2010年8月7日土曜日

核(兵器)のない世界を目指せ

 昨日、広島で行われた平和式典に関していくつかのブログを読んだが、やはり心に残ったのは2つであった。

 それは、反戦な家づくりの「65年前の今日、広島に原爆は落ちたのか?」と、池田香代子さんの「ある原爆犠牲者慰霊碑ではない慰霊碑」であった。

 日本語は主語を非常にあいまいにする。 原爆は自然に落ちたものでなく、アメリカが広島と長崎に落としたのであり、落とすように仕向けたのは過去の日本政府であった。 そして、当時の戦況から見て敗戦間近と認識されていたはずの日本に原爆を試しとして落としたのがアメリカという国であった。 未曾有の人民を殺害したという点では、原爆投下を認めたトルーマンにも、その危険を察知できなかった昭和天皇にも責任があるわけで、未来永劫にわたって地球がある限り、その責は糾弾されなければならない。

 エノラ・ゲイ機長の息子が、今回の平和式典にアメリカ大使が出席したことに反意をしめしたらしいが、自分の父親の行動を正当化したいのはやむを得ないと思う。 しかし、アメリカ国内で行われている歴史教育の中で、人を殺すことは正義ではないときちんと教えていれば、そういう発言はない。 アメリカも、日本も、自国の歴史の正当性ばかりを教えようとし、負の資産に目をつぶる所に、平和が遠のく要因があるように思う。

 それにしても、潘基文・国連事務総長の挨拶は実にすばらしい。 式典で述べられた挨拶の中で、菅総理大臣のものが一番貧弱で中身のないものであったことを本人は感じているのであろうか? 否、そうではあるまい。 貧困な精神が宿る政治家は早々に辞してもらいたいものだ。



<広島原爆の日>潘基文・国連事務総長あいさつ(全文)
毎日新聞2010年8月6日(金)18:00

 私たちは今、この神聖な場所に身を置き、自らの目で見て、感じ、吸収し、そして深く考えます。

 私は初の国連事務総長として、この平和記念式典に参加できたことを光栄に思います。そして今、深い感動に包まれています。

 広島と長崎に原爆が投下された当時、私はまだ1歳でした。私がここで何が起きたのかを十分に把握したのは、しばらく後になってからのことでした。

 私は少年時代を朝鮮戦争のさなかに過ごしました。

 炎上する故郷の村を後にして、泥道を山中へと逃れたことが、私にとって最初の記憶の一つとして残っています。

 多くの命が失われ、家族が引き裂かれ……、後には大きな悲しみが残されました。

 それ以来、私は一生を平和のために捧(ささ)げてきました。

 私が今日、ここにいるのもそのためです。

 私たちは65年前に命を失った人々、そして、その一生を永遠に変えられてしまったさらに多くの人々に対して哀悼と敬意の念を表するため、一堂に会しているのです。

 命は短くとも、記憶は長く残ります。

 皆さんの多くにとって、あの日はまるで、空を焼き尽くした閃光(せんこう)のように鮮明に、また、その後に降り注いだ黒い雨のように暗く、記憶に残り続けていると思います。

 私は皆さんに、希望のメッセージを送りたいと思います。

 より平和な世界を手にすることは可能です。

 皆さんの力は、それを実現する助けとなります。

 被爆者の皆さん、あなた方の勇気で、私たちは奮い立つことができました。

 次の世代を担う皆さん、あなた方はよりよい明日の実現に努めています。

 皆さんは力を合わせ、広島を平和の「震源地」としてきました。

 私たちはともに、グラウンド・ゼロ(爆心地)から「グローバル・ゼロ」(大量破壊兵器のない世界)を目指す旅を続けています。

 それ以外に、世界をより安全にするための分別ある道はありません。なぜなら、核兵器が存在する限り、私たちは核の影に怯(おび)えながら暮らすことになるからです。

 そして、私が核軍縮と核不拡散を最優先課題に掲げ、5項目提案を出した理由もそこにあります。

 私たちの力を合わせる時がやって来たのです。

 私たちには至るところに新しい友や同志がいます。

 最も強大な国々もリーダーシップを発揮し始めました。国連安全保障理事会でも、新たな取り組みが生まれています。また、市民社会にも新たな活力が見られます。

 ロシアと米国は新しい戦略兵器削減条約に合意しました。

 私たちはワシントンでの核セキュリティーサミットで重要な進展を遂げることができました。その成果を踏まえ、2012年には次回のサミットが韓国で開催される予定です。

 私たちはこの勢いを保たなければなりません。

 私は9月にニューヨークで軍縮会議を招集する予定です。

 そのためには、核軍縮に向けた交渉を推し進めなければなりません。

 それは、包括的核実験の禁止に向けた交渉です。

 また、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)に向けた交渉でもあります。

 また、被爆者の証言を世界の主要言語に翻訳するなど、学校での軍縮教育も必要です。

 地位や名声に値するのは核兵器を持つ者ではなく、これを拒む者であるという基本的な真実を、私たちは教えなければならないのです。

 皆さん、

 65年前、この地には地獄の炎が降り注ぎました。

 今日、ここ平和記念公園には、一つのともしびが灯(とも)っています。

 それは平和のともしび、すなわち、核兵器が一つ残らずなくなるまで消えることのない炎です。

 私たちはともに、自分たちが生きている間、そして被爆者の方々が生きている間に、その日を実現できるよう努めようではありませんか。

 そしてともに、広島の炎を消しましょう。

 その炎を希望の光へと変えようではありませんか。

 核兵器のない世界という私たちの夢を実現しましょう。私たちの子どもたちや、その後のすべての人々が自由で、安全で、平和に暮らせるために。


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