お知らせ

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2017年1月29日日曜日

映画「沈黙ーサイレンスー」を見る

(追記1/31:Facebookのどなたかの投稿で、篠田監督の「沈黙」がYouTubeにアップされていることを知りました。 ロシア語圏?の字幕がついています。
https://www.youtube.com/watch?v=jCLzLqNkS_c&t=706s (追記了)

遠藤周作さんの著作「沈黙」をもとに、アメリカのマーティン・スコセッシ監督が製作した映画「沈黙ーサイレンスー」を見て来ました。
今月、東京などでロードショーが始まったことは知っていたのですが、長野に来るにはまだまだ時間がかかると思っていたら、家内の友人が今長野グランドシネマズで上映していると知らせてくれました。

半世紀もの昔、遠藤さんの「沈黙」が刊行された時、ちょうど学生時代で仲間と読みながら、遠藤さんが何を言いたかったのか、などと喧々諤々の論を張ったのを思い出し、なんと半世紀ぶりに形を変えた作品に触れることとなりました。



見終えた感想として、本映画は原作に忠実に描いていると思いましたが、たぶん原作では読者に考える余地を残していたものの、映画の最終場面では、行きつ戻りつする姿のキチジローから告解を迫られる棄教した筈のロドリゴ、その間に「神」の声が聞こえ、寡婦を娶ったロドリゴは早逝するが、棺には手作りの十字架がそっと添えられ、共に荼毘に付されるのでした。 そんな場面に監督の意図が隠れていたように思いました。

踏み絵という棄教の単純な一面ではなく心の奥底に秘めた思い、あるいは信仰もしくは信心といったものは、どうにも消すことががきないのが、人間の存在ではないかと示していたように思われました。

当時の宣教では、生活に困難を極めていた平民にとってパライソは夢のような境地であったでしょうから、禁教弾圧にも耐えられたと、現代人がその昔を理解するのは難しいかもしれません。 しかも、その宣教は欧州からの植民地支配の先便であったことは明白であり、社会に不穏を撒き散らすと当時の幕府が禁教を命じ、幕府にとって都合の良いものだけを取り入れようとしたのは至極当然であったろうと思われます。

因みに、朝鮮王朝時代の朝鮮半島にあっても、日本と同じように宣教師や信者は迫害にあい、歴史物の韓ドラで見るような刑場場面がしばしばあったようで、教会庭や併設建物に刑罰道具などが展示されている所もあります。

そういった当時の背景を理解しないと、この「沈黙ーサイレンスー」を理解することは難しいでしょう。 また遠藤さんは西欧の一神教ではなく、東洋的な自然思想との融合を願っていたのではないかと感じました。

そして、遠藤さんが続いて著された大作「深い河」が映画化されれば、遠藤さんの思いがもっと明白に、世界に理解されるのではないかと思った次第です。





たまたま知人から、NHKでこの映画を取り上げた、「巨匠スコセッシ 「沈黙」に挑む」という番組があったと見せて下さいました。
著作「沈黙」発刊後5年目頃に篠田監督のもと、日本でも映画製作がされたようですが、当方、当時は色々忙しい時期であって、この映画について知るような時間がありませんでした。

このNHKの番組を見ながら、そしてかつて長崎、平戸、五島など隠れキリシタンの里を見聞したことを思い出し、そんなふうに重ねてこの映画を見たら、遠藤さんの意図や思いが良く分かるのではないかと思われました。
















東京でのロードショーの際、総理大臣であるアベシンゾウ氏が本映画を鑑賞されたそうです。
しかし、見終えてからの記者の感想を求める質問に、「沈黙」のままその場を去ったそうです。
アベ氏が、事前の知識なく、3時間近くもスクリーンの前に坐されたら、たぶん惰眠を貪っていたことでしょう。 「云々ーでんでん」は言わずもがな、彼の浅学の頭では、遠藤さんの「思い」を理解することは不可能でしょう。 よくて「百田」物でしょうね。
世界中の国が日本を尊ばれるのは金をばらまくからと、アベシンゾウは思っているでしょうが、真に日本人が諸外国から尊ばれているのは、遠藤周作さんのような真摯に人間の生き様を追求する姿があるからなのです。

以下の写真は、10年前にキリシタンの里である、長崎、黒崎、福江島などを巡ったものです。 一つ一つ説明を残すのはちょっと大変なので、写真だけを残していますが、かつての隠れキリシタンは長い歴史の中で土着化されたもので、現在のキリスト教とはイコールではないようです。 そして、隠れキリシタンの多くが生きながらえてきたのは、お寺さんの存在があったことも忘れてはならないでしょう。









墓誌に、戒名と洗礼名が混在して記されているのも土着化の一例でしょう。




外海の遠藤周作文学館にある「沈黙の碑」
















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