お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱、ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。





「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。



*人と防災未来センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

***掲載した主な画像(写真)の上にカーソルを置きクリックすると拡大されて文字が読みやすくなり、さらにクリックするか当該画像右上のXをクリックすると元のサイズに戻ります***


(間もなく参議院議員選挙がはじまります。)
25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。

ラベル 生活 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年1月10日金曜日

少雪の合間に保存食の整理

(追記 1/10)
日中に巡った仁の倉界隈の田畑

夕景の斑尾山と一日早い満月
(追記了)

相変わらず雪降りが少なく、11月の雪の季節が始まった頃の様相を呈しています。
夜中に降った積雪は3センチほどで、昼前にはやんで日差しが出てきました。 日に日に雪は消えて行きそうです。  でも、どこかでドカ雪が来るのでしょう。


ブルーベリーの周辺も根がやや持ち上がっていることもあって、雪がすぐに融けています。


林の中の積雪もほとんどなし。


そんな中、忘れかけていた保存食の整理などを思い出したようにやっています。
まず、昨夏に作ったブルーベリー酒で、本来ならもっと早く実を取り出すべきで、渋みが懸念されていましたが、アルコール度が高かったせいか、十分に味わえるほどになっていました。


取り出した実は鮮やかな色をしており、捨てるのが勿体なく、一部は食前のつまみにしようと思います。 アルコールを含んでいるので、これを食べるだけで、どことなく酩酊気分になれます。


一部は、砂糖をまぶしてジャムというかソースというか、そんなものにしてみましたが、ただ甘いだけの感じかな? それでもヨーグルト、少しはペクチンが残っていたらしく、さめると少しばかり固まったので、使いみちはあるかも。


このほかにも、ビーツの瓶詰め(酢漬けにして発酵を止めています)、ほけかけはじめているリンゴの処理など、色々やることは多いです。
生食にむかなくなったリンゴは、ジュース、煮リンゴ、りんごジャムなどにします。



2019年3月16日土曜日

灯油タンクから油漏れ

12月から3月までの冬季、信濃町では可燃ごみと容器包装プラスチックの回収はしてくれるのですが、ダンボール、ペットボトル、ビンカンなどの回収は休止となってしまい、4月になって回収が始まるまで、各戸で貯めておく必要があります。
広い倉庫や大きな車庫があるお宅でしたら問題ないでしょうが、当方のように普通の民家ですと、貯めておく場所がなかなかありません

仕方なく灯油タンクの下の空きスペースにも置いていたのですが、先日、そのゴミを分別し片付けていたら、どうもタンク下にあるレバーに触れてしまったようです。
レバーは、石油ストーブなどに補給する際に、可搬用の専用タンクに入れ替えるために使用するわけです。 レバーをいっぱいに開いていれば、ドッと灯油が流れるので気づきますが、少量であったため気づかず、気がついた時はタンクはほとんど空っぽになっていました。
漏れた灯油は地面に染みたり蒸発したりしたようで、でもタンクにはわずかながら残量があったので、ボイラーなどに空気は入らなかったようです。

当座の消費量が必要ですので、急いで近所のガソリンスタンドへ行き、30Lほど買って来て、昨日はいつも配達を依頼している所から車が来て、タンクを満タンにしてくれました。
前回満タンにしてから、1週間から10日ほどしか経っておらず、以後使った油量はわずかで、漏れた灯油の量は180〜190Lもあったと思われます。
町内の灯油単価は85円前後ですので、16千円ほど無駄に捨てたことになります。 まあ、火の気の無い所でしたので幸いでしたが、本当にヘマをやりました。

そういえば、どこのお宅の灯油タンクを見ても、周囲にはあまり物を置いていませんね。
ネット検索すると、灯油タンクは安全のため、周囲を一定の距離で開ておかなければいけないようです。 失敗してしまったのは仕方ありませんが、火災の危険性もあるわけで、以降気をつけたいと思います。

さて、今日は早朝から降り出した雪が昼過ぎても舞っていて、3時頃になってやっと止んでいましたが、全く積もりませんでした。 雪降りといっても、今の雪は軽い綿が飛んでいるような感じで、地に落ちてもすぐに消えています。
そろそろ名残りの雪になっているのかもしれません。

2010年1月27日水曜日

今日の一人食卓から

 今朝、いやに寒いなと布団から出て外の温度計を見たらマイナス10度であった。 昨晩、月も星もよく見えていたので、夜中に相当に冷えたのでしょう、朝から北信の山々が綺麗に見えていました。 今日も自前の仕事を一日済ませていたのですが、夕方になって、初めて炊飯に挑戦してみました。
 幼い頃、実家には竃(へっつい)があって薪でご飯を炊いていましたが、釜と木蓋の間から噴出してくる甘ったるいような湯気そして釜を伝わる白い水滴、どれもが懐かしく思い出せるものでした。 ただ、自分で炊いた覚えはなく、もっぱら五右衛門風呂の焚き番だったので親は任せられなかったのでしょう。

