お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。




「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、神奈川新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

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2018年9月30日日曜日

ソウル旅行(本年4月)その1

ここ数年、春と秋に韓国へ短い旅をするのが我々の生活の一部になりつつあります。
欧米など、飛行時間の長い旅は辛いものがありますし、文化の全く異なる世界を見聞しても、「そうですか!」で終わってしまいます。 また、言葉をはじめ、障害になることが多く、人々の生活を知る機会も少ないです。 観光地巡りならテレビなどの映像番組で十分に見ることができますし、”行きました”、”見ました”だけの旅行はしたくありません。

国内旅行についても同様で、能書きタラタラのご馳走を並べられても、素材が悪かったりと、本当の「馳走」に会えることはほとんどありませんし、東日本大震災ならびに福一の事故以来、産地偽装がそこかしこに見られると思われます。 またお仕着せのツアーなども、ただガイドさんがかざす旗にしたがって巡るだけで、そんな旅であっても料金は高い。

そんなこんなで、我が家では、一般に言う「お仕着せの旅」をすることは以前から少なく、かつて見られた日本の山間部などの原風景がまだ残っている韓国に出かけることが多くなりました。 食習慣が似ているし、有機作物など自然農法に対する関心も高く(有機や国産という言葉はそのまま通じます)、しかも素材の値段は日本と比べると比較的安いです。
昨今、日本の通販サイトでも韓国の食品を扱っていて、それほど高くない値段で入手できますので、お土産として買うものは少なく、小さなスーツケースだけで身軽に出かけ、食習慣の違いを知るというか知恵のようなものを得てくることができます。

ブログに記していない韓国への旅が昨年10月と本年4月があるのですが、その中から主だったものを記していこうと思います。

さて、9月6日におきた北海道胆振東部地震発生で道内の交通やインフラが停止した際、韓国からの旅行者が足止めされていると、その人数が4千とか5千と報道されていたようですが、その数にちょっとびっくりしました。
韓国から日本への旅行者は、比較的料金の安い関釜フェリーを使って、九州を中心に旅行をしているのではと思っていました。 以前、ソウルで知り合った模範タクシーの運転手さんがいろいろ面倒を見てくれ、近々由布院に遊びに来ると聞き、日本円で支払ってあげたことがありました。

実は、韓国民が日本旅行に関心を持つ理由の一端を、この4月にソウルへ行った時、テレビの旅番組で見て知りました。 その番組では、「北海道」から「道後温泉」、最後は「沖縄」であったか、韓国の女優さんらしい人が紹介していました。
北海道では、網走や知床、函館など、四国では道後温泉や四国遍路、栗林公園、沖縄もあったように思います。
インバウンドと言うのでしょうか、こういう旅番組を見れば2時間ほどで来れる日本に来たくなるものでしょう。 日本人と同様に、彼らも温泉は大好きです。

韓国の旅番組はドローンを使った映像が多く、際立った演出に長けているように思えます。
テレビの映像を撮った写真から。

・網走の町

・網走川?の道の駅と流氷船



・ドライスーツを来て、流氷遊びを体験

・漁師町は日本も韓国も同じ雰囲気


・北海道から一気に四国へ飛びました


・坊っちゃんカラクリ時計

・お遍路さんを紹介

・栗林公園らしい

このあと沖縄に飛んでいたと思いますが、テレビの番組表がわからず見られませんでした。


2018年9月29日土曜日

浅間山登山を敢行

(追記2018.10.8)
毎日新聞サイトに、浅間山登山についての記事が掲載されていました。
(追記了)

8月末頃であったでしょうか、浅間山の噴火の危険性が減少し、入山禁止が一部解除されたので、登ってみようと誘いが悪友からありました。
学生の頃、合宿所が追分にあったので、石尊山には何回か登っていたのですが、こちらは1667mの標高とハイキングのような山登りで、2568mという、2000m以上の高さの山は黒姫山登山以来。 それよりも500mほど高いのです。 登山口からの標高差は1100m。 寄る年波を考えずに、気楽に「登ろう!」と生返事。

9月に入ってぐずついた天気が続いていましたので、十分なトレーニングができないまま、予定した28日は快晴の予報で、朝4時起きして集合場所へ。 5時に出発して小諸インターから浅間山荘登山口へ。

登山口の駐車場は有料で、我々が着いた時は駐車スペースが2〜3割しか残っていないようでした。 天狗温泉浅間山荘という名称で、我々のような古い人間ですと、かつての浅間山荘事件が思い出されてしまいますが、その浅間山荘(河合楽器の山荘であった由)は別の場所にあったそうです。


登山口は浅間山の六合目(標高1410m)で支度をし体をウォーミングアップ。

看板には自己責任で登れと注意書き。 登山届を提出して、7時少し前に登山を開始。

30分ほどで一ノ鳥居、ここからニノ鳥居までは2コースあり、我々は不動の滝コースをとりました。

不動の滝

ニノ鳥居(実際には鳥居は無し)まで約1時間

林間と林間の間に、崩落があった場所のような、硫黄の匂いがかすかに漂ってくる場所に出ました。

火山館まで計画通りの2時間で到着しました。 管理事務所を見学させてもらいましたが、別棟にはバイオトイレが用意されていました。

火山館から左手に外輪山をのぞむ。

湯の平分岐? 周辺はカラマツ?林のよう。

だんだん低木になってくる頃には、賽の河原分岐?

