信州の北、新潟県との境にある黒姫高原での生活情報を伝えようとホームページ、そしてブログを開設してきましたが、定住がなかなかかなわず、地域情報をあまり集められません。 その他諸々も併せ気ままに記すことにしています。
お知らせ
お知らせ
*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱、ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。
日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。
「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。
*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。
*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。
*人と防災未来センター
*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。
*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。
*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。
*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)
*↓時々、先日付の投稿があります。
下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。
***掲載した主な画像(写真)の上にカーソルを置きクリックすると拡大されて文字が読みやすくなり、さらにクリックするか当該画像右上のXをクリックすると元のサイズに戻ります***(間もなく参議院議員選挙がはじまります。)
25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。
2016年3月1日火曜日
ディーゼル機関車が引く「流氷ノロッコ号」、今季で終了
信濃毎日新聞ネットワーク版から
3月に入って最初の朝、除雪ブルが久々に出動してくれていましたが、2月10日以来だから20日ぶりの大雪&除雪作業でした。 昼過ぎまでは雪がちらほら、午後から晴れたものの、夕方になって再び雪がちらちらと舞ってます。 でも、明日からの天気予報ではお日様が連続して出ているようですので、この雪も早々に消えてしまうことでしょう。
さて、昨日、ネットニュースの中で、知床を走る「流氷ノロッコ号」の記事を見つけました。 今季の営業運転が昨日で終わったそうですが、ディーゼル機関車が客車を引くスタイルも今季で終わり、来季からは気動車(ディーゼル客車?)で運行されるとのこと。
10数年前、この「流氷ノロッコ号」に乗ったことが思い出され、その時の写真をこの記事に残しました。
客車には、ダルマストーブが置いてあって、焼いたイカや干し魚のいい香りが車内をただよっていました。 窓辺の風景を楽しむというより、車内のそんな雰囲気を楽しむお客さんで溢れたノロッコ号であったと記憶しています。
2011年5月30日月曜日
北海道からアスパラが届く
今日は台風一過の晴天というわけにはいきませんでしたが、午後からは時々日差しが出ていました。 主住場所ではほとんど台風の兆候が見られませんでしたが、北陸や東北地方などでは再び大雨や強風に苦しんでいた地域もあったようです。
それにしても東北地方の震災や原発被害に対する国の救援活動はどうなっているのでしょう? 福島原発は相変わらず放射能を出し続けているようだし、被災者一人ひとりを助けようとしない、国の未来を担う子供達への放射能被害に何の考慮もされない、この国の行政って何なのでしょう? G8サミットで菅直人が何を言っても、先進国のお歴々はそう安々と信じてはくれないでしょう。 サルコジなどは福島原発救援で一儲けしようと考えているかもしれません。 無能な菅政権の一つ一つを考えると憤りや怒りを感じざるを得ません。 人望の無い菅直人では何もできませんし、東京電力という会社の存続しか考えていない勝俣会長では、将来小児ガンなどで苦しむであろう福島の子供達を救うことは出来ません。 東北の被災者や福島県民ばかりでなく国民は、無策な菅内閣にもっともっと憤りをぶっつける必要があります。 そして福島原発で直接的な被害を受けた住民は東京電力に対して、被災関連費用や減収、また精神的被害などを含めた費用を東京電力に対して請求、さらには訴訟を起こすべきです。
無策な政府そして東京電力に対し、もっと怒りましょう!