 今、玄米ですら電気釜がこなしてくれる時代ですが、あの湯気の匂いや釜の底をそぐおこげの楽しみは全くありません。 今日は、 一人玄米ではおかずも少なく寂しいので、玄米を精米して白米にし、鍋でご飯を炊いてみました。 はじめ中火で焚き蓋がぐらぐらして沸騰して来た頃から注視し火力を弱める。 (ガラスの蓋でないと見えないのだが)泡が出なくなって、米粒の間に隙間が目立って来た所で、再び1分ほど火力を強め、火を消した後は15分ほど蒸らすために放置しておく。 昔からよく言われている、「初めチョロチョロなかパッパ、赤子泣いても蓋取るな」ということなのでしょうが、「初めチョロチョロ」が鍋で炊く場合どういうことなのかよく分からない。 もっと経験を積めということなのでしょう。

 

 オカズは家内が作っておいてくれたものに去年5月に瓶詰めしておいた蕗の酢漬け。 おさんじは、安納芋と天望館で売っている豆腐のおからから作ったクッキー。 安納芋は種子島の特産だが、シーズンは高価な食べ物となるので、我が家のはシーズン前とか鹿児島産とか亜流のものを調達しているが、これでも十分に満足できる。 信濃町の道の駅天望館で販売している豆腐は信濃町産の大豆から作られており甘みがあって美味しい。 我が家ではおからをかならず頂いて惣菜にしてり、このようにクッキーなどにも変身させている。 クッキーといっても固くなくソフトな歯ざわりで美味しい。 町内各戸にも宅配されているが、このおからの調理が面倒だとゴミにしている家もあると聞きます。 何とも勿体無い話です。

 

 

今朝7時の北信の山々

 

今日日中の北信の山々


2010年1月20日水曜日

大寒なのに梅開花の報せが届く

 昨日に続いて今日も温かい一日で、夜になっても気温は6度と温かく窓を開けていても寒さを感じない。 暦では大寒だというのに、この温かさは尋常でないように思えるが、空には雲が広がっており天気は下り坂なのであろう。 天気予報を見たら、明日は雨に続いて雪ということなので、今日はつかの間の小春日ということであった。

 そんな大寒の日に、薪ストーブと煙突掃除をした。 煙突を掃除するのは円筒に合わせたブラシを煙突に入れるだけの作業だと思われる方がおろうが、これが結構大変なのである。 煙突の内面についた煤を化学反応で取れやすくするチムニークリーナーという粉を数日前からオキ状態の時に撒いておく。 髪の毛を焼いたようなちょっと嫌な臭いがするが仕方ない。 3ヶ日間粉を撒いて今日実際の掃除をしたのだが、こびり付いた煤は塊になって容易には取れない。 手元に近い所は適当な金具を利用して取るが、中ほどにこびり付いた塊はブラシでは簡単に取れない。 ブラシをはずすと煤が室内に飛び出し、外側の煙突掃除の時には雪解け水が煤とともに飛んできて衣服を汚す。 終わった後は掃除機を回したりと結構大変な作業なのである。
 完璧には取れていないので、これから頻繁にチムニークリーナーを振りかけ、頃合いを見て再び煙突掃除をしようと思っている。

チムニークリーナー

 さて、我が家のストーブは20年と使って来たが、その間に煙突の水平部分が傾いたのか、雪降りの日などでは溶けた水と煤が混ざって合わせ目から垂れて来ることが多くなった。 そこで、100円ショップへ行き、ブリキの小さなバケツ型の入れ物を買い、これにティッシュを丸めておき吸い取るようにぶら下げている。 見かけは悪いが垂れた水が飛び跳ねて周りを汚すよりは良い。

煤水受け

 最後に、昨日今日快晴の空に白く輝いていた戸隠連峰を切り取っておいた。

戸隠連峰


2009年6月8日月曜日

定年後に若がえる生き方

 京都大学名誉教授の大島清さんが著された「定年後に若がえる生き方」という本を読んだ。 本書は、著者73歳の2000年に書かれたもので、その後の生活を知りたくネット検索したが近況を伝えるものは見つからなかった。

定年後に若がえる生き方

 著者は、京都大学、愛知工業大学を経た後、鎌倉に住まいをかまえ、鎌倉の自然に触れながらバイクや水泳に勤しみ、健康な定年後生活をエンジョイされていると著している。
 そして、伊勢と黒姫(大学村?)に別荘をもち、黒姫では「サロン・ド・ゴリラ・野尻」と称して多くの客人を迎え、蕎麦打ちや陶芸などを楽しんでおられて来たとあった。 信濃町内の野菜販売についてはちょっと認識を間違えておられると思ったが細かいことに拘泥するより、著者の意図を大事にしたい。 1927年のお生まれだから今年は齢82。 いまだマウンテンバイクに乗って買い物に出ておられるのであろうか。 老化は筋肉の減少とともにやって来るらしい。 常日頃の水泳やバイク、ウォーキングで体力を落とさない努力は老齢者にとっては必須。
 自分も著者に似た時間の過ごし方をして来たと思うが、その力の入れ方に相当の差があるように感じ、もっともっと工夫の余地があると反省させられた書物であった。
 最後に本書に書かれてある著者の信条を残そう。

○三かく運動
   ”汗をかけ 、 恥をかけ 、 ものを書け”

○快楽的老境を保つ五つのカギ 「カキクケコ」

  • 「カ」は感動すること
  • 「キ」は興味を抱くこと
  • 「ク」とは工夫のこと
  • 「ケ」は健康のこと
  • 「コ」は恋、あるいは恋心のこと

○生き甲斐とは笑顔のことなり 「アイウエオ」(本書エピローグより) 

