今日は、東京・南青山へ所要があって出かけたついでに神宮外苑の銀杏並木を観てきた。 絵画館前ではいちょう祭というイベントが開かれていたようで、見物客でごった返していた。 通りの銀杏の葉は殆ど紅葉し、黄色一色の絨毯を踏みながらの散策で、時折強い風が吹くとひらひらと葉が舞い、子供達がきれいな葉を集める姿が見られた。
そして訪ねた所で相伴したケーキは、青山霊園に近い所にあるショコラ・シックのもの。 洋菓子の中には素材を含め質の良くないものが多いが、ここのケーキは上品な味わいで大変美味しい。
信州の北、新潟県との境にある黒姫高原での生活情報を伝えようとホームページ、そしてブログを開設してきましたが、定住がなかなかかなわず、地域情報をあまり集められません。 その他諸々も併せ気ままに記すことにしています。
お知らせ
*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱、ウソ箱ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。
日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。
「公共放送」と名乗っているNHKや態勢迎合の低俗局(フジサンケイや読売)、大手新聞社(朝日・毎日)等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。
*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。
*東京新聞(中日新聞)、日刊現代、信濃毎日新聞、長周新聞などややローカルなメディアから、今の日本をチェックしましょう。
*人と防災未来センター
*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。
*過去に所有したドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄し、当ブログへの転送設定も停止しております。
*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。
*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)
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***掲載した主な画像(写真)の上にカーソルを置きクリックすると拡大されて文字が読みやすくなり、さらにクリックするか当該画像右上のXをクリックすると元のサイズに戻ります***(間もなく参議院議員選挙がはじまります。)
25年デフレが続いている日本で、自公政権は国民の生活を一顧だにせず、消費税に見られるように搾取を続けています。 彼らは与党政治屋や大手企業経営者の栄華が維持されれば良いと思っているのです。 一般市民が現状をよく見定めて、我々の生活の底上げを真面目にしてくれる政治家を選ぶ必要があります。
自民党、公明党に加え、彼らの補完勢力である、維新、国民、参政党などにも騙されてはなりません。 頼りないですが立憲、共産、社民、れいわ新選組の候補者の中から選びましょう。
ご近所から蕗玉をいただいた。 蕗といったら春の山菜と思われるかもしれないが、もう今時分から玉になって育ちつつあるのである。 ただ雪に晒されていない分苦味は大変強い。 だからこそ野趣溢れる味が楽しめるわけだ。 ただ、枯れ草の下に隠れている玉を探すのは容易でない。
今日は昼から雨が上がって青空が見え出したので、この一瞬だと、野尻湖を周遊してみようと、たぶん今年最後のバイク乗りをしてきた。 先ず、象の径から走り出したが、湖畔の木々の葉が落ちてしまっているので、黒姫や妙高の眺望は良い。 また、西にかたむく太陽の日差しが当たり、すでに峠を越えた湖畔の紅葉も何気に輝いていた。
ただ3時過ぎると日差しは弱くなり、気温もどんどん下がって、ハンドルを握っている指先が冷たくなって来た。 湖畔のレストランや船乗り場はすでに休みに入っているようで閑散とし、また国際村の外人別荘も雪除けがされ、ほとんど住人はいないようであった。
今日の暦から : ビタミンCは芋類に豊富
今日は、信濃町産廃対策住民の会が主催した町内ごみ問題見学ツアー(産廃ツアー)に参加させていただいた。 町内には、野尻赤川地区への産廃処理施設計画以外にも、不法投棄らしいゴミや、一見ゴミだが持ち主は有価物だと主張する置き場など、ゴミにまつわる場所が種々あるようだ。
その中で現在問題としてしばしば上げられる2ヶ所を見学した。 一つは矢保利の館隣接地、もう一つは㈱高見澤が計画を進めている赤川地区であった。