さて、今日は北海道の友人からアスパラが届きました。 北信濃の中野市周辺でもアスパラ(緑、白、茶)は産出されているのですが、我々が行く直売所は細いものばかりだし、太めのものはそれなりの値段がします。
北海道のアスパラは根本まで柔らかくサクサクと食べることができます。 茹でてから何もつけずそのまま食すことが肝心です。 そのものの甘味が口の中に広がります。 そしてホワイトアスパラは茹でた後の湯も実に美味しい。 ホワイトアスパラの美味しいゆで方のメモが入っていたので載せておきましょう。
- 米のとぎ汁に塩を少々入れ、沸騰したらアスパラを入れ5?6分ゆでる。 なべに入れたまま冷えるのを待つ(水と塩でも良い)
- 沸騰した鍋に小麦粉を少々入れゆでる。(ゆで方は1と同じ)
- 沸騰した鍋に砂糖を少々入れて茹でる。 (ゆで方は1と同じ)
- ラップで包み電子レンジで3分間調理する。
- 蒸し鍋に入れて7?8分蒸す。
所で、今日は家内の月例の料理教室が行われていました。 スパムメールの語源になっているスパムですが、これをお握りと抱き合わせ少しマヨネーズで味付けし海苔でくるむだけで、意外に美味しいです。 我が家でスパムを食べるのは何十年ぶりですが、先日の石巻で家内が初めて教えていただいた味でした。
上段左から、
- プチトマトのパスタ
- ビール揚げ
- 米粉の蒸しパン
- 魚介のサラダ
- スパムのお握り
- マグロの刺身と玉ねぎのサラダ
- ひじき煮(シンプル仕立て)
- 北京風酢豚
レシピの細かい内容は省略しました。
2010年11月14日日曜日
さっぽろ暮らし体験モニター
昨日、「さっぽろ暮らし体験モニター募集」というサイトを見つけた。 来年1月30日から2月28日の間、札幌市内のマンスリーマンションを光熱費3万円という費用で貸してくれるもので、その期間札幌からブログやツイッターで情報発信することが課せられる仕事のようです。 その間には、札幌では雪まつり、小樽では雪あかりのイベントがあります。
1ヶ月の間も時間の余裕があるわけでもないのですが、昨日一応申し込んでみました。 あとで気づいたのですが、自分のブログ・アドレスやツイッターIDを記さなかったので、抽選にはたぶん外れるでしょう。
この募集を知って、田舎に定住したいと考えている家族をこのような形で黒姫へ招き入れたらどうかなと思いました。 空家を利用し光熱費など実費を負担してもらっても金額的にはわずかでしょうし、町財政への負担もないでしょう。 応募してきた名簿を利用して、時候や内容に応じたDM発送が可能だし、黒姫ファンを増やす手段にもなるでしょう。 もっとも観光場所や畑などの案内はするにしても、生活上の世話はしないことにしないと役場など関係者の負担が大きいでしょうね。
2010年9月15日水曜日
塩狩峠?3
層雲峡の黒岳から降りて来た後、ロープウエイ駅内の展示室で開かれていた、移動展「綾子の青春時代」「綾子の療養時代」を見学しました。 こちらでも光世さんから当時のお話をうかがいました。
綾子さんの教員時代の写真も掲げられておりました。 家内は私と結婚する前は短い期間でしたが教員をしており、この写真の綾子さんの姿が自分にそっくりだと何度もカメラのシャッターを押していました。
展示を見終わった所で、病床の綾子さんを信仰の道に導いた前川正さんの写真を肌身離さず持っておられると光世さんが上着のポケットから出して見せて下さいました。 光世さんは前川さんの死後に綾子さんと出会ったわけですが、お二人の姿、顔貌があまりにも似ているので、参加者の皆さんは驚いていました。 森下先生の話しの中にもありましたが、光世さんは綾子さんの心の中にある前川さんを含めた綾子さん全体を愛しておられていることがよく分かりました。 光世さんは、話しながらボケ老人とたびたび仰っておりましたが、非常に謙遜で真の信仰者であることがよく分かりました。