  • 「ア」は遊び
  • 「イ」は生き甲斐
  • 「ウ」は運動
  • 「エ」は笑顔
  • 「オ」は美味しい=料理

どれも含蓄のあるフレーズである。



2009年5月25日月曜日

ガソリン価格

 イギリスの47歳の歌姫スーザン・ボイルのことを、当ブログでも4月26日と5月2日に記したが、今日、カナダde日本語さんのブログで、準決勝の模様を伝えるNothing Ventured, Nothing Gained.さんの記事が照会されていた。

 そこで早速アクセスしてみた。 スーザンは、バーバラ・ストライサンドやサラ・ブライトマンなど多くの女性歌手が歌っているメモリーを歌っている。 はじめは音程の狂いもあったが、あがっていたのであろう胸に手を置き、心を落ち着かせてからは期待通りの歌い方をしていた。 詳しい状況は上記サイトを参照されたい。

 一位の決定は視聴者による電話投票によるそうだが、その架電がチャリティーとして寄付されるとのこと。 「似非」という言葉が見え隠れする日本の慈善事業と比べると実に成熟した社会だと、ある種の羨ましさを感じてしまう。

 


gogo.gs

 さて、当ブログのトップページ最下段にガソリンの平均価格を示すブログパーツを貼り付けてある。 昨年1リッターあたり200円を越える勢いであった価格は、最近ではハイオク130円レギュラー120円前後で推移しているようだが、市中のみならず高速道路のサービスエリアでも販売価格は随分と異なるので、事前調査の上で給油した方が不況時代にあって得策である。
 信濃町にもいくつかガソリンスタンドはあるが、先週まではハイオク130円レギュラー119円で総じて高いので、出かけた時に安売りスタンドを見つけるようにしている。 以前は豊野の国道脇や立ヶ花で給油していたが、価格の差は2円ほどとあまりに小さい。 中野市内や飯山市内でも同様のうえ、この周辺は信濃町の山林に産廃処理施設を計画している高見澤が経営しているスタンドが数多くあるので避けるようにしている。

 先月下旬からたびたび利用していたスタンドは、浅川のループ橋へ分かれる交差点脇にある所である。 先週でハイオク125円、連休前は確か121円とか118円であったと記憶している。
 仁の倉線で、牟礼の横亭で野菜を見て、ガソリンを入れ、ツルヤなど若槻道路周辺で買い物をする。 帰りは北国街道を利用するわけだが、途中に野菜や果物売り場があるので市場調査が出来ることになる。 往復40kmのガソリン消費はあるが、良い買い物が出来て安い給油ができればそれに越したものはない。 町内経済の活性化のためには地元商店を利用すべきであろうが、値段・品質ともに著しい差があると消費者としては難しい選択となってしまう。



2009年5月15日金曜日

火災警報器の設置

満開の上溝桜

住宅用火災警報器の設置

 日中、窓際の温度は30度近くにもなったが、夜9時過ぎの外の温度は8度。 先ほど用事で黒姫駅へ行ってきたが車の温度計は5度を示していた。 我が家に近い田んぼにも水が注がれ田植えの準備が始まったが、この時期は特に冷えを感じるとよく仰る方がいる。 当分、暖房器具が片付けられないようだ。

 さて、個人住宅にも火災警報器の設置が義務付けられたとたびたび聞いていたが、我が家では喫煙の習慣はなく、また火種になるような器具もないので、あまり関心を持っていなかった。 未設置でも特に罰則はないようだし、1台5~6千円するものを3~4台購入するだけで物入りになってしまう。
 所が、先日ガス器具の点検に来た営業に勧められ、万一火災を発生させた場合に保険金の給付率に影響すると説明された。 そして値段を聞くと、地域に配布された斡旋や町内の量販店の価格より断然安いのであった。 しかも取り付け工事(天井に据え付けるだけだが)もやってくれるのであった。 加え、電池の寿命は10年だとのこと。

 常住場所では、既にセキュリティーシステムを導入しており、本対応は不要なのだが、オンラインのセンサーが効きすぎて困る時がある。 我が家では煮炊きする時に日本酒やみりんをよく使うのだが、そのアルコールを含んだ蒸気で煙検知器が作動してしまうのである。 その度に監視センターから確認の電話が入るわけだが、万一火災の場合の急報システムが出来ているので一応は安心できている。 今回設置した警報機はオフラインなので万一の場合の消防への連絡はできないが、居住者の生命を守るという観点での効果はありそうだ。



2009年4月22日水曜日

生活ゴミの収集方法が変わった

 野尻・赤川地区に計画されている産廃処理施設の行方がどうなったのか分からないのだが、計画している高見澤という会社が大手ゼネコンを巻き込んで計画を練り直しているという噂を聞くなど、未だ混沌とした状況が続いているようだ。 新潟県側の市町村を含め、お膝元である信濃町役場も当然のこと、住民の生活や健康保全のためにさらなる反対の強い意思表明を行ってくれることを願う。

