信州の北、新潟県との境にある黒姫高原での生活情報を伝えようとホームページ、そしてブログを開設してきましたが、定住がなかなかかなわず、地域情報をあまり集められません。 その他諸々も併せ気ままに記すことにしています。
お知らせ
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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱、ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。
日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。
「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。
*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。
*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。
*人と防災未来センター
*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。
*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。
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25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。
2019年9月16日月曜日
秋晴れのもと祭りが執り行われました
15日、昨日は古間地区で祭りがありました。
例年、曇って雨がしとしと落ちるような寒い日が多いのですが、今年は青空の下、温かい日和を浴びながら神楽が地区を回っていました。
ここ数年、信濃小中学校のアメリカから来た英語教員が神楽引きをしていましたが、今年は姿が見えませんでした。 坂道の多い地域での、しかもアルコールが入るような祭りの諸行に疲れてしまったのかも知れません。
30年前、この地に来た時、私も数年、神楽引きをしましたが、あの頃も地域を一軒一軒回ってご祝儀をいただきます。 でも、あの頃の祝儀は日本酒の一升瓶がほどんどで、神楽(リヤカー)の両サイドには仕切りがあって、頂く度に一升瓶を入れると、神楽はさらに重くなるのでした。
時代が変わり、好みも変わってきたと、ある時からご祝儀は現金になりつつあると聞き、我が家でも祝儀袋を渡すようにしましたが、我々も年金生活であり、来月からは消費税の増税もあり生活環境はより厳しくなると思われ、今年から祝儀の額を減らしました。
新築や役員さんの家では、安然を祈願して神楽舞が舞われますが、その数は少しずつ減ってきているようです。 大人の神楽の次は、子供神輿。 世代がどんどん変わり、顔を合わせる機会がほとんど無いので、どなたがどこの人なのか全く分かりませんでした。
普段は人通りがほとんどない我が家周辺は、一時にぎやかな時間が過ぎて行きました。
夜10時、各地区から集結した神楽は諏訪神社の坂をのぼり、境内で奉納舞が舞れ、その時に一瞬花火があがります。 だんだん奉納舞を見ることもなくなりました。
我が菜園の収穫物は徐々に少なくなり、ぬか漬け用のキュウリを探しに町内を巡っても、地場物はほとんどありません。 我が家のキュウリは変形したもので終わりとなりました。
ゴーヤも小さな物がぶら下がったままで太くなりませんし、ミニトマトも小粒のままで、あとはピーマンやシシトウを残すのみ。 夏野菜はそろそろ終わりかなという状況です。
2018年9月16日日曜日
今日は秋祭りの日
渋滞場所は、先月12日、渋滞の列からはみ出したのであろう車が事故を起こし、死者まで発生しています。
道の駅・天望館の野菜は秋口に入り、かなり少なくなってきたように思われますが、大根やキャベツなど秋野菜に変わりつつあるようです。
そんな中、野菜を買い求めてきた人に直接声をかけて果物や野菜を売る人がいました。 たぶん信濃町産ではなく、どこからか安く仕入れたものを手八丁口八丁で高い値段で売りさばくのでしょう。 直売所の職員さんはこういう人の存在にも目を配ってほしいものです。
