2012年7月13日金曜日

映画「道 ~白磁の人」を観てきました

日本が韓国を併合して4年がたった1914年、林業技師として京城(ソウル)にやってきた浅川巧と仕事の仲間であり朝鮮語の先生でもあったイ・チョンリムの姿を追う中で、日本からの独立運動が起き、二人の関係は引き裂かれてしまう。 朝鮮の山々の木が伐採され禿山になってしまったのは、当時の中国やロシアよるものであったが、それに輪をかけて日本人が根こそぎにしたらしい。 併合後、鉄道の枕木など木材の需要に応えるため植林が必要だと、日本から林業技師が派遣されたとのことであった。

浅川は、地元の苗を地元の土で育てることに気がつくと同時に、朝鮮の日常生活で使われていた白磁の美しさに魅かれ、またまな板などの木材の工芸品にも関心を持っていたとのこと。

その史実に基づいて映画化されたのが、この「道 ~白磁の人」であった。



(上掲のチラシの文字が判読できないと思われ、一部を次に掲載)



(清水寺の貫首さんの書-道)


統治される者と統治する者という関係ではなく、人間として平等であるという彼の信念がどこから来たのか映画の中では描かれていませんでしたが、山梨県・北斗市浅川伯教・巧兄弟資料館を見たら、兄弟ともメソジスト教会で洗礼を受けたとありました。 隣人愛とか平等博愛という意識が根底にあったからこそ、彼は朝鮮人に慕われたのであろうと思いました。

伊藤博文を暗殺した安重根もキリスト教(カトリック)信者であったが、彼には東アジアの平和という東学思想があったとされており、浅川兄弟にもイ・チョンリムにもそのような思考があったのではないかと感じました。


どちらにしても朝鮮半島と日本は文化的にも人種的にも大変近い存在であるわけで、秀吉時代や先の大戦時のような侵略についてきちんと精査すべきでしょう。 日本軍の大陸侵攻は列強国から救うためとか、強制労働や慰安婦問題などはなかったと日本が言い続けている限り、朝鮮半島との良好な関係を築くことはできず、竹島問題のような口実を与えるだけに終わっていまうのです。


数年前に若者と一緒に約3ヶ月間韓国を歩いて旅をしましたが、この淺川兄弟のことを知っていれば、もっと違った交流ができたのではないかとちょっと残念でした。 日本の政治家や学者など過去の戦争のこととなると、日本は正しかったと一方的に説くことが多いです。 かつての日本軍が進駐した中国や朝鮮を自分の足で歩いて見て、地元の人ととの関わりを持ってから、自分の主張を彼らに話してほしい。 高みの見物のような論調では彼らも納得しないから、いつまでも日本国が非難を浴びることになるのです。



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