 さて、産業廃棄物といった大ゴミではないが、信濃町内の生活ゴミの収集方法が今月から変わった。 今まではビン缶やダンボール類以外は可燃ごみとして扱われていたが、今月からは包装用プラスティック材が分別され、別途月2回の収集となった。
 そして、収集処理費用を含めた専用のゴミ袋を使用することになり、スーパーなどでゴミ袋を買う場合は、1袋15円(15Lの場合)+本体費用で、20枚入りを410円、30Lの場合は820円で買うようになった。 これまでも可燃ごみの処理は有料(事前申込制)であったが、殆ど申請せずにゴミを出す人が多かったのであろう、専用袋の購入価格に処理費用を上乗せした形となった。

 加え包装用プラスティックは、やはりこれも専用袋に入れて2週間ごとの指定日に出すことになった。 しかし、発泡スチロールやペットボトルなどはプラスティック類ではなく別の収集日が割り当てられている。 このほかアルミの日、スチールの日、無色のビンの日、茶色のビンの日、その他色のビンの日、古紙の日などと細かく分かれており、結構難しい。
 処理費用やリサイクルの観点から、ある程度の分別収集はやむをえないと思うが、分別判断を住民個々に指示すると逆に生活ゴミ廃棄に統一が図られないのではないかと危惧する。 面倒がって山や谷に捨てるような人も出てくるのではないかと思ってしまうのである。



2009年1月11日日曜日

可燃ゴミの有料化とプラスティックの分別

 信濃町で生活している間に発生するゴミについては、生ゴミは畑のコンポストに入れ、紙類はかつてはブロックで作った焼却炉で燃やしていた。 プラスティック類は可燃ごみとして町の収集に依頼し、ビン缶類は収集日に重なることがなく主住場所へ戻る際に持って来ていた。 しかし、そのうちダイオキシン等の発生が問題となって、畑の籾などの焼却を除いて一切の焼却処理が禁止されるようになった。 大型ゴミは枡形へ持ち込んだり、電気製品は電気屋さんに引き取りに来てもらったこともある。
 また、町の生ゴミ収集に対しては、年度初4月に町へ申し入れし料金を払うことになっていたが、実際には手続きを踏まずに可燃物と一緒に収集場所に置かれることが多かったようだ。

可燃ごみ有料化

 そこで、来る4月からはじまる新制度では、可燃ごみの有料化とプラスティックゴミの分別が2本柱となっている。 従来から専用収集袋はスーパーで販売していたが、4月からは焼却手数料1枚30円(30L袋)が加わった新しい袋を使用しなければならない。 加え、プラスティックは分別し、別途指定された日に収集場所に出すとのこと。

プラスティック分別

 ゴミ処理事業に対する町の財政負担を考えた時、受益者負担になるのは止むを得ないし、リサイクルに向けた分別意識も大事である。 ただ総じて言えることは収集日が少ない。 可燃ごみの収集は現在は週に3回であるものの、プラスティックは月2回となるらしい。 プラスティックゴミは家庭から出るゴミの中で一番多いし、発泡スチール箱のように場所を取るものもある。 うっかり収集日を逃すと1月分丸々溜まってしまうことになる。 毎週であれば万一1回逃しても2週分の堆積量となる。 都心と比べ家の周囲にゴミを一時保管する場所があるとはいえ、片付かずに溜まる一方では精神的にも良くない。 4月の実際の施行では再考されていることを願いたい。
 なお、新しい制度については、信濃町役場のHPに掲載されている広報誌「しなの」の12月号から順次説明記事がある。

 因みに、常住場所での週間のゴミ収集は、生ごみ2日(回)、プラスティック1日、ビン缶+ペットボトル1日、ダンボール+再生利用紙1日となっており、夏場の7・8月のみ生ゴミの収集が1日増える。 信濃町の場合、ビンの色により収集日が異なり、しかもビン缶は月1回程度で、これも回数としては少ないように思う。

 以前、象の径を歩いた時、投棄された家庭ゴミを見たことがあるが、鳥居川や沢などにもビン缶がよく捨てられている。 町内の人なのか町外の人の所作なのかは分からないが、収集の仕組みを簡便にし、住民が認容できるような廃棄方法を施さないと、面倒がって山林に不法投棄する例はこれからも起こることになってしまう。 



2008年9月27日土曜日

日本人の死に時

日本人の死に時

 今朝起きた時少し涼しいなと思って、黒姫は如何と我が家の温度記録を見たら8度となっていた。 もっと山に入れば5度とか6度になっているのかもしれない。 いよいよコタツが話せない時期になった。
 来月18日には信濃町観光協会の黒姫山登山会が開かれるようだが、その頃にはもっと気温が下がることでしょう。
 そろそろ紅葉の便りがちらほらと伝わって来ると思うのだが、今年はカツラマルカイガラムシの大発生でみずならの木が立ち枯れているらしい。

 さて、久坂部羊著「日本人の死に時」という本を読んだ。 副題が、「そんな長生きしたいですか」。 何とも、ズキリと心臓に突き刺さってくるようなタイトルである。 著者のプロフィールを残そう。

久坂部羊(くさかべ よう)
医師・作家。 1955年、大阪府生まれ。 大阪大学医学部卒業。
2003年、小説「廃用身」でデビュー。 第二作「破裂」が「平成版『白い巨塔』」と絶賛され、十万部を超えるベストセラーとなる。
他の小説作品に「無痛」がある。
小説外の作品として、「大学病院のウラは墓場」がある。

