お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。





「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。



人と防災未来センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

***掲載した主な画像(写真)の上にカーソルを置きクリックすると拡大されて文字が読みやすくなり、さらにクリックするか当該画像右上のXをクリックすると元のサイズに戻ります***


(間もなく参議院議員選挙がはじまります。)
25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。

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2010年9月26日日曜日

先輩を追悼する会に出かけた

 昨日は学生時代の先輩を追悼する会に出席した。 場所は東京・信濃町の真生会館。 この場所は40数年前の学生時代に毎日のように通い入り浸った場所である。 当時は木造の建物であちこちに会議室があって、そこで会合を持ったりガリ版で会報作りなどをしていた。 時にはアルコールを持ち寄って騒ぎ、主管からお小言をいただくなど、色々武勇伝もあったようだ。

 齢60を過ぎると、鬼籍に入られたと聞くことがどちらでも増えてくるが、そんな往時の仲間からもちらほらそんな便りが届くようになった。 昨日は当初予定されながらも出席できない人が数名いたものの、関西から新幹線で来られた方を含め20名ほどの参集となった。 司式は山本量太郎師。 師の説教の中で、人生を道に喩え、我々は時に引越しをよくするが、最後の引越しが此岸から彼岸に渡ることではないかと説いておられた。 思考の根底に、輪廻とか永遠の命という認識がないと、分かりにくいかもしれないが、死というものはそうたいそうなものではなく、居場所が変わることだけだと、すっと納得できるものがあった。

 式後の会食で、仏教とかキリスト教とか色々な宗教があるが、宗教とみるとそこに教義など違いを見出し諍いの元になるが、これは仏道とかキリスト道という生き方として捉えた方がいいのではないかという話もあった。 そういえば、先日、家内が出席した会合でも、三重のある有名な神社の宮司さんが、「神道は宗教ではなく、神の道で言い換えると人の道を示すものだ」と話された由。 特定の宗教を信じると、どうしても他の宗教への排他思想が芽生えて来てしまう。 道の歩き方を示してくれるものとして理解した方が、何の引っ掛かりがないように思えて来る。

 会合を終えて、駅前の神宮外苑の表示に、息子家族が住む場所に近いのではと青山一丁目方向へ歩いたら10分もかからないで着いてしまった。 都内は地下鉄など交通機関に溢れているが、意外に歩いた方が近い所もあるものだと知りました。

 

 



2010年8月8日日曜日

二ヶ所の教会を巡る

 今日は日曜日。 主なキリスト教徒は主日と称し礼拝日として教会に集う日である。 私はそういう信者とはかなり距離を置いた人間なのだが、思考(思想)的には多くが納得できるものと思っており、夏場には知人に会えることもあって教会を訪ねることが多くなる。 今日はまず野尻湖畔のカトリック教会へ出かけた。
 ミサの間の聖書のくだりは、「~尽きることのない富を天に積みなさい。 ~ あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ」、そして「~あなたがたも用意をしていなさい。 人の子は思いがけない時に来るからである。」 であった。 説教では、自分のために富を貯めるのではなく、人に与える心が必要だと、そういう心が人を愛することにつながり、平和な世界を築く砦になるという。 (たぶんそうだと思う。 聞いた時はなるほどそうだと思うのだが、どうも時間の経過と共に記憶があいまいになってしまう。)

カトリック教会

 次に訪ねた日本キリスト教団信濃村教会では、同志社大学名誉教授であり、国際村に山荘をお持ちの深田牧師が特別説教をされた。 説教のタイトルは、「一つ目小僧か、千手観音か」。 これまで深田牧師とは何度か食事をご一緒させていただいていたが、その時のフランクな会話の続きのような話し方で、堅苦しい話が全くない。 世界中を回っているという人間の体の構造を展示している「Bodies」という展示会の話から、その説教は始まった。 人間の体の機能からはじまって、一つ目小僧的見方では近視眼的で人間関係において何も生まず、千手観音のように幾つもの手を広げ、バランスの良い態様の中で人を受け入れる心が大事だと仰っていた。(このお話も、たぶんそうだと思う。)