いよいよ草木が少なくなり、がれ場の連続で、ここが一番苦しい。

北軽井沢方面でしょうか、外輪山の切れ目から下界がじょじょに見えて来ました。

火山館から2時間かけてやっとシェルターに到着。

ここからは比較的なだらかな尾根歩きとなります。

そして11時30分、計画より30分遅れて登頂に成功。
ここは当座の浅間山山頂で、前掛山(標高2524m)。本来の浅間山は標高2568mですので、あと44m登る必要がありますが、現在は立ち入り禁止となっています。
でも、2つか3つ、人影らしい姿が見られました。 危険を顧みずという人はどこにでもいるものです。 山ガールさんの撮影に便乗しました。

本来の浅間山山頂。 晴れていても11時頃になると雲が出て眺望が遮られます。

次から次へと登山者が到着し記念撮影。
飛ぶように登って降りて行く痩身の若者や山ガールが多く、我々が一番のロートルといった感じ。

時折、冷たい風が吹きますので、早々に外輪山から下に降りました。


そしてシェルター脇で昼食休憩、ここだと風がなくゆっくりと休めます。

12時5分下山開始し、もと来た道を帰ります。

珍しい植生だと教えてくれましたが、内容は記憶から飛んでしまいました^^;


ニノ鳥居から別コースで一ノ鳥居へ

一ノ鳥居手前付近から、膝が痛くなり、3kmほどでしょうか、休み休みの下山になり、先頭に30分ほど遅れること3時半頃に登山口到着。

最後は、浅間山荘の硫黄泉でリラックスタイム。 膝の痛みがだいぶ引きました。

帰りも、先達の運転で信濃町へ。 5時半頃無事に帰り着くことができました。
体力の乏しい私でも登れたのは、お仲間のおかげだと思います。 感謝感謝です。
因みに万歩計は3万を示していました。

浅間山登山コースには、ほかに車坂峠などがあるようですが、上り下りがあって、火山館コースよりかなり厳しいそうです。

帰った晩、草津白根山が噴火警戒レベル2に上がったと、志賀草津道路の一部が通行不可になった由。 浅間山の規制緩和もいつまで続くのか、関心のある方は早く登っておいた方が良いかもしれません。


須坂市で開かれた信州岩波講座に出かけました

信濃町から飯綱町、小布施町を経由して、須坂市に入ると桜の名所の臥竜公園がありますが、その近くの須坂市メセナホールで「信州岩波講座」が開かれるというので、過日行ってきました。
今年は、第20回目だと、講座のタイトルは「今、くにのかたちはー歴史を向き合う」。

登壇された方の中に、元中国大使でおられた丹羽氏、そして昨今安倍政権から何やかやと言われている前(元)文部事務次官の前川氏などがおられ、普段聞けないようなためになる話が聞けるのではと、3日に分けて開かれた講座に出かけてきました。





一言でいうと、大変内容の濃い講座でした。
今年で20回目の開講ということで、こんなに素晴らしい講座のことを何で知らなかったのだろうか、私の回りにはそれを伝えてくれる人が今まで居りませんでした。

初日の開講では、まず須坂市長さんが挨拶されました。 挨拶の内容をメモできなかったので、正確な記憶がないのですが、まずもって、この挨拶が素晴らしく、これから始まる講座の質をうかがわせるものがありました。

登壇者のお話をきちんと記録できたか分かりませんが、自分なりにまとめてみました。

◎一日目は、伊藤忠元会長、元中国大使の丹羽宇一郎氏 「日本の国是と未来の姿」。

まず、「日本が一番のものは何ですか?」と、国勢や経済などの数値を色々上げ、結局は「日本の平和憲法」ではないか。 平和憲法があるからこそ、過去70年間も我々は平和に暮らせて来たのではないか、ということでした。
そして、食糧自給率を上げて、自然に対する安全保障をはかり、中国と仲良くすることが大事で、日本はアジアの平和を維持するための積極的な役割を担うことができる。 というものでした。