 デイケア施設などで働く医療現場にいて感じられた、老人や家族などの介護者、介護施設で働く人々、医療従事者達の、それぞれの気持ちを推し量り、終末医療と同時に「死」の意味を考えさせるものであった。
 先日産廃記事の中でふれたアルフォンス・デーケンさんが説く「死生観」にも通じる内容であろう。
 人間はやがて死ぬもの。 それは今日かもしれないし10年後かもしれない。 その時は交通事故のように突如としてやって来るかもしれないし、あるいはガンなどのように多少の余裕時間があるかもしれない。 どちらにしても、その時にどういう振る舞いが出来るか問われているわけだ。 そのための事前準備、助走距離が必要だということを教えてくれている。
 そして薬浸けの延命治療が、いかに患者の尊厳を貶めているというこである。 死に際に、”頑張れ”などという月並みな言葉をかけるより、「一緒に暮らせて良かった」などと本人の人生を讃える言葉の方が余程本人のためだという。 死が宣告されても、最後まで残っている五感は視覚や聴覚らしい。 患者のベッドの脇で家族の揉め事や財産分与などの話は決してあってはならない。
 万人に一読を勧めたい。

第一章 長生きは苦しいらしい
老人の「死にたい願望」/初体験としての長生き/リアル長生きシミュレーション/「年寄りをいじめんといてくれ」と叫び/たとえ元気に老いても/バラ色情報の罠

第二章 現代の「不老不死」考
アンチエイジングの流れ/冷凍保存でよみがえる日を待つ/アメリカの不老不死/「アンチエイジング」という市場/底なし沼の「抗加齢ドック」/欲望肯定主義の陥穽 ←注:かんせい、落とし穴)

第三章 長寿の危険に備えていますか
簡単に死ねない時代/長寿の危険は高まっている/虐待の危険/孤独と憤懣の危険/自殺の危険/マスコミに踊らされる危険/オムツはずしの危険

第四章 老後に安住の地はあるのか
グループホーム殺害事件/「認知症介護の切り札」というウソ/触れ込みはパラダイス/あまりに高額な有料老人ホーム/ホームの都合で医師を替えることも/収益のためなら入院も拒否/だから安住の地はない

第五章 敬老精神の復活は可能か
老人が快適に暮らすために必要なもの/敬老精神が衰退した理由/老人の側にも原因が/それでも立派な老人がいる/どういう老人が尊敬されるか/老いていく楽しみを発見!/老人は弱るkらこそ知恵をつける/”老人”より”満足力”

第六章 健康な老人にも必要な安楽死
立派な老人にも悩みが/「あんたなんか死ねない」という意地悪/片手落ちの「PPK(ピンピンコロリ)」/日本の安楽死土壌/「表の安楽死「裏の安楽死」/オランダの安楽死事情/死んだほうがいいという状況/安楽死すべきかせざるべきか

第七章 死をサポートする医療へ
むかしはみんな家で安楽死していた/市を支える医療とは/江戸時代のような看取り/失敗例/早い! いまい! 安い!/モルヒネ不使用の悪循環/求められる”死の側に立つ医師”

第八章 死に時のすすめ
がんを受け入れて死んだ医師/死の達人・富士正晴氏の場合/死を拒否する人の苦しみ/現代のメメント・モリ ←注:死を想え(ラテン語)/病院へ行かないという選択/寿命を大切にするということ/死に時のすすめ

裏表紙から

 何歳まで生きれば”ほどほどに”生きたことになるのか? 長寿をもてはやし抗加齢に踊る一方で、日本人は平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。 多くの人にとって長生きは苦しい。 人の寿命は不公平である。 だが「寿命を大切に生きる」ことは単なる長寿とはちがうはずだ。 どうすれば満足な死を得られるか。 元気なうちにさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。 現役医師による”死に時”のすすめ。

今日の暦から : 無茶食いは身を滅ぼす



2008年9月25日木曜日

餓死迫る日本

餓死迫る日本

 先月、学習研究社から出版された「餓死迫る日本」という本を読んだ。
 著者は、東京・国立市であすか会教育会研究所を開かれている小池松次さん。 本書はまず、日本のエネルギー自給率の問題から論旨の展開を行っている。 原油国からの輸送分、備蓄分を含めても日本には半年分の原油しかないらしい。 しかも備蓄基地は全国に6ヶ所、民間の借り上げタンクが17ヶ所あるというが、災害など緊急時に備蓄分をスムースに精製工場に搬送できるか疑わしい。 石油製品の生産停止は、ただちにあらゆる産業で生産活動が出来なくなるわけだ。

 そして、日本の食糧事情を見た時、政府は食糧自給率37%と発表しているが、著者は石油に頼る部分を除くと1%にも満たないと、次のような説明から色々な形で説いている。

 平成十八年度版の農林水産省「食料需給表」によれば、日本の米の自給率は94%となっています。 そのほかにも小麦の13%、大豆の5%以外の食べ物なら、なんとなく半分くらいは自給できているように思われる数字が並んでいます。