信濃村教会

 先日、ダライ・ラマ法王の話を聞いたが、法王も「利他の心」をさかんに強調されていた。 「他者のために働け」という宗教観はキリスト教でも仏教でも同じなのであろう。 そこに争いのない平和な世の中、安心して暮らせる社会を作る元があるというわけだ。 そういう意味では、自分の富や利益を願う、昨今の新興宗教や新宗教は真っ向から反対の位置にあり、それがために争いを生む火種を作ることになる。 日本では宗教団体が特定の政党を支持したり、自分達のための政党を作ったりしているが、これらは「利他の心」とは全くかけ離れた行為である。 自分達の権益を強めるための宗教は本来の宗教ではなく、ヤクザの利権争いと何ら変わらない。 現代人は金や力ではない、もっと崇高な視点での宗教観を持つべきだと思う。

信濃村教会

 信濃村教会の礼拝のあとは、ミニバザーが開かれました。 教会員の方々が準備をされ、夏休みに国際村に来られている方々、そして我々のように知己をたより思い立って訪ねる人など、たくさんの方たちが来られ、賑わっていました。 町内より安いルバーブやトマト、手作りクッキー、冷凍マンゴーなどなど、 食事は例年のようにカレーに焼きソバ。 テントの中とはいえ、焼きソバ作りは大変熱い作業であったでしょう。 それぞれ美味しく頂くことができました。 コーヒーも美味しかった。

ミニバザー

 

ミニバザー


2009年6月9日火曜日

一命一会

 先日、紫陽花の花をもとめて鎌倉の寺社を巡った時、妙本寺で鎌倉大法要が行われるというパンフレットをいただいた。 日蓮上人が囚われの身となって鎌倉の由比ガ浜から伊豆へ流されてから750年を経たと、その記念の行事のようであった。
 そして、6~8日の間、本覚寺妙本寺では、いのちを見つめようと竹灯篭が灯されるとあり、さらに最終日にはコンサートを催すとあった。 そこに、テノール歌手の新垣勉さんの名前を見つけたのである。

妙本寺にて
妙本寺にて妙本寺にて
妙本寺にて

 今にも雨が落ちそうな空の下、本堂前に置かれた椅子席に座り、「一命一会(いちみょういちえ)」と名づけられたコンサートの開始を待った。 5時竹灯篭の蝋燭に火が順次ともされ、5時半鐘の音とともに始まり、まず、「いのちこそ財(たから)」と題したものであろうナレーションのような詩の朗読ようなものがあった。
 そして僧侶達の読経。 「南無妙法蓮華経」と太鼓のような音(ドンツク ドンドン?)はおなじみのものである。 僧侶達が、蓮の花をかたどったような周囲がピンク色の紙を投げていたが、あれは何を意味していたのだろうか? 周囲の人たちが拾っていたので、自分も倣って数枚集めてみたが、どう処置して良いのか分からない。

 コンサートは、二胡の演奏から始まったが、奏者の野沢香苗さん、シンガーソングライターのより子さん、ともに馴染みがなく、また年代の差もあろう、あまり印象はなかった。 そして、最後が新垣勉さんであった。
 新垣さんの歌はいつもCDで聞いているが、やはり生で聴く声は素晴らしかった。 歌の合間に短いお話があるのだが、たびたび駄洒落が入るのはどこの会場でも同じらしい。 盲目のため身振り手振りなど観客への語りかけが難しいので、場を盛り上げようと工夫されているのであろう。
  「芭蕉布」で終わりかなと思っていたら、アンコールが用意されていて「さとうきび畑」で終了していた。 コンサートの間中、雨が降ったりやんだりで、その度に傘を広げたりし体を冷やしてしまったが、終演後の帰り道は心満ちた思いであった。 それにしても雨の中、会場整理や灯篭の手当てなど、ボランティアで働いている方が沢山居られた。 彼等にも感謝を述べたい。

 下の画像はいただいたパンフレットでクリックすると大きいサイズで表示しますが、記載内容の判読が難しいです。 文面を読みたい方は、その下の「大」をクリックして下さい(ダウンロードに時間がかかります)。

鎌倉大法要鎌倉大法要鎌倉大法要鎌倉大法要


2009年6月1日月曜日

祈りの響き

 いよいよ6月となった。 信濃町ではタケノコ採りの話題が下旬近くまで続くことになろうが、当方は初物をすでに頂いているので春の山菜採りはとうに終えてしまったと思っている。 善光寺御開帳も昨日で終わり、信濃毎日新聞は4月5日から57日間の参拝者数673万人と伝えているが、この期間当方も2度境内に入ったので、その数値の中に含まれているのであろう。 それにしても参拝者数をどうやってカウントするのだろうか? お賽銭の数?


