あるメーリングリストから、産廃最終処分場計画がある赤川地区の地質調査を信濃町が実施し、その結果を長野県へ報告したと、その概要が信濃町役場HPに掲載されていることを知らされた。
早速、その2つのPDFを見たのだが、率直な感想として、
これって何? 何のための県庁への報告?
というものであった。 実際の報告内容はもっと詳しいのかもしれないが、「断層があって、地すべりや崩壊が起きやすい」場所というのはこれまでも云われて来たことだろう。 産廃処分場阻止のための調査であれば、住民への健康被害など総合的に行われるべきであり、報告の中に、町の姿勢や意向が何ら入っておらず、そもそも何で今頃になって?など疑問は多く残る。
穿った見方をしてはいけないのだが、産廃に反対する住民から突き上げられた時、「町役場としても努力してきました」というエクスキューズに利用するだけのもののように思えてしまう。 町長自身にも、住民の生活や健康を守るという基本的な姿勢の欠如が感じられる。 それは、昨年12月の信濃町議会議事録を見ても分かる。 その一部をここに残そう。
◆11番(峯村 勉) 是非、お願いします。
その次、この(有)やすらぎの森できちんと協定書ができるということになると、それが㈱高見澤が計画している処分場についても大きな圧力になるかと思います。㈱高見澤は、最終処分場建設申請、昨日のお話では6月25日に計画書を出して、県の方では、そのままでは受け付けなかったということなんですが、その㈱高見澤を何としても阻止していかなければ、これこそ危険な産廃処分場で、信濃町にとっては非常に由々しき問題ということになるかと思います。
この問題について、昨日福澤議員の質問に対する答弁では、私は反対だというふうに、町長は答弁されました。それから、上越地方での反対運動、あるいは、住民の反対運動、ありがたいという言い方もされたわけですが、地方自治の一番の基本は住民の福祉の増進、そして地方自治の一番の基本的な課題から見て、町長が反対の町民の運動の先頭に立つのに躊躇する必要は全然ないと思うのですが、この点について、改めて決意をお伺いしたいと思います。
●議長(関塚賢一郎) 松木町長。
■町長(松木重博) 昨日も申し上げましたし、また昨年の6月の議会からお伝えしてございますように、私は建設には反対だということは申し上げております。ただ役場の対応としましては、私一人の考えをもってどうこうするわけにはいきませんし、住民と接する上で反対派の方、賛成派共に平等に対応しなきゃならないのですが、私が住民の先頭に立って反対活動をどうのこうのと、これはやはりいかがなものかなという思いはしておりますけれども、ただ常々その姿勢は変えてはおりませんので、ご了承していただきたいと思います。
●議長(関塚賢一郎) 峯村勉議員。
◆11番(峯村 勉) 私は反対だが、行政としてはという、町長としてというのと、行政としてというのを分けて考える理由がちょっとわからないのですが、何か町が行なおうという時に、賛成も反対もあるから両方に対応するという姿勢でいいのかどうなのか。それだったら、学校統合建設反対意見もあるから、じゃあ役場は中立、そんなことはあり得ないでしょ。何か施策するにあたって、反対の人にも対応するのが行政って、そういうことになっていくと、行政としては何もできなくなってしまう。
それで、この産廃問題は町民の安心、安定にとって基本的な問題の1つと。だからそこで、行政としても、町長個人としてだけじゃなくて、反対の立場をもうちょっと明確にされていいんじゃないかと思いますが。どうでしょうか。
●議長(関塚賢一郎) 松木町長。
■町長(松木重博) 先程も申しましたように、一貫して産廃の処分場建設には、私は反対してきております。このことは、町民の皆さまにも十分伝わっていることと思っております。ただ、私がこれから進めていかなきゃならないことは、冷静に許可権者である長野県から県条例に基づいた業務も与えられ、偏った行動はできないことから中立と申したわけで、冷静に県に対して反対の根拠を示していくことであると、これは㈱高見澤さんだからということではありません。どこの業者であれ私は反対だと、そういった意味で㈱高見澤さんは、昔から私は個人的なつきあいもあった企業で、知り合いではありますけれども、その㈱高見澤さんであってもこの問題だけは、前にも申し上げましたように、ご遠慮をお願いしたいと申し上げているところでございます。
質問された峰村議員が云われるように、「この産廃問題は町民の安心、安定にとって基本的な問題の1つと。だからそこで、行政としても、町長個人としてだけじゃなくて、反対の立場をもうちょっと明確にされていいんじゃないか」。
実に、松木町長は平等の意味を履き違えているように思う。 行政であろうと、どんな事業であろうと、福利の陰には必ず不利益は生ずるもの。 利益者と不利益者を平等に扱うというのは、一見公平なようで公平ではない。 万一産廃処分場が完成し、その結果住民に健康被害や環境汚染が発生した時、それでも町長は平等に扱ったと釈明するのであろうか。 一旦汚染された地域は未来永劫に残る。 将来の子々孫々に健康被害を与え続けることは、平等を通り越して、それこそ犯罪行為に近いことだとも言える。 そのような認識もない「平等」は見識不足そのものだ。
「㈱高見澤さんは、昔から私は個人的なつきあいもあった企業で、知り合いではあります」という答弁があるということは、明確な態度を取れない事情を町長は吐露しているのか。 9千人余りの町民を統率する資質を持ち合わせておられるのだろうか? と、どうしても疑問符になってしまう。
峯村議員は今期で退任されるとか、来月には信濃町議会議員選挙が予定されている。 一定の個人や地域などの利益や利権に目を奪われるのではなく、信濃町全体の将来を俯瞰するような、見識のある議員が数多く輩出されることを願う。 そして、そのような議員の力で、町役場や町長が「町民の福利に貢献する」という本来の思考が出来るように方向修正をしてほしいものだと思う。 万が一、産廃計画に同意するような議員が増えるようなら、信濃町には限界集落への坂道を転げ落ちるような将来しか残らないであろう。
(追記: 「続・黒姫から」の19日の記事(後段の追伸部分)に、信濃毎日新聞の当該記事の切り抜き(左端部分が少しない)が掲載されている。
この記事を見たほうが、信濃町が長野県へ報告した意図がよく分かるが、それでも町の対応としての弱さは否めない。 同記事の後半に、『町内には、誰もが出すごみ処理を「自分の所は困ります」で良いのだろうか-と建設方針を容認する住民がいる。』というくだりがある。 こういう言い方はこれまでも良く聞くが、これは産廃業者からの土地提供者などへの金銭的な見返りをカモフラージュする言葉そのものであろう。 町内もしくは近隣で発生するゴミであれば、「住民エゴ」と言われても仕方がない。 しかし、産業廃棄物というのは、首都圏などの建設現場や工場などから排出される内容物を検証できないゴミなのである。 上信越道建設現場から排出された埋立物にしたって、環境汚染を発生させる懸念を残したまま、何の解決策もなくネクスコの言いなりで終わりそうだ。 一旦産廃施設が出来れば、どんな廃棄物が運ばれてくるか分からない。 そもそも産廃業者は私企業として利益追求のための産廃施設作りを考えているわけだ。 そんな計画に反意を示すことが「住民エゴ」だというのは、非常に浅はかな思考であり、論理のすり替えであると言える。
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