません。 たまたま少し日本語が分かるオバサンがいて、一緒についてくればいいと言ってくれました。

天安(チョアン)には、独立記念館の他にも、柳寛順生家などの史跡や寺院、またブドウの生産地であるとか、色々訪ねる所は多そうですが、また別の機会にゆずることとしました。


映画「鬼郷」(キヒャン)- Spirits Homecoming


日帝による従軍慰安婦を扱った映画はこれまでも何度か制作されているようですが、この2月からであったか新しい映画が公開され、封切り時はかなり混んでいたようで、言葉は分からないものの映像だけでも見たいと思っていました。

市場(シジャン)などでは、赤い帽子を被った若者が観光ガイドとして歩いていて、その人に聞いたら、自分のスマフォで調べてくれ、地下鉄1号線で永登浦駅へ行き、ロッテデパートの中にロッテシネマがあり、そこで見られるとのこと。




映画は、仲の良い10代の娘たちが賑やかにノリゲを賭ける遊びの所から始まり、やがて日帝軍人に徴用され慰安所へと連れていかれます。 そういった1940年頃の風景と、元慰安婦であった老女が慰安婦報道のテレビを見て、どうにも我慢できずに、自分が慰安婦であったと役所に申告し、死んで行った慰安婦の仲間達の霊を慰めようと祈祷師を呼ぶという、現代と過去が交互に映像として現れるものでした。
(元慰安婦役で出た俳優は韓国では有名な方だそうで、作品の主旨に賛同して、見返りをもとめずこの作品作りに参画されたそうです。)

慰安所は、着物を着た日本人女性が管理(監視)し、日本人兵士からいくらかの金を取って、慰安行為をさせていく。 兵士の中には、自分の妹に似ていて、どうしても行為ができないので、お金だけでも取ってくれという日本兵がいたが、撤退などで足手まといになる女性たちを殺せという上官の命令を遂行できずに、上官に射たれて死んでしまう。
(かつての戦争では前から敵に殺されるより、後ろから仲間に殺されることも多かった、という日本兵の話もある)

虐殺の場面で、反日帝勢力が現れ女性たちを助けようとするが多くが死に、2人だけが助かるものの、追ってきた軍人に一人殺され、結局生き残った1人が現代になって、自分も慰安婦であったと証言するハルモニであった。

祈祷師によって癒やされた彼女らの霊は蝶になって故郷に帰り、お爺さんお婆さんと再び賑やかに食事をとる場面で映像は終わっていました。

日帝軍人の蛮行を訴求するというより、苦しく不本意な時代に行きた同胞を哀れみ、彼女らの霊が無事に故郷に帰っているのだと、叙情詩的に描かれているように思われ、観客の中には涙している女性もいました。
一時、日本のネットウヨに気脈を通ずる人たちが、この映画を批判していたようですが、実際に見ると、日帝を批判しているというより、同胞に対し相憐れむ思いを伝えたいという映画でした。

日本語の字幕できちんと理解してみたい映画でしたが、たぶん日本政府が日本での上映を認めないだろうし、認めたとしても上映館に嫌がらせやいちゃもんをつける団体が蠢き、結果として見ることはできないでしょう。

海外では英語字幕で公開されているようですから、慰安婦問題に対する各国の一般市民の理解が深まると同時に、日帝兵士の蛮行が明らかになるわけで、「認めない」「謝らない」という日本政府の品位というか不誠実さが諸外国に喧伝される結果となってしまうのではないかと危惧されてしまうわけです。

日本大使館前の少女像

景福宮の斜め前の地域には海外公館が多く存在し、警備の警官があちこちに立ち、人員を運ぶ警察のバスなども止まっていました。
今、日本大使館は建替え中のようで、日本大使館は表通り側にあるツインビルに入っており、その裏側の一角が工事用のパネルで囲まれています。 その前の歩道に金色の少女像はありました。


訪ねた時は、日本政府の謝罪を得るまでは座り続けると、女子学生2人が周辺の掃除をしていました。 工事パネルには蝶々の形をした黄色い紙にメッセージが記されて、たくさん貼ってありましたが、中には日本語のものもありました。
たぶん昨年12月のアメリカによる、無理やり合意に至ったという、慰安婦問題を知らせるポスターを見て、日本のアベシンゾウは金持ちだけを大事にする悪たれだという意味の話をしたら、 韓国のパク・クネ大統領も同じだと彼女らは言っていました。

そして、ポスターのアベシンゾウの顔には、ここをたずねてきた日本人であろう、メッセージを書いた紙を貼り付けてありました。 慰安婦問題の真の解決をしようとしない日本政府など諸々に対する、残念な思いを抱いている日本人は多いのです。

朝鮮日報にこんな記事がありました。 「やった側」と「やられた側」の意識の差が色々な形で現れているのでしょう。 犯罪でも災害でも、苦難を被った人たちの思いにならなければ解決にならないし、虐げられた人々の心に接することも出来ません。 人道的な共生社会、グローバル社会とは何か、日本の多くの人が自分に問いてかけてほしいものと思うのです。


明洞大聖堂

明洞大聖堂は韓国民主化の出発点になった所で、2005年教皇ヨハネ・パウロ二世が亡くなった時は、大型トラックの荷台に据えられた大きなスクリーンにローマでの葬儀の模様を映しだしていました。 そして2年前に訪ねた時には、教会の周囲で工事が行われていて、今回その完成した姿を見ました。
教会は高台にあり、道路から少し坂道を登る形になっているのですが、その坂道周辺の地下がショッピングアーケードになっていて、パン屋さんとか音楽教室などが目に止まりました。

昔、日本でも駅頭で傷痍軍人(あるいは傷痍軍人のふりをした人)が立ち、なにがしかのお金を道行く人に願っていましたが、この明洞大聖堂の前でも、躄った人などがお金をいれてもらう帽子や缶を持って座っていました。 そしてミサの最中に聖堂に入ってきて大きな声で騒ぎ、信者の方でしょうか、お金を渡したら静かに帰って行きました。
社会から隔絶された人たちが韓国にもいるのだと知った次第です。



聖堂の左側には、たぶん済州島(Jeju)で殉教したキム神父の彫像やポートレートが飾ってあります。


聖堂の左右には、十字架の道行という、キリストが処刑されるまでの行程を思い出しながら祈る場所があり、教会によってい色々な工夫をされていますが、この教会には粘土板を掘ったような絵がかかっていました。 韓国は教会ばかりでなく、彫像などなどあちこちで見ることがあります。



家内が日曜日のミサに行ってみようというので9時の英語ミサへ。 会堂の中は参集者がびっしりと居て、座る席がないほど。 そして終えて外に出ると、次のミサに出る人が行列していました。
たぶん日本の教会では(否、欧米でも)このような光景は見られないでしょう。

韓国では、石を投げれば教会にあたるというほど、教会の数が多く、夜になるとネオンの十字架があちこちで輝いています。 仏教寺院でも参詣者の多さに驚きますが、総じて韓国の人たちは宗教を信じるというか、頼りにしているようで、無宗教がはびこる日本との違いを感じます。


(ソウル小旅行へ その2)に続く

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