 さて、その善光寺御開帳にあわせ開かれた「大チベット祭」に出かけたと以前に記したが、善光寺山門近くにある西方寺ではチベットの民芸品の販売や書籍案内、組紐実演などが庫裏で行われていた。 飾り物や衣服のことはよく分からず、数種類のCDに興味を持ったのだが、試聴できず説明もないので購入決断に至らず、唯一、「祈りの響き - ダライ・ラマ法王14世」というCDを買った。


祈りの響き

 私がダライ・ラマ14世に出会った(と言うか、公演会に出席した)のは、2000年4月14日の舞浜であった。 ディズニーランド駐車場に近いNKホールという会場であったと思うが、ベルリンの壁崩壊後の世界情勢が未だ混沌としていた時期で、法王の日本訪問もいろいろ取りざたされていた。 そのため会場の警備は厳しく、入口には空港で見られるようなセキュリティー装置があり、バッグをあけて録音機材やカメラの有無も確認し預かっていた。
 講演の内容は仏教や悟りについてであったが、通訳が難しいのであろうか日本語説明が十分でなく理解に苦しんだ。 しかし法王自身は好好爺という感じで人懐っこく、スイーツ(飴玉)が好きだと、また法王でさえ煩悩に苦しんでいると仰っていた。 この時はじめて法王の読経(マントラ)を聞いたが、お腹に染み渡るような、一種眠くなるような、良い心地を感じた。
 終演後、熱狂的なファン(信者?)は法王が座った椅子などなどに触れたいと舞台に迫っていたことを今でも思い出す。


 本CDは、チベットの風の音から法王の読経(マントラ)へと移り、「天、地、響、水、風」という5つのパートに分かれている。 ブックレットは、「2000年、ダライ・ラマ法王14世来日公演で、私達は法王の読経を拝聴する体験を得ました。その読経は法王御自身の持つ大きな人間的魅力とでもいったもので、その意味を越えて私達を体感的な快い世界へ誘ったのでした。」という説明の下りからはじまっているが、9年前に自分が実に感じた通りの記述なのであった。 そしてダライ・ラマ語録というのか、法王が説く「世界平和」へのメッセージが記載されている。



  • 愛と思いやり

  • あなたの敵

  • 幸せになる

  • ゆるす心

  • 今の時代

  • わかちあう心

  • 利他

 本CDの音源を記載するわけにはいかないが、以前法王のマントラを吹き込んだCDを入手したことがあり、そのCDには「販売するのではなく、贈呈して下さい」と、マントラの意味を記したリーフレットが添付されていた。 そこで、その音源の始めの部分のみここにリンクしてみた。 試聴されて全部お聴きなりたい場合は、CD音源+リーフレットをアーカイブしたZIPファイル(容量33Mb)のダウンロード方法をお知らせしますのでメール(右サイド記載)願います。
 なお、昨年のチベット騒動に関して中国政府は複数のチベット人に死刑判決を下した由。 こういった事実にも多くの日本人が目を向けてほしいと切に願う。 このようにチベット民族そして古からのチベット信仰を両肩に担った法王は宗教者そして指導者として稀有な人物だと思うし、実に観音菩薩そのものだという気にもなる。





2009年1月8日木曜日

神の発見

神の発見

 家内の友人が貸してくれた「神の発見」という本を読んだ。 本書は、作家・五木寛之とカトリック教会司教・森一弘との対談をエッセイにまとめたものである。
 仏教者である五木寛之がキリスト教についての知識がないと、繰り返す不躾な質問に対し森一弘がひとつひとつ丁寧に説明していく。 そして仏教者とキリスト者としての共通項を見定めていくのが本書であると思った。
 森一弘は教会という組織の重職にありながら、その思考は権威主義的でなく曖昧さに溢れているようで、教条的でなく、また原理主義的でもないキリスト者を見た思いがした。