層雲峡のあとは一路旭川へ戻ったのですが、途中光世さんの秘書をされている方が元はバスガイドであったとかで、層雲峡の双璧を詳しく説明されていました。 そして旅の最後にはクイズタイムが用意されていて、森下先生のそれまでの説明や展示されていた内容から、色々質問され回答者には北海道のスイーツでしょうか賞品が配られていました。 綾子ファンの方が多くて皆さん身を乗り出して答えておりましたが、私の後席の方などは前席に座る私の体を含め掴んで腰を起こして一心に答えていました。 おかげで私の体にはしばらく鈍痛らしきものが残ってしまいました。
我々は自信もなく答えられず、参加者の9割ほどの方が賞品をいただいていたのですが、最後には三浦家からのプレゼントがあったのです。 光世さんが番号を引かれていたのですが、数少ないプレゼントの中から、家内は光世さんの色紙が、私は光世さんのサイン入りの著作「綾子へ」を頂いてしまったのでした。 やはり嬉しいですね。
最後は、光世さんと参加者で唱歌「夕焼け小焼け」「赤い靴」「叱られて」を歌いました。 光世さんは86歳だとか、しっかりした声で歌われておりましたが、元々歌がお好きだとかで綾子さんともカラオケへ行ったというような話もうかがったように記憶しています。
4時前に旭川の三浦綾子記念文学館に到着してから、再び館内の展示を、特に小林多喜二の母セキさんを主題にした特別展はじっくりと観ることができました。 そんな間にも、光世さんは売店で購入した書籍にサインをして下さると、家内は友達にもあげたいと文庫本を色々購入しサインしていただいていました。
5時少し前にいよいよツアーは終了ということで散会となり、旭川駅へ向かう参加者は光世さんやスタッフの見送りを受けて記念館をあとにしました。
頂いた光世さんの色紙です。 「忍ぶ心」を肝に銘じたいと思います。
そして頂いた「綾子へ」。 頂いたその日の晩から家内は読んでいましたが、光世さんの綾子さんに対する自戒の念がそこかしこに描かれているそうです。
このツアーの中で、光世さん、森下先生から啓示を受け、もう一度じっくりと「塩狩峠」を読んでみたいと思います。 たぶん、この氷点の地には再び訪ねることになるでしょう。
2010年9月14日火曜日
塩狩峠?2
塩狩峠記念館(三浦商店)の二階の居間が、三浦綾子さんが「氷点」を書かれた部屋だそうで、当時のテーブルやゴミ入れ、本棚などが、一部は移動したようですがそのまま置いてありました。
「氷点」の懸賞は1千万円でしたが、450万円が税金支払となり、残額は教会への寄付や入院費用などの立替に使われたと光世さんから説明があり、一切自分のために使わなかったそうです。 綾子さんはテレビがほしいと望まれたそうですが、光世さんが自分たちのために使ってはいけないとおっしゃり、綾子さんはそれに従ったとのことでした。 この辺りの話しは森下先生からうかがいました。
氷点と同様に、塩狩峠も映画化されたようです。 新克利、佐藤オリエ、滝田裕介など懐かしい俳優の名前がありました。
線路脇に長野政雄さんの記念碑がありました。 殉職された2月28日には、ここでロウソクの火が灯され慰霊の会が催されているようです。 坂本龍馬の甥である坂本直寛は高知でキリスト教の洗礼を受け旭川に伝道に来て、長野政雄とも親交があったと説明を受けました。
名寄方向へ1kmほどでしょうか下った所が鉄道事故の現場のようです。
塩狩峠をあとにして上川町に立ち寄り、ここで二手に分かれて地元の食堂に入り、昼食にラーメンをいただきました。 豚骨ベースですがしつっこさがなく海産物の香りがして、前日旭川市内で食べたラーメンより素朴ですが美味しかったです。
昼食後は層雲峡を訪ねました。 確か中学三年の修学旅行で来ましたので、半世紀ぶりに訪ねたことになります。 ロープウエイで黒岳展望台へ上がりましたが、まだ紅葉の時期には早かったものの、雄大な北海の峰々を眺望することが出来ました。 でもけっこう風が強くて、風が一定の強さ以上になるとゴンドラは止まり弱まるのを待つのでした。 あまりいい気持ちがしませんでした。
2010年9月13日月曜日
塩狩峠?1
9月7日に三浦綾子記念文学館主催の「三浦文学ゆかりの地 一日旅」に出かけたと先日記しましたが、その時の撮った写真と旅の詳細をもう少し記しておこうと思います。