二日目に、要約された資料が配布されました。

◎二日目は、憲法学の樋口陽一氏と中島岳志

樋口陽一氏の「戦後日本を保守することの意味

1時半からの講演は、東京大学名誉教授の樋口陽一氏の「戦後日本を保守することの意味」
で、憲法学の立場から昨今の改憲論の誤りを糾されていた。
2012年過激なナショナリスト政権が誕生してから戦前回帰の思考が喧伝されているがそれは間違っている。
「正」の資産の積み重ね、均衡の取れた見方が必要。
かつての日本は主権国家として戦争をはじめ、主権国家としてポツダム宣言を受け入れたわけだから、お仕着せ憲法受諾という考えや改憲理由は誤っている。
菅原文太、美濃部、吉野作造、旧態としてのリベラル、ネオリベラルなど

中島岳志氏「死者の立憲主義

死者と共に生きる、親しい編集者の死に対し、コトバにならない言葉を感じた。
キューバ旅行中に東日本大震災の報に接し、キューバのテレビの映像では、逃げまどう人々が今まさに波に飲みこまれる所を写していて、驚愕な思いをされた由。
そんな体験の中で、死者とのコミュニケーションが今を生きる人々の拠り所ではないかと言う。 権力を縛るものとしての立憲主義の主体は何であろうか? 過去に失敗を重ねてきた先人や死者に倣う、なげかけてくるものに対する観念が必要ではないか。
立憲と民主とのバランス、均衡をはかることが大事だ。
憲法の回りにある不文律が大事で、今や慣習などが不用意に拒否されている。
死者を二度殺ししているのが今の政治体制だ。
柳田国男の「先祖の話」の序文に、「死んでも使命はある」というくだりがある由。
「いいご先祖になること」に意味がある。

三日目に、要約された資料が配布されました。


◎三日目、前川喜平氏と小島慶子

前川喜平氏 「生きることと学ぶことー個人の尊厳から考える

今の社会で一番大事なテーマは教育ではないか。
一人一人の人間は憲法という規範のうちに生かされている。
立憲主義とは国民が法を作り、国がこれを守るもの。
日本国憲法は平和主義の元にあって、戦争こそが個人の権利を蹂躙している。
学問の自由、学ぶことの自由は誰にも等しくあり、その学習権は生存権とも言える。
人類普遍の原理、それが憲法であって、これまでの人類が勝ち取って来たもの。
南アフリカが憲法を制定する際、主要国の憲法を参考にし、その中には日本国憲法もあった。
水に対する権利の確保を明示している憲法もある。
憲法改正をするなら他国の憲法を学習すべきだ。
多様性を認めることが大事。
南ア憲法は性別についても差別しないと明記 gender
Sexual orientationはあくまで指向であって、嗜好というのは誤解。
ひょっこりひょうたん島 勉強の歌  ガバチョ  サンデー先生
人間らしい人間になるために勉強する
等しく教育を受ける権利
国が教育を保障する義務を負っているはず
皆が等しく教育を受ける権利を持っており、日本で使われている「義務教育」という名称はふさわしくない。
夜間中学校の例でみると、百数十万人が義務教育を受けていない
卒業していても、128千人が小学校課程を未終了
不登校が13万人いて、形式卒業者が増えている
十分な教育を受けていない こぼれ落ちている人
教育確保法
学校の外でも、学習の場を設ける必要がある
兵式体操 に似た教育では馴染めない子がいるはず
大阪の学校をモデルにした映画「みんなの学校」 約束事は1つで自分に嫌なことは人にしない。 自分で自分を変えて行く学校 風呂敷
学校はある種の権力組織
フリースクールも選択肢ではないか
夜間中学は半減して31校だが今年2校増える
在籍者は外国人が多く、中国、ネパール、在日、ベトナム、フィリピンの順
外国人のための夜間中学が必要
1987年 教育は個人の尊厳
生涯学習 教育は上から目線であってはならず、学習者が主体
グローバル資本主義のもと、単一民族(?)では暮らせない社会になっており、多様性が求められている。
臨教審のパラドックスといわれる教育改革では中曽根の思惑が外れ、森喜朗のときは、滅私奉公を提言するも、早期に退陣。 そして、安倍晋三は「道徳」の強化を図ろうとしている。
彼が言う教育の再生は、敗戦で廃止されたはずの教育勅語を復活させるもの。
皇国師範、國體という考え方は一つの家族だという思想で、国と家が家族国家という形で血がつながっているという考えで、天皇絶対主義に通ずる。
自民党の改憲案には、個人の尊厳がどこにも書かれていない
国が一位で、普遍性のない教育をしようとしている。
子供たちが自分で学ぶ 主体性のある学習が必要、マイノリティはマジョリティという考え
少数者に対する排除や国家概念は危険で、排斥という危険な思想が彼らの道徳教育だ。
学校でどんな道徳教育を受けているか、小さなお子さんに聞いてほしい。 そうすれば世代間の会話が始まるはず。