 かつてのキリスト教会は、帝国主義侵略の先兵となった布教活動、「神の名」を騙ったパックスアメリカーナ、アフリカ・中東・東南アジアにおける貧困や殺戮に耳をかさない大国の存在などと協調し、その組織は平和を希求していると言いながら相反する位置にあるように思われた。
 そして、現代の日本を見れば、国家神道に迎合する高慢なカトリック信者である作家・曽野綾子、はたまた現在の首相である麻生太郎もカトリック信者だそうだが、彼の会社の一つであった麻生鉱業は戦時中に捕虜や韓国人を強制労働に使った疑いがある。 そして、公明党の母体である創価学会や時々物議をかます統一教会とも政治的には近い存在にあるらしい。 このように、我々市井人には思いもつかないような思考をするキリスト教信者は他にもあろう。 信仰と体制や組織を一緒に考えると、物事の本筋を逸れてしまうとは思うのだが、彼等がキリストが願う平和へ真に向いた思考をしているのかはなはだ疑問に思えて仕方ない。

 これまでそんなことをぼんやり思っていたのだが、本書を読んで森一弘司教の宗教が持つ曖昧さに何気なく納得できたように感じた。 宗教も時代に応じた姿をしていたのであろう。 その一点を見ただけで弾劾してはならないと思う。 本書は、宗教とは何か、その緒に立つ人にも理解しやすい。 後段の一部を残そう。

五木 それは大いなる誤解だと思いますね。 イスラム教徒のジハードを、テロリストと呼ぶ彼らのこころのなかに、同じように、これはキリストの名によるジハードだ、聖なる戦いだ、自由と民主主義を回復するんだ、抑圧から人びとを解放するんだ、という気持ちがあるからだと思うんです。

  そうでしょうね。

五木 私は、そういうことだと思うんです。

  私はその点、日本という文化のなかで育つキリスト教は、他の国々の教会がもっているものとは違う、なにか特別な役割を果たせるんじゃないかなと考えています。 アメリカの教会はアメリカの歴史のなかで、ヨーロッパの教会は、ヨーロッパのいろいろな歴史のなかで育っている。 日本の教会は、また違う歴史のなかを歩んでいるわけですから、世界のキリスト教会に貢献できる、独自のものが育つと確信しています。

五木 ええ。

  たとえば、前にもお話ししましたが、マザー・テレサは、死んだあとインドで国葬とされました。 ヒンドゥー教の国での国葬でしたが、しかし、葬儀は、カトリックの儀式でした。 彼女は、生前、死んでいく人たちが、イスラム教徒ならイスラム教に応じ、ヒンドゥー教徒ならヒンドゥー教のお経を立てたのです。

五木 個人個人の信仰を大事にしていたんですね。 それは、本人が、こころから自分の信仰を大切にしていなければ、他人の信仰を尊重することはできないことです。

  本当にそうですね。 従来のカトリック教会だったら、頭から否定されていたことを、マザーは信念をもって実践したんですね。 一人ひとりの人生、人間のいのちが、なによりも尊いという信念です。 そうした信念を支える、神への、キリストへの理解が、彼女にあったと思うのです。

五木 そうですね。 私は最近、既成の情報、常識、哲学などに個人が合わせるのではなくて、自分の生きかた、自分なりの人生観を確立させることが、非常に大切ではないかと考えているんです。 だから、仏教にしろ、キリスト教にしろ、与えられた教義や信仰を、そのままに受け入れるのではなく、自分なりに咀嚼し、自分にあった、自分だけの信仰をつくることが、いちばん大切ではないかと思っているのですが。

  私も、同じことを、かねがね考えてきました。 これまでの教会の教義として教えられかたをもって、祈って、信仰を育てていくことが大切なのではないかと・・・・・。

さらに、

五木 ああ、光としての神、闇を照らすエネルギーとしての存在ですね。

  ええ。 私たちを包みこむ、光があるという信仰に徹していれば、私たちの生きている現実も、自分のなかの醜さや、罪深さは変わらなくとも、こころの奥は、穏やかに安らいでいきます。

五木 私たちは、はたして自分のなかに宿る光に、見えざる神を発見することができるのでしょうか。 でも、森さんのお話をうかがっていて、なにか目に見えない希望のようなものを感じることができました。 ありがとうございます。