 これが本当なら、これほどけっこうなことはありません。 しかし、ここに掲げられた数字は、農機具や漁船の燃料、チッソ、カリ(カリウム)の三大要素を含む肥料、除草剤、農薬など、日本がほぼ100%輸入に頼っている石油と、やはり100%輸入の原材料および石油を必要とする産業なしでは、成立することさえ困難な農漁業の収穫・漁獲量をベースにして、これらの現実をまったく無視して弾き出したものなのです。

 このよう書き、Xデーには日本人の殆どが餓死する可能性があると、詳細に調べた資料あげて、分かり易く説明されている。 行政に国民を守る力がないとか、政府のプロパガンダでしかないNHKに対し、かなり批判的な意見をお持ちのようで、それらも含め実に優れた内容になっていると思う。 そして著者は最後に、家庭菜園でも出来る、ケールとサツマイモの生産で自己防衛を図るよう呼びかけている。

 ケールは西欧では雑草のようなものらしく、キャベツの類らしいが栄養素の点からも優れている野菜だとのこと。 そういえば2年前、スペインのガルシア地方で、ケールの美味しいスープを食べ、畑に長く延びていたケールを見た記憶がある。 葉っぱをもぎ取って食し、茎は硬くなってどんどん延びて、最後には花が咲いて種を取るらしい。 茎は燃料にもなるとのこと。 先に茹でてから油炒めしたものを食べてみたが、美味しいものではないものの青臭さはなく食べられた。 青汁の元にもなっているらしい。

 早速、そのケールを戴いてきて、狭いに庭に植えてみた。 結構アブラムシがたかるようだが、薬品は使いたくないので、虫取りを丹念にする必要がありそうだ。

目次
 まえがき - 困るのは輸出できな中国でなく、輸入できない日本
 第1章 船と石油が止まる日
 第2章 日本の農業と食料の悲惨な現実
 第3章 歴史に刻まれた飢餓の記憶
 第4章 米作り農家にも迫る餓死の恐怖
 第5章 戦後食料難体験からの教訓
 第6章 日本人が生き残るためには?
 第7章 一億総餓死回避への提言
 あとがき - 一蓮托生で餓死しないために

 本書の帯には、西尾幹二が推薦のことばを書いている。 西尾は、「新しい歴史教科書を作る会」の会長を務めた御仁で、西部邁や藤岡信勝らと共に、偏狭的な思想で今の国政におもねる人物である。 かかる人物が推薦のことばを書いているということは、著者自身もその流れにあるのであろう。 本屋の店頭であったら決して買わなかったが、ある会合で著者のお話をうかがったので購入したのであった。 石油や食料の安全保障という非常に大切な事柄がたくさん書かれている本書なのに、その点がどうしても心に引っかかてしまうのが残念だった。

 著者がケーブルテレビの番組で話されたビデオが掲載されていた。

今日の暦から : 早起きは気分爽快



2008年1月22日火曜日

昔の教会跡を訪ねた

今日の暦から : 睡眠こそ最高の健康法


旧教会跡

 信濃村伝道所宣教五十周年という記事を以前書いたことがあるが、町立信越病院入口前にある設立50周年を越えた信濃村伝道所が建つ前には、古間に集会所というか教会のような建物があったと記されていた。 その場所がどこかと常々思っていたのだが、数日前にその場所を教えていただき、今日そこを訪ねて来た。
 その建物には以前は十字架があったそうだが今はなく、古びた民家で空家になっている様子。 国道がなかった頃は古間商店街(旧国道)から入った丘を見上げるような場所であったと思われた。
 ちょうど、近隣に住む縁戚の方が除雪に来られており挨拶することができ、雪のない時期であれば宅内にも案内していただけるとのことであった。
 現在の教会建設にかかわったヴォーリズさんは野尻湖畔に建設事務所を持っていたとか、洞爺丸事故で亡くなられたストーンさんも多大な功績を信濃町に残されており、その原点がこの教会跡ではなかったかと思われた。 現在の信濃町にとっても貴重な財産ではないかと考えられるわけで、ただ単に個人の所有物として放置されているのは非常に残念でならない思いがした。


下原一番酒

 その後、買い物がてら知人に頼まれた雪中梅を求めに黒姫駅前の萬屋酒店さんへ行った。 用件を済ませてから店頭に飾ってある能書きのことを聞いたら、大信州酒造の「下原一番酒」だとのこと。 奥さんの薦めでこれも買ってみた。
 帰宅してから早速開けてみると、何ともいえない良い香りがし、喉にふくむとワインではないかと思えるほど優しい味なのであった。 食前酒として味わうのにうってつけではないかと思われた。
 今回のは一番酒だが、これからは二番が味わえるらしい。 味の違いをみてみたい気がした。












朝方の黒姫朝方の戸隠古間支館
お寺の門前にて近夕方の戸隠方面夕方の飯綱山方面



2008年1月21日月曜日

しょいのみを作る

今日の暦から : いろいろ食べて生活習慣病予防

  今日も、小雪が舞ったり弱い日差しが出たりの、殆ど曇った天気でしたが、気温は少し和らいだようです。

 週明けの株式市場はさらに下がり、昨年来の安値を更新したとのこと。 株価の数字だけを追って投資している方々は大変な一日だったでしょうが、そういう事とは距離を置いている身にとっては、余所の世界の話のようにも聞こえて来ます。


