「フードバンクという挑戦 - 貧困と飽食のあいだで」という本を読んだ。
フードバンク。
日本ではなじみが薄いことばだが、最近、少しずつ見聞きするようになってきた。直訳すれば「食料銀行」。 でも、食べ物に利息がついたり、貸したり借りたりするわけではない。 預かるのは、まだ十分食べられるのに「売り物にならないから」と捨てられていた食品。 大量消費社会の日本ではこれが日々、膨大な量に上る。 それを食品会社などから寄付してもらい、食べ物に困っている人たちに無料で届ける。 こうした人たちもまた、日本には大勢いる。受け取る側には食費の節約に、企業にとっては廃棄コストの削減になる。 この活動を行っている団体、またはシステムのことをフードバンクと呼ぶ。
すでにアメリカには40年前からこういった組織があるようで、以前テレビの特集番組で見た記憶があるが、すでに日本でもNPO法人として活動していると、その成り立ちや現状、今後の課題などを記しているのが本書である。
食品会社やスーパーマーケットが食料品を廃棄するのは、賞味期限が来たという理由よりむしろ、包装が破れたとか汚れたとか、ラベルを張り間違えたとか、誤発注等々の方が多いそうだ。 そして廃棄のために多大な費用がかかっていると、それを廃棄せずに集め、それを必要としている養護施設等々に配布しているのがフードバンクなのである。
日本には、NPO法人として東京と尼崎市にあるのだが、ともに創めたのはアメリカ人。 東京で始めたチャールズ・E・マクジルトンさんは山谷でダウンボールハウスのホームレスを1年半体験したというから、その信念は大そうなものがあろうと思う。
組織された、セカンドハーベスト・ジャパン(2HJ)は、本書出版時には1年間で約350トンを60の施設に再配分する組織に成長しているとのこと。
しかし、日本には、法人にも個人にも寄付や社会還元という思想があまりなく、リーマン・ブラザーズ、モルガン・スタンレー、在日アメリカ商工会議所、ニュースキンジャパン、ギャビン・アンダーソン・アンド・カンパニーといった外資系企業による寄付に頼ってきたそうだが、昨年来の不況による影響は大きいであろう。
本書を読んで、日本人一人の年間寄付額が町内会割り当ての赤い羽根募金を含めても2200円だという数字に驚いた。 1829(文政12)年秋田には、「感恩講」という民間の窮民救済組織が存在した由、そんな実例がありながら、現代の日本人の懐から出る寄付額がわずか2200円とはあまりにも少なすぎる。
アメリカでは個人による寄付が殆どらしい。 個人法人ともに寄付行為に対する税制控除など日本政府はもっと考慮すべきだと思う。
また、本活動を進めるにあたって、「してあげる、しなければならない」responsibleではなく、求められるものに応える responseの心がなければ円滑に行かないと書かれていたのには含蓄した。
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