 本書の中で言われているように、信仰は、個人と仏とか、個人と神という対峙した存在でなければならない。 集団や組織を含めて、教えを理解しようとすると、誤った坩堝にはまってしまうであろう。
 昨年11月、青山俊董師講演を須坂で聞いたが、その講演の最後で師は、何世紀にも渉って人々の心に生き続けてきた宗教に触れてほしいと仰っていた。 近代経済の発展の中で割拠してきた新興宗教や新宗教は、人々に平安をあたえる信仰ではないと、彼女は暗に示されていたであろうと思う。 現代にあっては、オウム教のように、その出だしで選択を誤ると人生を棒に振るようなことにもなる。 本書のようなものから、宗教への偏らない良質な理解を得ることをお薦めしたい。

(追記)本書の目次をイメージに落とし追加。
      目次1   目次2   目次3



2008年12月25日木曜日

映画「マリア」を観る

 アサヒコムの記事からサンタを追跡できるサイトがあることを知り、早速映像を一部借用した。

 さて、昨年の今頃封切りされた映画「マリア」を先日思い出したように観てみた。 この映画はキリスト誕生前後に焦点を合わせて演じられたもので、昨年公開されたことを知っていたが、内容に目新しさがなくて観ていなかったものである。 原題は、The Nativity Storyで、この時期によく教会やキリスト教系学舎で演じられるキリスト生誕劇と同じ内容のものである。
 映画は、マリアが住む村の生活や徴税風景から、父親からヨゼフとの結婚を告げられる場面に移る。 父親の命に納得できない気持ちと不安が重なる中で神の子を宿すことを告げられるが、家族を増やす行為を禁じられている中での受胎に対しヨゼフも不安を感じる。 そんな中、神の子の誕生を恐れたヘロデは、出生地での住民登録を強いる。 ナザレからベツレヘムまでの200kmを身重のマリアをロバに乗せ、乏しい食糧や危険を乗り越え向かう。 ベツレヘムに到着するなり産気付くのだが泊まる宿もなく、馬小屋で神の子を授かる。 そして羊飼いや東方の3人の博士が祝いに訪ねる。 そんな中、ヘロデの取り締まりは厳しくなり、聖霊が告げるまま家族はエジプトへと逃避の旅を続ける。

父親からヨゼフとの結婚を告げられる 婚姻の盃にも不安な様子を見せる その場から逃げて林の中で聖霊に会う 聖霊から神の子を宿すと告げられる 受胎したマリアにヨゼフは信じると語りかける

 ざっとそんな内容であるが、そんなに感動的でもなく、マリアやヨゼフの描き方にも特段の感想はなかった。 原語(英語)で理解すればそれなりの内容であるかもしれないが、日本語字幕では主旨が十分伝わって来ないのであろう。



それでも悩むヨゼフの夢に聖霊が現れる ベツレヘムへ向う ベツレヘムへ向う 馬小屋での誕生に羊飼いや博士が祝いに来る 東方の3人の博士 マリアとキリスト 3人の博士はヘロデ王の城を避けて帰国の途につく 2歳以下の赤ん坊を殺すよう命じたヘロデ王配下からの逃避が始まる 一路エジプトへ 一路エジプトへ 一路エジプトへ

2007年10月25日木曜日

旧い聖書の一頁から その2

今日の暦から : 気分転換、上手に健康管理



 今朝5時起きして、いよいよ成田空港へ客人を迎えに出かける。



 聖書のOriginal Leafがもう一つある。

 こちらは、King James Bibleで、1650年以前の印刷とある。 昨日と同様に旧約聖書で「サムエル記1」のようだが、こちらもよく分からないというか旧約は固有名詞が多くて、なかなか理解できない。 こちらの方の日本語訳は見つからなかった。 相変わらずファイル容量は大きい。

 さて、イギリスから来たこの聖書のLeafだが当然英国国教会のものである。 国外では「聖公会」といわれるイギリスのこの教会は、1500年代ヘンリー八世が離婚したいがためローマカトリック教会と別離し建てたもので、その直後ということもあって、大量の英国国教会聖書の印刷がされたのかもしれない。

 そういうことからも、英国王室というのは、当時も現代も非常に人間くさいというか、少なくとも日本のように雛壇に座っている人達ではないということが分かる。





















King James Bible
King James Bible
King James Bible
King James Bible
King James Bible
King James Bible
King James Bible
King James Bible
King James Bible