その前に、小樽文学館を訪ねた時の展示書籍の写真がぼやけていたので、iPhoneで撮った別の写真を再掲しておきます。
さて、6日に羽田を立って旭川のホテルに前泊し、朝明けてみたらかなりの雨が降り、雨に祟られたツアーになるのかなと思いきや、集合場所へ集まる頃には止んで、間もなく青空が見えて来ました。 やがて大型の観光バスが到着し、我々は指定された席に座ったのですが、ほぼ満杯でたぶん参加者数は45名を越えていたのではないかと思われました。
最初に見学したのが、三浦綾子さん光世さんが通われていた市内の六条教会。 結婚式を挙げた時は以前の木造の建物だったそうですが、ほぼ同じ形の建物であったらしく、お二人はここに立って式を挙げられたとか、園児用の小さな椅子に座られたとか、日曜日に教会に来られる時には3列目の真ん中辺りに座って居られたとか、牧師さんからお話をうかがいました。
この椅子がそのようです。 椅子を持って居られるのが森下先生で、その後、著作についての解説をされ、著者の思いをもっと深い所で感じながら読まなければならないことを教えて頂きました。 森下先生は全国を回って三浦綾子読書会や講演会を開いているそうで、これからは近くに来た時には是非お話をうかがいたいと思いました。
この青い服の女性が座られた横辺りに三浦さんはいつも座って居られたようです。
教会での説明のあと、三浦さんが好んで歌われたという、「我がゆく道」をオルガンの演奏に合わせて皆で合唱。 讃美歌ということですが、馴染みのない曲で私にはちょっと難しかったです。
高速道路に乗って塩狩峠へ。 塩狩峠に移築された三浦商店の建物は、現在塩狩峠記念館として見学ができるようになっており、光世さんから昔話をうかがいながら見させていただきました。
三浦商店の店頭風景が再現されていました。 グリコのおまけ付きのキャラメルや酢コンブなど懐かしいものがありました。
集会場の窓から塩狩駅のホームを見た所です。
最後のSLが塩狩峠を通った時の写真だそうです。
三浦綾子記念文学館のサイトにこの一日旅の報告内容が記されています。(10日付)
2010年9月12日日曜日
北海道物産展
たまたま@niftyニュースを見ていたら、 池袋東武の北海道物産展 “売上日本一”の秘密とは!? というタイトルに眼が止まった。 元は東京ウォーカーの記事で、それによると昨年開催された池袋東武デパートの北海道物産展の総売上は16億円で日本一だとのこと。 今月16日?28日、「秋の大北海道展」が再び池袋東武で開催されると記されていた。
どこのデパートでも北海道物産展となると人気が高く売上が伸びるようでたびたび開催され、その中でも海の幸やスイーツ類が一番の人気らしく商品によっては行列になる売り場もある。 行列を見ると、自分もその買手の一人にならないと遅れてしまうという脅迫観念に陥るのであろうか行列はさらに伸びる。 売るデパート側としては行列が売上に拍車をかけてくれるので、ほくそ笑むことになるのでしょう。
デパート側では、出店させる北海道の(売上が見込まれる)業者を選別しているようですが、そんな中でも催事屋と言われる、北海道という名を冠に乗せれば売れると、北海道以外で生産されたものを店頭に並べる業者があるらしいです。 特にチョコレートとかキャラメルの類は、かなり業者同士の企画競争が激しく、いわゆるパクリと思われる商品もあったり(しかも、長い行列に客が騙されることとなり)、どちらにしてもデパートとしてはとにかく売上が上がればいいという判断になってしまうのでしょう。
北海道展は、このように食品が中心ですが、健康飲料の製造販売元である大高酵素も出店しており(全ての北海道展ではない)、酵素液をメインに、酵素液から生まれた化粧品も数多く並べられている。 我々はどちらかというとスイーツ類よりむしろ健康維持のための酵素液(スーパーオオタカ、酵華、風雪)、そしてヘーラールーノなどの化粧品を買うために出かける。 一般的に化粧品は女性のためですが、肌荒れや足のカサカサなどにはバリアクリームと美容液の組み合わせが大変良いので私も使っています。 足のかゆみを取ったり、ひげ剃りあとのヒリヒリ感にも効果があります。 時々、ミルクパックと美容液を湿したフェイスマスクを被ることがありますが、顔面がつやつやして何気に白くなる感じがします。 大高酵素の化粧品を使っていると女性だけのものでないことが良く分かるのです。