 さて、昨晩は、戦前から続く湖畔の別荘地の管理をされている方から食事に呼ばれた。 別荘地は海外からの住人も多く、その知己の一遍をうかがったり、少ないながらも我々の知り合いのことを話したり、また、A.R.ストーンさんのことを書かれた「海のレクイエム」という書籍を紹介して下さりお借りすることもできて、楽しいひと時を過ごすことができた。
 一定の思考(価値)基準を持つ方との会話は、お互いに思いを共有することができて充実感がある。 十数年来黒姫にいて今までとは異なった新しい関わりになりそうだとも思えた。

 写真は、しょいのみ(醤油の実)。 麹とかもろみと云われるもので、醤油や味噌の大元と考えればいいでしょう。 これに昆布などを加えて食卓の一品になるのですが、気温の低い乾燥した当地で作るのは、家内にとっては初めてだそうです。

2008年1月20日日曜日

深々と冷えています

今日の暦から : 頭を使って気は使わない

今朝7時の黒姫山

 いつも記事の冒頭に、「今日の暦から」という短文を載せているが、これは地元農協であるJAながのから配布されたカレンダーから転記したものである。 日々、肝に銘ずるべきだと思うような語句もあって、昨年からここに載せている。 通して見ていると、同じ語句が繰り返されたり、年が変わっても内容が変わっていないようなのだが、当分は続けて行こうと思っている。

 さて、昨夜から今朝までマイナス10度という気温が続き、窓辺に近づくとどんどん体温を奪われる状況で寒い一日でした。 お昼頃まではどうにか山も見えていたのですが、戸隠方向から雲が張り出して空が白みがかり、天候が下っていくのが分かりました。 明日未明からこちらも雪降りでしょう。 因みに、備え付けの温度計の記録を見たら、ここ数年でマイナス17度というのが最低値のようです。

 そんな寒い中、先ほど家内が宅配物を出しに出かけたら、古間北信号脇にある葬祭場にちょっと気になるお名前があったとのこと。 苗字だけで確たることが分からず、まだまだ始まったばかりのお付き合いでは聞くわけにもいかない。 遠くから手を合わせていることにしよう。
今夕5時の黒姫山


2008年1月18日金曜日

防犯灯を付けた

今日の暦から : 湿度保って風邪予防

 今朝はマイナス10度ほどであったろうか、曇ってはいたが、山々の峰は見えていた。

 そのうち山は雲に隠れてしまったが、雲間から青空がのぞいたり日差しが出たり、はたまた細かな雪が舞い降りて来るという天気であった。

 今日は、壁に取り付けていた外灯の電球が切れ、この際だからと自動センサーで点灯する電灯に交換してみようと、量販店で1980円という一番安いのを買って来た。

 以前、別の所に設置したセンサー付の外灯は、センサーが十分に機能せず、結局住宅メーカーの比較的値段のはるものに取り替えたことがあった。

 昨今、灯油の値上がりで民家に併設されたタンクから灯油を盗んだり、以前は、車庫に止めている車から内装品を盗む輩が出没していることもあって、この外灯が防犯に役立てば安いものだと思う。


2007年3月29日木曜日

閑貞桜と水道漏れ

今日の暦から : 40過ぎたら眼の検査

 先日、町の広報誌「しなの」に、養生のため「今年の閑貞桜は見られない」と掲載されていたので、通りかかった所で様子を見てみた。 樹齢300年以上であろう閑貞桜は、事故に遭った被害者のように、包帯とおぼしき麻袋のような物があちこち貼られ、痛々しさは更に深まった感じであった。
 それでも、わずかに垂れ下がる小枝には小さな蕾がついているようであった。
 境内には、別の若い枝垂桜があるので、時期が来れば、ともども花を愛でることは可能であろう。

閑貞桜


 さて、昨日は家の前の舗装された町道の割れ目から水が出ているのを見つけた。 初めは車が止まって、エアコンに着水した水分が垂れたのであろうと思っていた。 しかし、割れ目をよく見ると、土の中から噴出しているようで、既に雪解け水が流れる時期でもないと、上水道の漏水ではないかと思い役場へ連絡した。
 早速、係りの方が来られて検分し漏水に間違いないと確認された。

 その漏水が他人事のように、その時は思っていたのである。 しかし、夜になって周りが静かになってくると、家のどこかで洗濯機が回っているような、ゴトゴトした低周波音が聞こえて来るのである。 気になって寝れないほどで、水道の凍結を防止する不凍栓を全て閉めることで、とりあえず音は消えた。
 ここ数年、春先になると水周りのトラブルに見舞われているので、今回も宅内の配水管に何かトラブルが起きたのではと、早速工務店に電話した所、すぐに来てくれ、やはり道路の漏水からの振動であると、役場に電話をしてくれた。

 午後から、水道課の方々が来て掘り下げた所、2m近い深さの中で支管が損傷していたとのことで、一件落着した。
 すぐ対応されたというこは、役場も変わりつつあるのだろうが、工務店からの連絡が速やかな解決につながったであろうと思う。 当初、家を建てる時にログにしようとか色々考えたが、寒冷地であることから、結局地元業者へ建設を依頼した結果、それ以降、その方の人柄のおかげで随分と助けられている。
 大仕事の時は足しげく通ってくれる業者の中には、金儲けが終わってしまうと疎遠になる事が多い。 業者の人柄まで見極めるのはなかなか難しいが、この地の家では正解であったと云える。