King James Bible






2007年10月24日水曜日

旧い聖書の一頁から

今日の暦から : ネギ、ニンニクは活力源



 今朝6時、電話の音で起こされた。 イギリスからのもので明日(日本時間では今夜)出立するとのこと。 準備OKで楽しみにしている由。 いよいよ2週間のお接待が始まる。



 先日、海外書籍を輸入販売する友人から、旧い聖書の一頁(Original Leaf)をいただいた。 イギリスの取引先が送って来たもので、360数年前の本物だそうで、かなり貴重なものだと思う。

 An Original Leaf from an Eary Printing of the Geneva Bible printed from 1560 to 1644 とタイトルされた説明書兼証明書付である。

 ドイツのグーテンベルグが活版印刷を実用化させたのが1447年。 最初に聖書の印刷が行われたということだから、それから100年を越えていれば大量に印刷発行されていたものであろう。 このGeneva Bible は1620年にアメリカに初めてもたらされたとあるが、大量に発行された聖書だからこそ、そんな旧い一辺が巡り巡って我が家にも届いたということである。

 イメージファイルに落としたが、サムネール画像にリンクした画像は内容が判読できるようにと大きい容量とした。 説明書きは200~300kb、下段の薄汚れた感じの聖書のoriginal leafは500~600kbあるので、表示に時間がかかると思うが、興味ある方はご覧ください。 このBible Museumのサイトはこちらにある。















Geneva Bible
Geneva Bible
Geneva Bible
Geneva Bible
Geneva Bible

Geneva Bible





 さて、下段のOriginal Leaf2つを見れば想像がつくが、これは旧約聖書の「出エジプト記」である。 聖書はページを開いたことはあるが、通して読んだことがないので、詳細は理解していない。 そこでネット検索をしてみた所、35章から38章にかけて述べている「安息日と幕屋の規定」らしい。

 次に、その部分の日本語訳をネットから転載した。(参照URLは失念、内容は未検証)


��頁目

35章



��6.感動して、知恵を用いたいと思った女たちはみな、やぎの毛を紡いだ。

��7.上に立つ者たちはエポデと胸当てにはめるしまめのうや宝石を持って来た。

��8.また、燈火、そそぎの油、かおりの高い香のためのバルサム油とオリーブ油とを持って来た。

��9.イスラエル人は、男も女もみな、主がモーセを通して、こうせよと命じられたすべての仕事のために、心から進んでささげたのであって、彼らはそれを進んでささげるささげ物として主に持って来た。

��0.モーセはイスラエル人に言った。「見よ。主はユダ部族のフルの子であるウリの子ベツァルエルを名ざして召し出し、

��1.彼に、知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たされた。

��2.それは彼が金や銀や青銅の細工を巧みに設計し、

��3.はめ込みの宝石を彫刻し、木を彫刻し、あらゆる設計的な仕事をさせるためである。

��4.また、彼の心に人を教える力を授けられた。彼とダン部族のアヒサマクの子オホリアブとに、そうされた。

��5.主は彼らをすぐれた知恵で満たされた。それは彼らが、あらゆる仕事と巧みな設計をなす者として、彫刻する者、設計する者、および、青色、紫色、緋色の撚り糸や亜麻布で刺繍する者、また機織りする者の仕事を成し遂げるためである。



��6章



��.ベツァルエルとオホリアブ、および、聖所の奉仕のすべての仕事をすることのできる知恵と英知を主に与えられた、心に知恵のある者はみな、主が命じられたすべてのことを成し遂げなければならない。

��.モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および、主が知恵を授けられた、心に知恵のある者すべて、すなわち感動して、進み出てその仕事をしたいと思う者すべてを、呼び寄せた。

��.彼らは、聖所の奉仕の仕事をするためにイスラエル人が持って来たすべての奉納物をモーセから受け取った。しかしイスラエル人は、なおも朝ごとに、進んでささげるささげ物を彼のところに持って来た。