ということで、今週は、池袋東武へ出かけることになりそうです。
2010年9月11日土曜日
小樽文学館
先日、小樽へ行った際に小樽文学館へ立ち寄ることが目的の一つになっていました。 私は全くと言っていいほど存じ上げない人物なのですが、現在、小樽文学館でノンフィクション作家の黒岩比佐子さんという方が収集された所蔵本を展示しており、家内が是非観たいと望んでいたものでありました。
黒岩さんは、村井弦斎や国木田独歩を中心に明治時代に発刊された著作や雑誌を数多く収集されて、その所蔵本の一部を展示しているものであった。 国会図書館にもないものが数多くあるらしく、明治時代の文化や庶民生活の一旦を知る手がかりになるものではないかと思われました。 当然、展示書籍の表紙しか我々は見られないのですが、100年程昔の書籍であっても、重厚な内容が感じられるものでした。 会場では、「食道楽の人村井弦斎」や「古書の森逍遥」など黒岩さんの著作を販売されていたので数冊を購入。 また、この6月東京・神田の古書会館で行われた黒岩さんのトークショーをビデオ再生しており、黒岩さんの人柄を感じることも出来ました。
ただ、黒岩さんは現在大変な病を抱えておられるようで、ここまで集められた大事な文化が散逸しないような手立てが出来ないものかと願うものでありました。
会場には、小樽に関わる文人の展示(常設)も行われているのですが、石川啄木や小林多喜二については既に知っていたのですが、伊藤整も小樽商大を出た後、教員として一時小樽に留まっていたとのことでした。 そういえば、野尻湖の国際村近くに昔伊藤整の山荘があったそうで、現在は建物は無く空き地というか薮になっています。
文化人の一覧の中で、ナンシー梅木が小樽出身であることも初めて知りました。 ナンシー梅木は、戦後、ジャズ歌手になってアメリカへ渡り映画にも出演した俳優ですが、私も名前程度しか知りません。
ここ数年、ワーキングプアー問題が顕在化する中で、小林多喜二の「蟹工船」がよく読まれるようになったそうです。 私も読み返したり、小樽に来た時に思い出していたのですが、今回、案内してくださる方が居られたので、墓所に参ることを思い立ったのでした。 でも文学館の担当者に聞くもその場所は分からないとのこと。 それでも奥沢という地名だけを頼りにどうにか見つけることが出来ました。
場所は、南小樽駅近くの5号線奥沢十字街交差点から赤井川国道に入ります。 そして天神十字街という交差点を左折(セブンイレブンが左にあります)、100mほどゆるい坂道を上がっていくと、左手の傾斜地に墓石が見えてきます。 手前か先を左折して、墓地内の坂を上り、車道から二段目の真ん中辺りに案内板がありました。 普通車でどうにか通れる幅と坂道でした。
墓石裏面に、「昭和五年六月二日小林多喜二建之」の文字が彫られていました。
2010年9月10日金曜日
北海道から帰りました
三泊四日で訪ねた北海道から昨夜帰って来ました。
昨夕6時過ぎまで小樽の寿司屋通りの一角で北海の海産物に舌包みをうっていたのに、その日のうちに飛行機に乗って羽田に着き帰宅できたのでした。 実に便利になったものですね。
昨日は、北海道大学構内を散策し、円山公園の高台から市内を眺望。 午後からは小樽へ移動し、大高酵素のおがくず風呂に入って体を休めました。 比較的ぬるいかなと思って規定の15分に加えて25分ほど入浴しましたが、汗はとめども流れていました。 夏以来の美食続きで体重が増えていましたが、オガクズの肌への付き具合から見ると健康状態は良さそうでした。