本件とは異なりますが、以前、ヤクザ風の人がミカンであったかオレンジであったか、家に直接訪問販売に来ました。 家内ははじめから胡散臭いと、適当な理由をつけて断りましたが、知人の中には、あとからの恨みが怖いと、言われるままに高い果物を買っていたようです。
脅し、あるいは詐欺で商売をしようとする人は実に多いものです。 気をつけたいと思います。
さて、今日は、我が地域の秋祭りの日。
例年、時雨る日が多いのですが、今年は時々渋い雨が落ちるものの、どうにか降らずに済んでいたようです。
町内では、地域によって、先週、今週、来週と実施日が異なるようです。
午後3時頃、我が地域にも、太鼓、鐘、笛の音とともに、お社をリヤカーに載せた神楽がやってきて、家々を回っていました。
以前はご祝儀として、日本酒や焼酎の一升瓶を差し出していましたが、若い方が増えるに従い、金一封の方が良いであろうと、数年前から我が家でも切り替えました。
大人の神楽が去っからは、子供の神輿がやってきますので、こちらにもわずかなご祝儀を。 若いお母さん方がそれぞれついて賑やかな行列でした。
家を新築されたり、あらたに転居されて来た人の家では、繁栄を願い獅子舞が舞われたり、あるいは祭礼にかかわる人たちの休み所などが決められた家々もあるようです。
さて、夜8時になって、太鼓や笛の音が一層賑やかになってきました。 各組の神楽が集まり、9時頃でしょうか、花火の音とともに、一斉に神社の坂を登り、境内では舞が奉納されます。
以前は未明まで舞が続いていましたが、昨今は翌日にならないうちに終わっているようです。 また、この時期は、結構気温が低くなり寒さを感じるのですが、今夜は19度前後ですので、そういった心配はないでしょう。
去年に続いて今年も、英語の補助教員のアメリカの若者が神楽引きを担っていました。
私も数十年前に神楽引きをやりましたが、信濃町は坂道が多いので結構大変です。 とりわけ、神社での奉納が終わったあとは、皆気抜けしてしまい(酒酔いもあって)、神社の坂を降りる時の支え手が少なくなってしまうのです。
でも、次代を担う若者が集まって、昔から永々と続いてきた習慣を守っている習わしに触れることは実にいいものです。
と書き終わって、9時55分頃、短い時間でしたが花火が連発で上がりました。 真正面での花火って久しぶりでした。
2017年9月17日日曜日
今日は秋のお祭り日
夜10時、花火が数発でしたが上がりました。 これから古間神社への坂を各組の神楽は登っていくのでしょう。 今の所、雨は降らず風も吹いていません。(追記了)
台風18号の北上が心配される中、信濃町の我が地域では秋のお祭りが執り行われています。 例年、この時期は雨降りが多く、今日も昼頃に雨が落ちましたが、神楽の行幸の頃には止んでいました。
夜8時を過ぎて、あちこちから笛や太鼓の音が寄って来ています。 各組の神楽が集ってから、9時頃でしょうか、古間神社の境内へと集結し、本殿での奉納舞が舞われて、祭りのクライマックスを迎えます。
昔は、翌日の未明まで舞が続いていましたが、昨今は11頃には終わっているようです。
我が家には、午後3時過ぎにいつも通りに神楽がやってきて、「おめでとうございます」という挨拶に合わせ、ご祝儀を神楽係に渡します。
「何がお目出度いの?」 と疑問に思うものですが、8月の盆踊りの時、灯籠に一萬度とか百萬度とか記されており、これは稲の苗植えをしてから稔りまでに必要な温度の総数だと教えられていましたので、無事に稲が育って間もなく刈り入れができるので、お目出度いのだと一人合点している次第です。
私も20数年前にやりましたが、神楽(リヤカー)引きの人物を見ると、何と信濃小中学校のアメリカ人の英語の先生。 どことなく人力車の車夫スタイル。 彼は一般のアメリカ人とは大違いで大変シャイな人物らしく、もの静かで温厚な性格のようで、宿舎で大騒ぎすることもなく、夏は香辛性の食べ物が好きだと、自らポッドなどで野菜を育てています。 今までいた先生との違いにびっくりしたのでした。
それにしても大勢の人が祭りに参加されていました。
