2015年4月15日水曜日

20年前のイギリス鉄道旅行から

先日、鉄道模型の記事を書いたら、20年前にイギリスを鉄道で回った時のことが思い出されました。

ユーレイルパス(ユーロパス?)というのでしょうか、イギリスだけであったので正しくはブリットレイルパスと言うべきでしょう、日本から一定期間乗り放題の切符を事前に購入して出かけました。
回ったのは、ヒースローからエディンバラ、インバネス、スカイ島、マレイグ、グラスゴー、ヨーク、マンチェスター、カーナフォーン、 カーディフ、ビストル、ロンドンとほぼ2週間をかけ、リュックを背負って泊まるのは主にBB。 いわゆるバックパッカーの鉄道旅でした。

鉄道旅行の出発地はエディンバラでしたが、電車の乗り方やホームのことを駅員に聞くものの、アジア人を蔑視しているのか、あるいは先の大戦での日本との戦いで亡くなった親族がいたのか分かりませんが、怒ったような剣幕で、何故そうなのか深く追求するほどの英語力も当方にないので、ちょっと気勢を削がれたような気分であったと覚えています。
しかし、それからの旅で、先の大戦の記念碑に出会うことがあり、そこには地域の若者が出兵し、日本軍との戦いで亡くなったと記されていました。 昔の恨み辛みを引きずっている人がどこにもいるということが分かった旅の始まりであったのです。

でも、実際に乗った列車では車掌さんが親切にしてくれ、写真を撮るならと車掌室の窓を開けてくれていましたし、楽しい集団に出会うこともありました。 途中の駅で、電車の運行が中断し、跨線橋を渡って別の車輛に移ってくれというアナウンスに、移動すると再び違うホームを指定され、小さな子供さんを連れているお母さんの荷物か赤ちゃんを抱えてあげていたように覚えています。








日本の車窓風景では、どんな地方へ行っても建物が見えますが、ヨーロッパなどへ行くと、駅のある街を過ぎると、野山や丘が続いて人の姿がほとんどなく、突如街が現れてくるという感じでした。

イギリスは総じて曇った天気が多いですが、スカイ島へ渡った時、重い雲が垂れ込めていて、ここぞイギリスの田舎という感じでした。 一日に何本もないバスは新聞や物品の配達もしているのですが、その日、運行がかなり遅れていたのでしょう、ある停留所で通学する子供たちがいたのですが、バスが間近に来て気付き、乗る素振りを見せていたのですが、バスの運転手は「ソーリー」と言って停車せずに通り過ぎてしまったのでした。

グラスゴーでは駅舎のわきにあるホテルに泊ったのですが、ワンワンと響く構内のアナウンスが夜中まで聞こえていたように覚えています。
グラスゴーからヨークへ。
ヨークにはイギリスで最大の鉄道博物館があり、その多くは動態保存されているのです。 圧巻は大型のSLを乗せたターンテーブルが動くことでした。








ヨークの町中の喫茶店のご主人と知り合い、その方がSLの設計図だと見せてくれたのですが、昔の青焼きのものでコピーが薄くて実際にはよく分かりませんでした。 ただその店のスコーンがすごく美味しく、そして奥さんも娘さんも彫りが深くて実に綺麗な人だったなと記憶しています。


カーナフォーンでは、スノードン鉄道という登山電車に乗りました。 ここでもSLが走っているのですが、我々が乗ったのはディーゼル機関車が引いて(押して)いました。




カーディフへ移動する途中で、ナロー型(たぶん?)SL列車に出会いました。



スノードン鉄道で同道させていただいた、当時イギリスに駐在されていた日本人のご夫婦とは現在もお付き合いさせていただき、また次のウエールズの民俗博物館では、家内が気になっていたパン工房へ作り方などを聞いていましたが、ここでスミスさんというお年寄り夫妻と出会い、その後イギリスへ行くたびにお会いし、自宅に泊めていただいたり、ロンドンでの息子の結婚式にも出てくださったり、2007年にフランスの巡礼路を歩いてからイギリスに渡った時は、West Somerset Railwayというボランティア達が復元した鉄道にも案内してくれていました。

ー以下、次項へ

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