これまでも、田辺聖子の一茶とか、西田敏行主演の一茶とか、舞台や映画があったが、どれも一茶の一面を極端に増幅しているようで見る気にならなかった。
この舞台も、江戸の一時点を見ているだけなので、どれだけ一茶像を見せてくれるか分からないが、ポイントは別にあるようなので、逆に戯曲としての面白さはあるかもしれない。
「十両盗っても首が飛ぶ」文化七年(1810)。 江戸蔵前で発生した金四百八十両の盗難事件。 その容疑者として捕らえられたのは俳諧師の小林一茶。
容疑者一茶の身元調べにあたるのは、新米の同心見習い五十嵐俊介、もとは狂言作者。
事の起こりは五日前、文化七年(1810)十一月三日。蔵前札差井筒屋八郎右衛門の寮から金四百八十両が紛失した。井筒屋は札差の大店、当主八郎右衛門はまたの名を夏目成美という遊俳で「江戸の三大俳諧師」と称される大立者である。事件発覚の前日、成美は紅葉見物へ出かけて留守、その留守中に大金が消え失せた。以来、今日まで金子の行方はようとしてしれない。
が、容疑者はいる。
日ごろより成美の寮に出入りして成美の庇護を受けていた男。
柳橋に借家を持ち俳諧を飯のたねに旅から旅へ渡り歩いていた男。
そして、事件当日江戸に戻り留守中の成美の寮へ姿をあらわした男。
小林一茶。
物証はないが他にあてもない。そこで知恵をめぐらす同心見習。捜査の基本はひとつ。
「犯人の立場になって考える=自分が犯人になってみることだ!」
かくして、吟味芝居の幕が明く。五十嵐自ら主役をつとめ、疑惑の男の半生を演じ、白黒裁きをつけようというこの芝居。はたしていかなる真実がかくされているのか。
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