社を載せた神楽は今まで一台でしたが、今日は太鼓を載せた車がもう一台ありました。 太鼓や笛も若者ばかりで、日頃出会わない人ばかりで、こちらが圧倒された次第です。
そして子ども神輿も沢山の子どもとお母さん達。
存じ上げない人ばかりでしたが、人口減少になやむ町にあって、これだけの人達がいるのかと、心強く感じました。
そして夜9時、いまだ雨音は聞こえてきません。 台風18号はどこまで来ているのでしょうか? 出来うれば奉納舞が終わるまで雨が降らないことを願うばかりです。
2016年9月18日日曜日
秋祭り
例年、多少の雨があっても、どうにか濡れずに済んでいましたが、今日は台風16号北上の影響でしょう、一日中、雨降りで、それも神楽が組内を回る3時前後には土砂降り。
こんな悪天候では神楽はやって来ないかなと思っていた所、何やら太鼓と笛の音が聞こえて来ました。
何がお目出度いのか分からないのですが、「おめでとうございます」と双方挨拶し、祝儀酒の一升瓶を代表者へ。
組の役員宅では、飲み物や食事がでたりして、神楽の一団に供応。 また一家の繁栄を願い、獅子舞を舞ってもらう方もおられるようです。
さて、祭りといえば、「神輿」を担ぎ、「ワッショイ! ワッショイ!」と声を掛け合う姿と思われるでしょうが、この地では、お社をリヤカーに乗せて、それなりの飾りをつけたものを「神楽」と称して、町内を練り歩きます。 神楽の両脇には太鼓が置かれ、歩きながら打ち鳴らします。 神楽のあとに、笛方がぞろぞろとつきます。
組によっては、神楽の代わりに、リヤカーの上に大獅子が乗っていたり、中国の祭りで見られるような長い大蛇の所もあります。
神楽(リヤカー)の両脇には一升瓶を入れる枡があって、そこに頂いた酒類を入れていましたので、回ってくると神楽は重くなるのです。
神楽が過ぎ去ったあと、しばらくして、今度は子供神輿。 こちらは子供さんが作った簡単な神輿で、鳴り物はなく、その代わり子供さんの保護者が一緒に回っています。 子供さん達も要所要所で休憩を取ったりしているのでしょう。
子供神輿には、祝儀(千円)を渡していますが、たぶん子供会の運営の足しにされているのでしょう。
そういえば赤い祭り提灯があったのですが、玄関に出すのを忘れていました。 まあ、悪天候なのでいいでしょう。
夜になって、 各組の神楽が集まってきて、以前、スーパーマーケットがあった駐車場に勢揃いし、一団となって国道を渡り、古間神社の坂を登って行きます。
隣の飯綱町の旧三水村でかつて見た祭りでは、神楽は迂回路をのぼらずに、正面の階段を登っていきました。 神楽には夜通し舞うため、飲み物や食糧、プロパンガスなども載っているので、かなり重いはず。 若者が多ければ、そんなこともできてしまうのでしょう。
10時頃、古間神社に神楽が集まる頃には花火が数発上がりました。
社殿での奉納舞は、以前は1時過ぎの未明まで行われていましたが、今はその日のうちに集会所へ戻っているようです。
20数年前、神楽(リヤカー)引きをやりましたが、神社の坂はかなりきつく、しかも帰りは皆酔って気が抜けていますので、支える人が少なくなります。 神楽引きは結構大変な仕事でした。
2011年9月15日木曜日
秋祭りの旧い写真から
先日、信濃町生まれの方からコメントをいただき、例年9月の3週目頃に行われている秋祭りの様子を知りたいとのことでした。 あらためて旧い写真をひっくり返したのですが、2000年になってから私自身も秋祭りに参加(観るだけですが)した年は意外に少なかったです。 その中から2004年に写したものがありましたので掲載しておくことにしました。(以前にも載せたかもしれません) たぶん祭りの内容は大方変わっていないことと思います。
秋祭りは、五穀豊穣と百万遍(虫追い)を願い、以前は曜日にかかわらず決まった日に行われていたようです。 住民の生活が変わって来たからでしょう、祭日にかかる場合もあるでしょうが、確か土曜日から日曜日にかけて行われ、土曜日の午前中から神楽作りが始まり、リヤカーの上にお社を乗せ飾り付けを行います。 リヤカーの端にはお祝いの一升瓶が入るようなマス目が入っています。 隣町の三水では、さらにプロパンガスやガスコンロ、食材なども載せており、夜通しの奉納舞いの中で同時に宴会が行うよう酒肴の準備がされています。(ほぼ10年前には)