小島慶子氏 「学びが世界を変えていくー日豪往復で見えたこと


ディレクターを退職された夫と小学生中学生の男の子と一緒にオーストラリアに移住。
小島氏は日本に出稼ぎに来る形で、講演や執筆を行っている由。
そんな生活の中で多様性に生きる必要性を感じている
本人は発達障害(ADHD)という診断を受けたが、病気ではなく、固有の特性と思うようになった由。

速射砲のように飛び出てくる言葉や脈絡のない話し方にメモるのが難しいお話でしたが、3日間の講座の内容は一本の線でつながっていて、次代を担う子どもたちや若者に伝えるべき、多様性のある思考を我々に教授してくれたものでした。

会場は、前川喜平氏の時が、空席がないほどに満杯でした。 あと、中島岳志氏は40歳台半ばのようで、こういう若い思想家の存在が日本に光を当ててくれるのではと、非常に頼もしい思いがしました。

「保守すること」の意味もよく分かりました。 そういう観点からすると、今の安倍政権に迎合している自民党をはじめ、公明党や維新なども、これまで先祖が永々と築いてきた社会規範を壊し、我田引水、自己権益に埋没していることがよくわかり、本来の「保守政党」ではないことが分かりました。
色々な形で、一般市民から収奪し、低所得者や各種被災者の生活を顧みず、憲法で謳っている基本的人権が守られない政治に拘泥しているのが、今日のアベ政権であって、その実態を多くの市民が知るべきでしょう。 そうしなければ、自分たちの生活を守ることができないのです。

会場の入り口では、古本市場が開かれていて、講座参加者が持ち寄ったり後援協賛会社から出されたと思われる書籍が販売されていました。 中には新古本というのか、出版元に戻ったらしい新本などもありました。
ただ、床に並べられた書籍の内容を確認しながら買い求めるのはちょっと至難の業。

我が家は3日間で20冊も購入。 家に帰ってみたら、何でこんなの買ったのかなと疑問に思うものもありましたが、もともとこの古本市場の売上は、「未来を担う子どもたちに図書を贈呈」するための寄付に充当するのが目的だとのこと。 不要な書籍は他に回すか、社会に不適合な思考の書籍は焼却処分するのがふさわしいでしょう。


来年の信州岩波講座でも今回と同様の学習ができることを期待し出かけようと思いました。

2018年9月20日木曜日

昨日の気温は6.8度まで下がりました

先月、気温が11.9度までに下がった日がありましたが、昨日の朝は何と6.8度という温度になっていました。
足元が冷えて、一時、ストーブをつけてしまいました。

冷えたおかげでしょうか、日中は雲ひとつない青空で、畑で日を浴びていると、背中が温かく心地良さが感じられました。 でも今日は一転くもり空で、昼頃から雨がポツポツを振り始め、午後からは本降りとなっています。



庭や畑の花は、コスモス、秋明菊が中心となり、ダリアが元気がなくなり、これからはホトトギスが開きそうです。
高原花豆には相変わらず赤い花をつけていますが、これがどれだけの実になってくれるか、ここ数年育ちが悪かったこともあり、10月下旬以降雨が少なくなってくれることを願っています。


ブルーベリーの葉が少しずつ色づきだしていますが、真っ赤になるにはまだまだ先でしょう。


夏に収穫したラズベリーの木に再び赤い実が付きだしています。 この実は夏の実と違って美味しくはないので、そのまま放っています。


畑の中心は、大根と白菜、あとはビーツなどで、毎日取れる野菜は少なくなってきました。
白菜には、モンシロチョウなどから守るため、不織布を被せています。


ちょっと出たついでに田んぼの写真を撮ろうと寄ったのですが、手前の蕎麦畑の白い花が終っていました。 蕎麦の白い花が輝く時は、稲穂の黄金色が薄く、田んぼが色づいてきたと思うと、蕎麦の白さを失うという、なかなか良いタイミングが見つかりません。


先日、田んぼや稲の話を聞きました。 信濃町では、コシヒカリとアキタコマチを主に植えているとのことで、信濃町が位置する高度ゆえに気温が低く、従来は美味しいお米が産出されなかったが、種苗の改良や温暖化でしょうか、昨今は美味しいお米が取れるようになって来たそうです。 それでもまだ「A」という分類で、「特A」になるにはまだ時間がかかりそう。

この時期、稲穂が風で倒れている様子を見ることがありますが、稲穂が成長するに従い、上部(頭)が重くなり、どうしても倒れやすくなる由。 頭を垂れるということは、それだけ良いお米に育っているという証左のようです。
でも、倒れて稲が水に濡れると、そこから芽がでたりしますので、倒れた稲は周辺の株を立ち上げまとめて縛っておくそうです。

お米や野菜など、農業の話を聞くと、奥が深いというか、日々頭をめぐらしていないと、良いものが出来ないことが分かります。
そう、ボケ防止には、農作業が最高だと思われるのです。