��.そこで、聖所のすべての仕事をしていた、知恵のある者はみな、それぞれ自分たちがしていた仕事から離れてやって来て、

��.モーセに告げて言った。「民は幾たびも、持って来ています。主がせよと命じられた仕事のために、あり余る奉仕です。

��.それでモーセは命じて、宿営中にふれさせて言った。「男も女も、もはや聖所の奉納物のための仕事をしないように。」こうして、民は持って来ることをやめた。

��.手持ちの材料は、すべての仕事をするのに十分であり、あり余るほどであった。

��.仕事に携わっている者のうち、心に知恵のある者はみな、幕屋を十枚の幕で造った。撚り糸で織った亜麻布、青色、紫色、緋色の撚り糸で作り、巧みな細工でケルビムを織り出した。

��.幕の長さは、おのおの二十八キュビト、幕の幅は、おのおの四キュビト、幕はみな同じ寸法とした。

��0.五枚の幕を互いにつなぎ合わせ、また、他の五枚の幕も互いにつなぎ合わせた。

��1.そのつなぎ合わせたものの端にある幕の縁に青いひもの輪をつけた。他のつなぎ合わせたものの端にある幕の縁にも、そのようにした。

��2.その一枚の幕に輪五十個をつけ、他のつなぎ合わせた幕の端にも輪五十個をつけ、その輪を互いに向かい合わせにした。

��3.そして、金の留め金五十個を作り、その留め金で、幕を互いにつなぎ合わせて、一つの幕屋にした。

��4.また、幕屋の上に掛ける天幕のために、やぎの毛の幕を作った。その幕を十一枚作った。

��5.その一枚の幕の長さは三十キュビト。その一枚の幕の幅は四キュビト。その十一枚の幕は同じ寸法とした。

��6.その五枚の幕を一つにつなぎ合わせ、また、ほかの六枚の幕を一つにつなぎ合わせ、

��7.そのつなぎ合わせたものの端にある幕の縁に、輪五十個をつけ、他のつなぎ合わせた幕の縁にも輪五十個をつけた。

��8.また、青銅の留め金五十個を作り、その天幕をつなぎ合わせて、一つにした。

��9.また、天幕のために、赤くなめした雄羊の皮のおおいと、じゅごんの皮でその上に掛けるおおいとを作った。

��0.さらに、幕屋のためにアカシヤ材で、まっすぐに立てる板を作った。

��1.板一枚の長さは十キュビト、板一枚の幅は一キュビト半であった。

��2.板一枚ごとに、はめ込みのほぞ二つを作った。幕屋の板、全部にこのようにした。

��3.幕屋のために板を作った。南側に板二十枚。

��4.その二十枚の板の下に銀の台座四十個を作った。一枚の板の下に、二つのほぞに二個の台座、ほかの板の下にも、二つのほぞに二個の台座を作った。

��5.幕屋の他の側、すなわち、北側に板二十枚を作った。

��6.銀の台座四十個。すなわち、一枚の板の下に二個の台座。ほかの板の下にも二個の台座。

��7.幕屋のうしろ、すなわち、西側に板六枚を作った。

��8.幕屋のうしろの両隅のために、板二枚を作った。

��9.底部では重なり合い、上部では一つの環で一つに合わさるようにした。二枚とも、そのように作った。それが両隅であった。

��0板は八枚、その銀の台座は十六個、すなわち一枚の板の下に、二つずつ台座があった。

��1.ついで、アカシヤ材で横木を作った。すなわち、幕屋の一方の側の板のために五本、

��2.幕屋の他の側の板のために横木五本、幕屋のうしろ、すなわち西側の板のために横木五本を作った。

��3.それから、板の中間を、端から端まで通る中央横木を作った。

��4.板には金をかぶせ、横木を通す環を金で作った。横木には金をかぶせた。






��頁目




��5.ついで、青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で、垂れ幕を作った。これに巧みな細工でケルビムを織り出した。

��6.そのために、アカシヤ材の四本の柱を作り、それに金をかぶせた。柱の鉤は金であった。そしてこの柱のために銀の四つの台座を鋳造した。

��7.ついで、天幕の入口のために、青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で、刺繍をした幕を作った。

��8.五本の柱と、その鉤を作り、その柱の頭部と帯輪に金をかぶせた。その五つの台座は青銅であった。



��7章



��.ベツァルエルはアカシヤ材で一つの箱を作った。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半、高さは一キュビト半。