午後から夕方にかけて町(組)内を笛と太鼓とお囃子などでめぐり、各戸では祝いの一封や酒を頂き、新築の家や役員さんの家などでは家内安全などを祈願し獅子舞が舞われます。 舞ってもらうと、酒肴接待などもありますが、そんな華美になることはありません。
現在も行われているか分かりませんが、我が組では夕方になると、古間商店街の一角(オグチさんの店先)で、獅子舞を披露していました。 7時頃からでしょうか、各組の神楽が集まってきて商店街を行き交い、そんな中でもご祝儀をいただく様子が見られ、商店主の方々は大変なことでしょう。 9時頃には、葬祭場(かつての第一スーパー)の駐車場に各組の神楽が集まり、揃った所で古間神社の境内へと上っていくことになります。 花火が上がる時もあります。 社殿にのぼると、10時頃から神主さんのお祓いや役員さんの挨拶があり、各組の奉納舞などが舞われます。 神輿だけの組は、社殿の前でただワッショイワッショイと、また龍の組は、玉を追いかける姿を披露するだけのようです。
20年前は、奉納舞が午前1時過ぎまで行われ、その時分になると寒さが深まり、震えながら観ていたものでした。 現在では神楽を出す組が減り、舞の時間も短くなって、0時までには各組とも会館へ引き上げているようです。
夜店はあまり多くありません。 翌日は神楽を解体して収納する作業があります。 「あしぞろい」とか「あとふき」とか、特有の言い回しがあります。
デジカメで撮った動画が2つ有りました。 一つは各戸をめぐる様子で、もう一つは商店街での獅子舞(一部)です。
2009年4月11日土曜日
善光寺御開帳への旅案内
因みに、御開帳は5月31日まで。 昼間は混雑するであろうから朝一番に訪ねようと思う。
あと今年は戸隠神社で6年に1度の式年大祭が行われる。 5月3日に宝光社の神様が戸隠中社に渡るという渡御の儀が行われ、5月17日に 還御の儀が行われるとホームページに記載がある。 3日が大祭のハイライトだと思うのでこちらにも出向いてみたい。 次の写真は前回訪ねた時のもの。

2008年9月13日土曜日
明日は秋祭り
明日は、古間と(たぶん)柏原で、秋の祭が催される。 我が地区の行事予定は既に配布されており、これによると9月に入って係りの方々(神楽係)は、笛や太鼓、唄(囃子)や舞などの練習をされてきた由。 明朝、神楽を組み立てて組内をめぐり、家によっては家内祈願のため舞(獅子舞)を踊ってもらう。 祭は、神輿をかつぐのが一般的だが、この地では、リヤカーに社を乗せた神楽がほとんどで、組によっては獅子であったり大蛇であることもある。
神楽(リヤカー)を引きながら、道中囃子、笛、太鼓を鳴らし、一軒づつ回る中でご祝儀をいただくのだが、あのお金はたぶんあとふきに使われているのだろう。 お酒の時はリヤカーに収納箱があり、そこに入れていく。 昼間各戸を回った後、夜になると各組の神楽が古間商店街をねって広場に集結し、9時であったか一斉に古間神社の坂道を上って行く。 この時は花火があがって、かなり賑やかになる。 本殿での奉納舞は、以前は未明まで続いていたが、今は0時を過ぎることはないようだ。 隣の三水の祭では、神楽(リヤカー)にガスボンベや酒類を乗せて、奉納しながら朝まで宴会もするという賑やかなものであった。
今日は昼頃まで雨が落ちていたようだが、明日は晴れの予報なので祭りは無事に行われることでしょう。 以前は神楽引きなどもやったが、もう世代交代で年寄は舞をちらっと見させてもらうだけである。 それも今回は所用があって参加できない。
昨年の写真から
2003年の写真から
今日の暦から : 深酒続けば肝臓ダウン
2008年8月2日土曜日
古間どんどん夏祭り
7時半の魔法使いアキットさんのマジックショーに間に合うように出かけたが、座る席がないほど観衆でいっぱいであった。 下準備の後にショーは、風船を膨らまして小さなお子さんに剣とベルトを作ってあげる所から始まった。
ほぼ1時間のショーであったが、沢山のマジックに見物客は喜んでいたものの、もう一つノリに欠ける所があったように思う。 たぶん、舞台と観客席の間が遠かったのと、夜のため分かりづらい面もあったように感じる。 彼の舞台を始めて見たのは、数年前の町内の農協祭であったが、その時に見えないガラス張りの部屋にいる仕草を見せ、高校生なのに随分と上手な若者がいるなと感心していた。 今や本業として長野県内ばかりでなくテレビなどでも活躍しているようだ。