昼には、東家寿楽という札幌市内の蕎麦店へ案内してもらいましたが、御前そばというのか真っ白な蕎麦が出てきて、普段黒姫や戸隠で真っ黒な蕎麦(と言ってもそんなに黒いわけではないが)を食べている身としては少しびっくり。 でも香りがあって大変美味しかったです。 蕎麦がきも真っ白で、柔らかい大きな饅頭を食べているような感触で、そして蕎麦寿司も大変に上品な味わいを感じました。 東京周辺ですと信州蕎麦とか戸隠蕎麦などとよく言いますが、北海道内の蕎麦生産は全国でダントツで、幌加内や深川の蕎麦が一番美味しいと言われているようです。
今回、二ヶ所で寿司を頂きましたが、これまでの感想だと、札幌市内ですと「すし善」が、小樽市内だと「政寿司」がいいように思います。 特に「すし善」は板前さんがきちんとしており、受け応えなども洗練されていて、話をしていても気持ちがいい。 ネタは色々のようで、今ひとつというものもあったが総じて良い部類に入っていると思う。 本店は駅から少し離れているし、値段も相応なので札幌駅の大丸レストラン内だと一般的で良いかもしれない。
小樽市内の寿司屋さんもこれまで色々案内してもらって来たが、今の所は「政寿司」が無難な感じがする。 大高酵素と知り合ってから何年になろうか、そのおかげで年に数回は小樽を中心に北海道を訪ねている。 自分のように人生後半の齢になるとたくさん食べるより、野菜や果物、海産物など本当に良いものを少し味わえれば、それこそ十分で満足なものである。 そんな楽しみを北海道は提供してくれているのである。 ただチョコレートなど土産用の菓子類が行く度に新製品が出ており、店頭に並んでいる山積み状態の箱を見るだけで辟易してしまい、買う気にならない。
2010年9月8日水曜日
札幌で美食続き
今日は札幌市内で北海道在住の友人と会い、昼には「すし善」で、夜にはホテル日航35階の「丹頂」で「蝦夷」という会席料理を馳走になってしまった。
札幌の今日の天気は晴れだが気温は25度程度であったろうか、夜になると半袖シャツだけではちょっと涼しい。
夜遅くにホテルに戻ってニュースを見ると、鈴木宗男氏の上告が棄却され、近々収監され議員資格も剥奪されるとのことである。 しかし、鈴木氏の受託収賄告発に力を注いだという外務事務次官が最高裁判事に就いているというではないか。 そこに公正な判断がされているとは思われず、誰が見ても、おかしな人事であると言える。 本件や小沢一郎氏の政治資金問題などを見るまでもなく、警察、検察、裁判所、日本のどの司法機関を見ても、恣意的で不正義が行われていると思わざるを得ない。 小沢総理の誕生、そして千葉に代わる有能な人材が法務大臣の席に座り、今の司法制度に大鉈をふるい、大改革を是非行ってほしいものと思う。
明日は、民主党党首選の小沢氏が札幌に来られるらしい。 応援に行きたい所だが、明日は残り少ない北海道時間を別の用件で過ごすことになっている。
2010年9月7日火曜日
六条教会と塩狩峠
今日は、三浦綾子・光世夫妻が結婚式をあげ通った旭川六条教会、そして著作「塩狩峠」の舞台である塩狩峠を訪ねました。 塩狩峠(塩狩駅脇)には、現在、復元された三浦商店の建物「塩狩峠記念館」が移設されていました。 「氷点」を書いた二階の部屋にも訪ねました。
今回、綾子さんのご主人光世さんが齢86に関わらず参加され、色々お話をうかがうことができ、さらに三浦綾子記念文学館の森下特別研究員から、著作の読み方、綾子さんの意図などを解いてくださり、納得することが多く、その意図をもっと理解して著作を読み直したいと思いました。 三浦さんの著作はある意味で、綾子さんの信仰宣言ではないかと思えているのです。 読書会が全国で計画されているとのことです。 もっともっと勉強したいと思いました。
六条教会にて。 結婚式を終えて、光世さんが緊張して綾子さんを連れずに一人で退場しようとしたというエピソードが聞かれました。
塩狩峠の主人公・長野政雄(永野信夫)の写真。
塩狩峠の名寄方向が、外れた客車を止めた現場だそうです。 今はそんな事故を思わせるものはなにもありませんでした。
塩狩峠記念館にて 「一粒の麦」












