雪解けが急速に進んでいたと思ったら、2月下旬頃から春雪の日が続き、そんな中で、はじめて「雨氷」という現象に出会いました。
「雨氷」とは、過冷却状態の雨滴が樹木や電線等の地表の物体に付着して凍結し、透明な氷となって着氷する現象とのこと。
屋根に薄氷が張り、日の出とともに音をたてて滑り落ち、積雪が滑り落ちる音とは少し異なり固い音になっているように感じました。
そんな中、所属するグループや「ひとときの会」のイベントで雪上歩きをしてきました。
まずひとつは、「冨ケ原」の林間歩き。
案内は、冨ケ原に住み、周辺の環境に精通された住人の方。
以前には牧場があったり、ニコルさんの「アファンの森」の後方に位置する林間で、地域に住む方々が遊歩道の整備や管理をされていて、その雪道を楽しむというものでした。
遊歩道を登りつめると稲付用水という名の用水路があり、雪解け水か湧き水かは分かりませんが、どくどくと流れていました。 春になると、この水が田んぼに注がれ稲を育んでくれるのでしょう。
さて、そんな冨ケ原地区ですが、世帯は少ないものの、住民の連携は大変濃いようで、以前、集落の方が作られた小冊子を見つけたことがありました。
30数ページの小冊子ですが、戦後からの住民の暮らしや年間行事など詳細に記述されています。 その一部をここに残しましたが、小冊子そのものは町の施設などで配布されているようです。
冨ケ原の林間を楽しんだ翌日には、町の「ひとときの会」主催の長範山ウォークに参加しました。
国道18号線野尻バイパスを過ぎるとトンネルがあります。 トンネルを抜けると下り坂が続き、やがて新潟県に入る大橋に来ます。 その下り坂の右側に長範山はあり、その名は昔の盗賊である熊坂長範の名から来ているそうで、関川の手前を右折して妙高高原駅方面に進むとやがて「熊坂」という集落が現れてきます。
もうそこら辺は、長野県信濃町というより新潟県妙高高原町という様相を呈しています。
緩やかな林道を歩きますが、20センチほどの積雪があり、先頭者はラッセルで結構良い運動になったのではないかと思います。
振り返ると皆が歩いたスノーシューの痕のみ。
頂上付近には電波塔と思われる塔が3基。 広場では皆が輪を作り、内側を雪のテープルに見立て、眼の前の雪に蜂蜜をたらして、雪と一緒にこれを食すという余興?
皆さん、上品な方ばかりで顔面に雪をかぶった方は少なかったようです。
そして、頂上の表示は杉の木に打ち付けた手製の標識767m。
下りはヤブの中を歩きましたが、雪解けがかなり進んだ跡に積もった雪で、踏み外すこともありましたが、無事に下山して来ました。