マジックが終わって早々に会場を後にしたが、抽選会などが10時まで続いていたようだった。
写真撮影はしないでほしいとあったので彼の舞台を撮影できず、家に戻ってネット検索したら、アキットさんのブログやユーチューブ映像があることが分かった。 次の動画に見られるマジックのいくつかは今日の舞台でも披露されていた。
今日の暦から : 窓を開け、ときどき換気
2007年9月17日月曜日
鳥居川解禁と秋祭り
16日は、鳥居川の虹鱒釣りの解禁日と秋祭りが重なりました。
秋に川辺に下りるのは今回初めてで、大きく育った藪にしばし下りる道を探す有様でした。 年に1回程度の釣りで、釣り方も理解できていないまま竿をたれると、それでも3匹を釣り上げることができました。 あとは小さなカジカやハヤのみ。
養殖した虹鱒を放流して、その傍から釣り上げるは何か違和感があるし、釣り逃がして川に巣くった虹鱒なんか食べられないと、釣り人の中から聞こえて来る言葉も奇妙に感じます。 何やかやと言いながら、釣り上げた数を競いながら夕べの食卓には並んでいることでしょう。
秋祭は、刈り取り前の五穀豊穣を願っているのでしょう、古間地区では7つの組から神楽や神輿が出たようです。
我が組でも午後から子供神輿が回った後、リヤカーに神輿を乗せた大人の神楽が道中囃子とともに回っていました。 子供神輿には500円程度、大人神輿には1000~2000円ほどのご祝儀をはずむようですが、家によっては飲食代や酒代に消えてしまうと嫌がって、不在を極めこむこともあるようです。
祭のハイライトの一つは、夜8時を過ぎて足揃いのために、各組の神楽が古間商店街に入って来る時でしょう。 普段は暗くなると人通りも無く、たまに車が通る商店街がこの時は賑やかになります。
そして、上町(かんまち)組は、オグチメガネ店の店先で、神楽舞が披露され、これには大勢の観客が取り囲んで鑑賞し、励ましの声もかかります。
10時頃、古間北交差点横の駐車場に、各組の神楽が集結し終わると、前出の畑からは大きな花火があがります。 一昨日、柏原の祭で上がった花火ほど数は多くないが、大きさも鮮やかさも負けてはいません。
この花火の打ち上げを合図に、集結した神楽は国道を越えて古間神社の坂道を順番に上って行きます。
古間神社本殿での神楽舞がハイライトの3つめであろう。 今回は本殿での舞いを見ずに家路についたが、例年だと、しとしと冷たい雨も落ちる時期で、寒さに震えることもあるのに、今回は汗をぬぐうような気候でした。
それにしても、家族連れや子供たちがたくさんいて、華やかな祭りになりました。 十数年前に神楽引きを仰せつかった頃は、子供神輿も住民参加の姿も無く、物好きな人たちがやっているような雰囲気もありました。 町全体では人口は減少傾向にありますが、ここ古間(の祭)を見ている限り、町の活性化は進んでいるようにも思えました。
2007年9月15日土曜日
柏原諏訪神社の宵宮へ行ってきた
昨夜は、柏原の諏訪神社で宵宮が執り行われていました。 「浦安の舞」というのが奉納されるというので行ったのですが、残念ながら聞いていた時間より早く行われており、舞った4人の子供達の後姿しか見られませんでした。
夜店の回りには子供たちがたくさん集まっていました。 この後にコンサートのようなイベントがあって、更に10時から本殿での奉納舞があるということでしたが、雨がぱらついてきたこともあって帰途についてしまいました。
荻原製菓の駐車場からでしょうか、随分と花火が上がっていました。 とくに10時の花火は我が家からもはっきり見えて、小さいながら綺麗でした。 7月に見た野尻湖の花火よりも良かったというのが個人的な印象。
2006年10月2日月曜日
記念式典に参加して
参加と云っても、招かれたわけでもないし、勝手に総合グランドに行ったもので、体育館の中で行われた式典は見ても聞いてもいないのだが、種々計画された記念事業の中で、当日の式典が最大のものであったろうと思う。
グランドで行われた、100人太鼓の響きには、年老いた我が身にもわずかながら血肉踊る思いがしたし、18地区の神楽の舞にも感ずるものがあった。 最後の花火も大変綺麗であった。 地元企業や商店がたくさんに協賛されていたので、あの花火はそういう協賛金のお陰ではないかと言っている人もいた。
