お知らせ

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ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

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「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

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八木下重義ー地震予兆研究センター

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2016年6月6日月曜日

遺跡めぐり ー関山神社と鮫ヶ尾城ー へ

昨日は、野尻湖ナウマンゾウ博物館が主催した「遺跡めぐり(春)」へ出かけてきました。
種々訪ねた場所のうち、関山神社斐太歴史の里はこれまで行ったことがありましたが、ボランティアガイドの説明付きでしたので、よく理解ができる見学となりました。


最初にたずねたのは関川神社そして宝蔵院跡など周辺を散策。



主尊である菩薩立像は、日本における仏像第一号で朝鮮半島から渡ってきたものだそうです。





上半身のみの彫像(弥勒菩薩)の石仏群。 集落に点在したものを集めたそうです。


仏足石。左側から舎利塔、仏足、仏手華判(釈迦の印相)が彫刻されているそうですが、見た目では図像の判断がつきませんでした。


石仏(弥勒菩薩)


宝蔵院跡。 昔は5mの滝と池があったそうで、地元では5年計画で復元すべく活動をされているとのこと。 借景の妙高山は残念ながら雲に隠れていました。


関山神社前が旧北国街道の関山宿。 村越家とおっしゃったか、神社前の個人のお庭がきれいに整備されていました。


関山神社の境内に、砲弾のモニュメントが置かれていたり、軍艦の絵や寄せ書きされたような日章旗も描かれていて、軍神を祀ることも意図されていたようです。
そういう意味では個人的に少し引っかかる感じもしましたが、あえて触れないでおきましょう。

次に、片貝縄文資料館。 発掘された土器のかけらから復元、また耳飾りのようなもの、料理に使用したであろう石臼のような丸い石、石棺から出てきた石などなど、数千年の時代へタイムスリップ。
復元できない土器のかけらは自由に触っていいと、にわか縄文人になったような思いが感じられました。



その後、斐太遺跡鮫ヶ尾城跡斐太歴史民俗資料館をたずねました。 鮫ヶ尾城跡ではいくつもの掘切りを渡り、本丸に到着した時には汗びっしょり。 今年はカタクリの開花に間に合いませんでしたが、ササユリの花もすでに峠を越えているように思われました。

そして最後は斐太歴史民俗資料館へ。 時代に応じた生活用具などが展示されていましたが、もう少し詳しい説明書きがあれば良かったかなという印象。 一茶記念館の民俗資料館はただ雑然とおかれているだけだったという記憶ですので、こちらの方が少し整理されているように思われました。 そして資料館の建物には、野尻湖の水利権を有している地域の事務所があるとのこと。

午後からはデジタルカメラのメモリカードが不調となり写真撮影ができず。

4時過ぎにナウマンゾウ博物館に帰ってきましたが、いただいた資料をあらためて開くと、ガイドさんの説明が彷彿と思い出されています。
企画された博物館の皆様に感謝です。 ありがとうございました。

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