2007年2月11日日曜日

茅壁と土座

今日の暦から : 笑いが心身を若返らせる


 先日、「小林一茶すまいを語る」という書籍に、一茶のすまい(住宅)観を一茶の句集から伺えるという記載があると記したが、その本の最後の章に、江戸時代の秋山郷の生活を記した鈴木牧之のことが書かれている。
 このブログでも秋山記行というエントリーを残しているが、文政十一年(1828年)9月、鈴木牧之は秋山郷へ足を踏み入れ、室町時代から、あるいはその前からえいえいと続いていた郷の暮らしを記し、天保八年に北越雪譜を刊行している由。


 本書では、その鈴木牧之の足跡を訪ねると同時に、先の大戦後も僅かに見られたという住居の特徴として、茅壁と土座をあげている。
 当時は、茅を縦にそろえ横に竹を通して押さえ壁にした茅壁が一般的で、柱を建てるにあたっては、土台を置くという家もあったらしいが、穴を堀って柱をたて埋めたという堀立柱の家が多かったらしい。
 そして、居間に相当する場所は板の間ではなく、土を山盛りにし叩いて平にした所に藁をしき、さらに莚を敷いた土座であったと、その姿は昭和34年頃まで見られたらしい。


 現在、信濃町で見られる茅葺の家は数少なくなったが、秋山郷とそう遠くない地なので、ひょっとしたら同じような建て方をしていた家があったかもしれない。 そんな文献があれば、昔の信濃町の生活を知る一助にもなろう。
 「小林一茶すまいを語る」の鈴木牧之の頁の一部を残した。

1.鈴木牧之のくだり
2.秋山郷のくだり
3.土間住居のくだり


なお、秋山郷に現存していた山田家住宅は、昭和35年に大阪府豊中市の日本民家集落博物館(サイトのトップは大阪府文化財センター)に移築されている由。 何か機会があったら訪ねてみたい。



2006年11月11日土曜日

南町町営住宅の入居募集

 役場のサイトに、JR古間駅近くの町営共同住宅の募集が掲載されている。
 所得額にもよるが、3LDKの賃料は最高で47千円。 広さだけで比較すると、長野市内で70~90千円、都心周辺だと130千円以上はする物件だと思う。

 町と農村が共存しているような地域なので、田舎暮らしを求めている人にはうってつけの住宅であろう。 入居申込にあたって、住民登録する期限などの制約があるのは仕方ないし、これから農地を借りて農作業中心の生活を考えている人にはたぶん町が紹介もしてくれることであろう。

 我々も、町役場の職員の方の情報で現在の土地を得ることが出来た。 何事も町役場中心に回っていると考える方が順当であろうと思う。

2006年8月21日月曜日

学校は新学期へ

 近隣の学校の夏休みが昨日で終わったようで、今日から新学期だそうだ。 でも、我が家までよく聞こえてくる信濃中学校の始業ベルが今日は聞こえていなかったので、地域によって多少の違いがあるのかもしれない。
 今日は、午前中空の雲行きが怪しくなり雨降りになるかなと思っていたら、昼から日が出てきて30度程の温度になった。 しかし、夕方で24度。 先日35度近くの最高気温になっていたが、もう今日あたりは何か秋の気配を感じる風が吹いている。
 古間のガソリンスタンドの横の空き地にドラッグストアーが出来ると聞いていたが、今日あらためて工事現場を見たら、中島ファミリー薬局と看板が出ていた。 サイトを探したら長野に本拠を置く薬局のようで、ここ10数年で大きく店舗展開しているドラッグストアーだと分かった。
 しかし、こういうふうに大きな資本が来ると、従前からあった町内の薬局は経営が苦しくなるであろう。 売り上げは全て町外に持っていかれ、町に落ちるのはわずかな固定資産税と雇用促進程度だと思う。 こういう店は数年で投下資本を回収できなければ、店をすぐ閉めてしまう。   町内の小規模商店をつぶす恐れのある大店舗誘致は、町にとってそれほど得策でないと思うのだが、町(長)はそこまで考えているのであろうか、やや疑問に思った。

2005年10月12日水曜日

おくらぶち

 書棚を整理していたら、「おくらぶち-一茶の里の暮らしと郷土食」という本を見つけた。
 「おくらぶち」という言葉は、ながの農協刊「信州長水地区の方言・おめたちほうもつかうかえ」によれば、「ろばた」とか「勝手なこと」などを意味するらしい。 用例として、「知りもしんでおくらぶちをたたえてるで」と、少しマイナーな表現が載っているが、「おくらぶち-一茶の里の暮らしと郷土食」の方は、本来の「炉辺」を意味しているようで、お年寄りから伺った郷土の食事や暮らしを伝えている。
 一部 わが家の郷土食
 二部 地域の郷土食
 三部 お年よりが語る行事と行事食
 四部 くらしを語る
という構成でまとめられており、大正時代以降の信濃町の暮らしを知るのにはうってつけであろう。 発刊が昭和63年ということだから、その時に伺ったお年寄りはほとんど存命ではないであろう。 発刊当時は付き合いで買うのかもしれないが、20年30年経つと、このような本の価値が増してくる。