総じて良かったのだが、この最大のイベントが行われたことだけで満足していいのか、ふと心に思うものがあった。 確かに祭は楽しい。 しかし、将来の子供たちへ残す町を考えた時に、楽しいだけではない、もっと考え抜かれた事業が行われるべきなかったかと思った。 具体的な事は言えないのだが、大人が焼き鳥片手にビールや酒を飲みながら、神楽舞を観覧するだけでは、お盆の屋台や祭風景と何ら変わりがない。
町長や地元選出衆議院議員が、町民の中をこまめに回っている姿にも抵抗を感じた。 来る選挙への布石作りではないかと思いたくもなった。 にこやかに酒をさしつさされ、握手するのが政治ではないと思うのだが、まず親近感を植え付け票につなぐのが常套手段なのであろう。 町民もそういう人物と気楽に話ができたということで、他の人とは違う自分を意識し満足するのであろう。
町制20年か30年の時も、神楽を出すなどして似たような式典が行われたとのこと。 期待した50周年の式典ではあったが、安易に組まれたようにも感じた。
家内は、はなから式典には興味を示さず、あるペンションで行われたコンサートへ出かけた。 シャンソンが主な内容だと、自分の好きなジャンルではなく、行かなかったのだが、ピアノ伴奏された方の演奏がすばらしかったとのこと。 その点は少し残念であった。 50名ほどの参加者のうち、半数近い人たちが宿泊された由。 本タイトルと離れてしまうが、ペンション経営も単に宿泊を提供するのではなく、人と人のつながりを大事にしていけば、続けていけるのだと実感した。 要は、経営者の質とか心の問題であろう。
前長野県知事の人柄や政策には、異質なものや方向のズレはあったが、住民に目を向けた信念のようなものがあったように思う。 信濃町にあっても、根回しのうまい町長ではなく、住民を生き生きとさせてくれるような行政を執り行なってほしいと思う。 式典事業にご苦労された役場職員には申し訳ないが、ありきたりの式典ではないもの、1万人の町民の心に残るような視点で、記念の事業計画を練って欲しかったと思うものであった。
2006年10月1日日曜日
50周年記念のイベント
前日の夜7時頃には土砂降りの雨が降って、天気がどうなるかと思っていたら、朝方は濃霧であったものの快晴の天気に恵まれた。 おかげで昼間は暑さを感じるほどであったが、日が沈むと寒暖の差をひしひしと感じた。
記念式典は13時から体育館で行われていたようだが、プログラムを持って行かなかったので気づかず、しばらく外で待っていた。
17時から、100人太鼓、17時半、各区から18の神楽が出て、神楽舞の共(競)演となった。 どれも似たような舞のように思えるが、飾りつけや踊り手の細かい所作は違うようだ。
最後は、姉妹都市である千葉県の流山市長の挨拶、町長の閉会の辞で終了し、20時半には帰途についた。
2006年9月13日水曜日
秋祭り
隣の三水の祭りだと明け方まで舞いが続くそうですが、古間では終るのが少しずつ早くなり、0時を過ぎると舞を終えて、各地区に引き上げているようです。
次に、mpeg形式の短い動画クリップを載せましたが、映像はあまり良くありません。 昨今の新しいmpegカメラやデジカメの動画機能を使えばいいのでしょうが、毎年変わる機種の入替についていくのは資金的にも難しい。
2006年9月2日土曜日
創立50周年の町の祭
役場のサイトを見れば分かることだが、開催日は9月30日(土)、場所は古間総合体育館・グランド。
午後1時のオープンセレモニーに続いて、色々なイベントがあるようだが、メインイベントであろう各地区の神楽が出るのは午後5時半から。 8時の花火をもって終了の由。
この頃の気温は、朝方で10度前後、昼は20~25度程度、夜間は厚着をして出かけないと寒いかもしれない。
なかなか他地域の神楽を見ることはできないので、是非都合をつけて観に行きたいと考えている。 町全体のイベントといえば、7月の花火大会や9月の町民運動会が実施されなくなり、春の一茶祭、秋の一茶忌に加え、農協祭辺りかなと思うのだが、こういうふうに町民が一同に楽しむ行事は毎年あってもいいように思う。 財政面や企画など、実行する方々は大変であろうが、"楽しい"ことは町民が一つになれる最良の策だと感じる。
