2015年6月10日水曜日

鳴らない鐘「戦争の証」ー長野・称名寺

この所、梅雨に入ったのかなと思わせるような雨天の日があると思えば、今日のように日差しが出て外仕事をしていると汗びっしょりとなる日もあるのです。

今日は、術後、力仕事をしてはいけないと医師から制限されている友人のお宅へ援農に出かけて来ました。
援農と言っても、当方は素人なので、言われるままに動くだけで、もう一人の方が半世紀とは言わないまでもかなり年季の入った耕うん機のエンジンをかけて、畑をかんましたのですが、途中でエンストし、以後エンジンがかからず、結局、隣家の方が見かねて大型のトラクターで2〜30分で畑起こしをしてくれました。

さて、先日、『来る7月18日、信濃町で「聴こう!石の鐘のメッセージ」の会が開かれます』という記事を書きましたが、石の鐘の鐘楼がある柴津・称名寺では4月28日に報恩講が開かれ、ちょうどその時は鐘楼脇で400年も生きてきた枝垂れ桜が満開の日になるはずでしたが、今年は少し早かったようです。

その報恩講の日、京都・西本願寺の本願寺新報の記者も来られていて、住職に加え、家内が称名寺の「石の鐘」について色々説明をしたそうです。

その記者の方が記事を取りまとめ、6月1日付けの新聞(本願寺新報)に記事を載せたと見本紙を送ってくださいました。


記事を読むと、称名寺の「石の鐘」と似たような歴史を持つお寺さんが福岡にもあるとのことで、そちらではやはり鐘楼が風で飛ばされないように、梵鐘に似せたコンクリート製の鐘を作ってぶら下げたそうです。
終戦前であっても、北信の寒村と南九州という地域差があったものの、石やコンクリートの鐘が、敗戦後70年、過去の侵略戦争に対する反省の拠り所となっているはずです。

そういう意味では、戦力を持たず、侵略戦争を行わないという、憲法9条の理念を蔑ろにし、中国や朝鮮半島と無用に対峙しようとする、現政権は実に愚かで日本という国と国民を惑わすものでしかないのです。


読みにくいので記事を前半と後半に分けました。




過去の侵略戦争に加担したと、現在、西本願寺派はその反省のもとに平和希求への種々の努力をされており、数年前に平和行進で山陽道や東海道を歩いた時にも、寺院の一角に宿泊させていただきました。

東本願寺派も、現政権への動きに対する警鐘を鳴らしています。 そういう意味では、戦前に官憲から色々制約された創価学会が、公明党という政党のもとに、覇権のために自民党に組みし、戦争が出来る日本を作ろうとしている姿は、人々の安然を願う宗教とはあるまじき姿になってしまっているのです。

日本という国、そこに生きる国民を惑わす宗教ではあってはならないのです。 賛同する人々の猛省をうながしたい思いです。




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