��.その内側と外側を純金でかぶせ、その回りに金の飾り縁を作った。

��.箱のために、金の環四つを鋳造し、その四隅の基部に取りつけた。一方の側に二つの環を、他の側にほかの二つの環を取りつけた。

��.また、アカシヤ材で棒を作り、これを金でかぶせ、

��.その棒を、箱をかつぐために箱の両側にある環に通した。

��.ついで彼は、純金で「贖いのふた」を作った。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。

��.また、槌で打って作った二つの金のケルビムを「贖いのふた」の両端に作った。

��.一つのケルブを一方の端に、他のケルブを他方の端に。ケルビムを「贖いのふた」の一部として、その両端に作った。

��.ケルビムは翼を上のほうに伸べ広げ、その翼で「贖いのふた」をおおい、ケルビムは互いに向かい合い、その顔は「贖いのふた」に向いていた。

��0.彼は、アカシヤ材で、一つの机を作った。長さは二キュビト、幅は一キュビト、高さは一キュビト半。

��1.これを純金でかぶせ、その回りに金の飾り縁を作った。

��2.その回りに、手幅のわくを作り、そのわくの回りに金の飾り縁を作った。

��3.その机のために、金の環四個を鋳造し、その四本の足のところの四隅に、その環を取りつけた。

��4.その環はわくのわきにつけ、机をかつぐ棒を入れる所とした。

��5.アカシヤ材で、机をかつぐ棒を作り、これを金でかぶせた。

��6.さらに、机の上の器、すなわち、注ぎのささげ物を注ぐための皿や、ひしゃく、水差しや、びんを純金で作った。

��7.また彼は、純金で燭台を作った。その燭台は、槌で打って作り、その台座と、支柱と、がくと、節と、花弁とで一個の燭台とした。

��8.六つの枝をそのわきから、すなわち、燭台の三つの枝を一方のわきから、燭台の他の三つの枝を他のわきから出した。

��9.一方の一つの枝に、アーモンドの花の形をした節と花弁のある三つのがくを、また、他方の一つの枝にも、アーモンドの花の形をした節と花弁のある三つのがくをつけた。こうして燭台から出る六つの枝をみな、そのようにした。

��0.燭台の支柱には、アーモンドの花の形をした節と花弁のある四つのがくをつけた。

��1.それから出る一対の枝の下に一つの節、それから出る次の一対の枝の下に一つの節、それから出るその次の一対の枝の下に一つの節。このように六つの枝が燭台から出ていた。

��2.それらの節と枝とは燭台と一体にし、その全体は一つの純金を打って作った。

��3.また、そのともしび皿七つと、その心切りばさみと、心取り皿とを純金で作った。

��4.すなわち、純金一タラントで、燭台とそのすべての用具を作った。

��5.彼は、アカシヤ材で香の壇を作った。長さは一キュビト、幅は一キュビトの四角形で、高さは二キュビト。これの一部として角をつけた。

��6.そして、上面と回りの側面と角を純金でかぶせ、その回りに金の飾り縁を作った。

��7.その壇のために、その飾り縁の下の両わきに、相対する両側に二つの金環を作った。それは、壇をかつぐ棒を通す所である。

��8.その棒をアカシヤ材で作り、それに金をかぶせた。

��9.彼はまた、調合法にしたがい、聖なるそそぎの油と純粋なかおりの高い香を作った。



��8章



��.ついで、彼は、アカシヤ材で全焼のいけにえのための祭壇を作った。長さ五キュビト、幅五キュビトの四角形で、高さは三キュビト。

��.その四隅の上に、角を作った。その角はその一部である。彼は祭壇に青銅をかぶせた。

��.彼は、祭壇のすべての用具、すなわち、つぼ、十能、鉢、肉刺し、火皿を作った。そのすべての用具を青銅で作った。

��.祭壇のために、その下のほうに、すなわち、祭壇の出張りの下で、祭壇の高さの半ばに達する青銅の網細工の格子を作った。

��.彼は四つの環を鋳造して、青銅の格子の四隅で棒を通す所とした。

��.彼はアカシヤ材で棒を作り、それに青銅をかぶせた。

��.その棒を祭壇の両側にある環に通して、それをかつぐようにした。祭壇は板で中空に作った。

��.また彼は、青銅で洗盤を、また青銅でその台を作った。会見の天幕の入口で務めをした女たちの鏡でそれを作った。

��.彼はまた、庭を造った。南側では、庭の掛け幕は百キュビトの撚り糸で織った亜麻布でできていた。