2006年8月25日金曜日
まちのまつりだ大集合
その一つが、「まちのまつりだ大集合」で、9月30日に全地域の神楽が一ヶ所に集合すると、ご近所から聞いた。 来月中旬には、各地域の秋祭りが挙行されるのに、その1~2週間後に再びお祭りでは、各地域の神楽係の役員さんはさぞかし大変なことだろうと思う。 秋祭りの神楽は壊さずに、町の祭りのために置いておくそうだ。
あらためて、町の広報誌7月号を見たら、載っていた。 9月30日(土)古間の総合体育館周辺で執り行なわれ、子供達によるタイムカプセル、大道芸、記念式典、神楽、屋台、夜店、花火など、盛り沢山な町の祭りになるらしい。
GoogleMapsは、地図だけでなく航空写真も見られるのだが、信濃町付近は雲に覆われていた時の写真らしく、白一色で何も見られない。 大都市だとビルや住まいの輪郭まで見えてしまうので面白い。
2006年8月24日木曜日
夏まつり
場所は、黒姫駅前の横の道を赤渋方向に進み、信越線の踏切を渡った、県道杉野原黒姫線脇にある信濃電気精錬(株)とあったが、主催者の表示は確かなかったように思う。 以前、柏原の商店主が駅前広場で「夏まつり」を開いていたことがあったが、場所を替えて実施するものかもしれない。(あるブログを見たらお盆前に商店会の催しはあったらしい。 主催は会社なのかな?)
開催時間は、確か10時から4時まで。
信濃電気精錬は、信越化学の関係会社。 大正時代の柏原では鉱石が取れたと聞いたことがあるが、そういう歴史と関係のある会社なのか、サイト情報だけでは分からなかった。 なお、サイトの中に、「信濃町の四季」というページがあり、パソコンの壁紙になるような信濃町の綺麗な写真を掲載している。
初めて、GoogleMapsとの連携をはかってみた。 地図の中の、+記号をクリックすればより詳細に、-記号をクリックすれば、より広範囲に表示し、また矢印キーをクリックすると、他地域に表示を移動させることができる。 住所が分かれば簡単に地図を表示できるので、結構面白そうな機能だと思う。
2006年6月22日木曜日
野尻湖 夏まつり
大正時代から続いていたという野尻湖花火大会は、もし今年開催されれば83回目ということになったはずだが、すでに今年3月諸般の事情により中止にすると発表されている。(休止記事をここに残した)
ところが、今日、久しぶりにスーパーへ買い物に出かけたら、「野尻湖 夏まつり」というポスターが貼ってあり、打ち上げ花火の絵が大きく描かれていた。 確か、花火は中止になった筈なのに、とよく見ると野尻湖漁業協同組合が開催するイベントの中の一つとして行われるものらしい。
従来は、7月の最終土曜日に行われていたが、こちらの花火大会は7月22日(土)19:30~に行われるとある。 詳細は、漁協のHPに掲載されている。
2005年9月20日火曜日
古間区の大獅子舞
80年ぶり大獅子舞う-信濃町
信濃町古間区の南仲町組が大正時代から伝わる大獅子を修復し、18日の秋祭りで披露した。地域の伝統を守ろうと80年ぶりに修復。真っ赤な輝きを取り戻した大獅子が練り歩き、住民を喜ばせた。
さて、コスモス園のライブカメラは、コントラストの調整がうまくいってないのかもしれない。 午後3時過ぎの映像は次のようで、少しは改善された感じだ。
2005年9月14日水曜日
秋祭の日程
昼過ぎから神楽(社を載せたリヤカー)が区内を回り、夜9時頃か、古間商店街の一角で獅子舞が舞れ区民に披露されてから、足揃に向かうのである。
古間と柏原で同じ日に行われると、宵宮の足揃えの時に花火がたくさん上がって、一層賑やかになるのだが、なかなかそういう年は少ない。 柏原の諏訪神社のことは知らないが、昔は、神社本殿での奉納舞も明け方まで舞われいたものを、最近は0時を回ってそこそこに終わっている。
隣の三水村では、例年22日と決まった日に行わているが、信濃町に較べると、より古色蒼然とした祭りが行われており、仕掛花火があったり、舞も非常に華やかで、歴史の深さを感じることができる。 村の若者は、我を忘れて一晩を社で過ごし、奉納舞は明け方まで執り行われている。

