矢保利の館隣接地は、上信越道の2車線化工事(豊野・信濃町間のトンネル工事)で排出された土砂や岩石を深さ40mほどの沢に埋めたものであった。 運動グランドなどの造成ができると町役場が受け入れを認めたもののようで、埋め立てそのものには違法性がないのだが、土砂の中にファイバーを含んだコンクリート片が含まれていたことが判明し問題になった。 ネクスコの現場所長からは町との契約に基づき工事を行って来たと、工事の概要を説明していた。 大きな作業は既に終えているようで、今日は芝生の種苗と肥料を混ぜ合わせた青い水をホースで撒く作業を行っていた。 町はスポーツ合宿などへの活用を皮算用しているようだが、実際にグランドとして使うためには更に手を入れ、経年変化による修理などの維持管理も必要となる。 将来へのお荷物になりはしないか気になる所である。
工事箇所の突端には、高さ40mほどの大きな則面があり、その急坂を下ると工事の大きさがよく分かる。 則面の下部には水抜き用の土管があり、そこから湧き出る水は池尻川へと流れている。 しばらく谷間の道を進むとやがて東北電力池尻川発電所へと出た。 ここは池尻川の水流による発電以外に、関川から水をくみ上げ、さらに野尻湖へと送る役割を担っているらしく、池尻川の(ファイバーを含んだ)水流がこれに混って野尻湖へ流入する可能性があるとのこと。 ただ度合いとしては少ないらしい。
次に訪ねたのが㈱高見澤が産廃処分場を計画しているという赤川地区という場所である。 標高700m位の場所で新潟県側の杉の沢の集落が木々の間に、また視線を落とすと関川がよく見え、その横に信濃町の枡形処分場があるのも確認できた。 地震などが起きれば産廃物が眼下の関川方向に崩れ落ちることも、処分場に沁み込んだ水が妙高高原町に流れることも容易に考えられる場所だと分かった。 また、北や北西からの冬場の風は信濃町の山桑地区へと吹くので、産廃施設から排出したダイオキシンなどの有害物質が居住地区へ飛来する心配がある。 計画地区には水質検査であろうかボーリングの跡のようなパイプが差してある所が散見された。
参加者の中に齢90を越えた元気な方がおられ山道も難なく歩かれていた。 信濃町にもしっかりした気骨を持つ方が居られるのが分かっただけでも本ツアー参加の意義があった。 来春、雪がとけた時期に再びツアーを計画したいと係りの方が仰っていた。
今日の暦から : 合わない眼鏡は有害
今日は、信越線開業120周年記念のSL・DL信越号の最後の営業(運行)日であった。 早朝はかろうじて雲が切れていたが間もなくどんよりとした空になってしまった。 次回SLが黒姫に来るのは何年後であろうか? 5~6年後の北陸新幹線の全面開通に伴い信越線の営業存続は風前のともし火状態らしいのだが、今回のようなイベントが廃止のエクスキューズにならないことを祈りたい。 さて、試運転4日間+営業運転3日間のうち、中4日間D51とDD16を撮り続けたので、今日は天気が良くないこともあって、信濃町を離れ上田の無言館へと向かった。
無言館へはこれまでも何回か訪ねているが、去る9月に第二展示館が出来て、まだ見ていなかったので今回訪ねたものであった。 作品を見て何気に自画像が目立つように思われたが、戦地へ赴く画学生の「もし内地へ帰れなかったら」という心境の現れではなかったかと感じ入るものがあった。 駐車場はほぼ満杯で、無言館への一般の関心が強いことがうかがえたが、入場料の支払い方が従前と同じように鷹揚な方式であった。 入場者の心を信ずるという窪島さんの一徹がいまだ生き続けているように思われた。
展示館前に立てられたモニュメントには絵筆が組み込まれているのだが、右上部に赤いペンキが付いていた。 また嫌がらせの悪戯ではないかと、数年前に無言館前の慰霊碑に赤ペンキがかけられたという事件を思い出したのだが、多様な考えの人が居ることを忘れないために、このようなモニュメントにしたと裏面に説明書きがあった。
もう紅葉も終わって前山寺の庭も寂しいものであったが、樹齢700年のケヤキの木や胡桃餅だけは忘れなかった。
午後からは須坂へ戻って上信越道インター近くの浄運寺へ向かった。 2時から行われる青山俊董師の講演「出会いは人生の宝」を聴くためであったが、駐車場がほぼ満杯に驚き本堂へ行くと、檀家法要が午前中からあって、それが終わってから講演があるとのことであった。 最後のお経の中で供養者の名前が上げられたのだが、「中野孝次」さんのお名前がはっきりと聞こえて来ていた。
本堂に入ると檀家の人達であろう8分ほど畳敷きが埋め尽くされており、わずかに残った空間に腰を下ろしたが、身動きできないほど一杯になっていた。
青山師は76歳ほどであろうか、にこやかな表情をされ、非常に平易な言葉遣いでわかり易く、人間の生き方を説かれていた。 まず自らアンテナを立てて自分で感じ考えることが必要だという話から始まって、最後には、喧嘩しそうになったり愚痴を言いそうになった時は、まず合掌から始めたらいいと仰っていた。 1時間半の間に大事なフレーズをいくつも話されていたが、その要旨をまとめていつかここに残そうと思う。 家内が著作を数冊購入したので読みたい。
今日の暦から : 食事は常に規則正しく
本ブログシステムで利用させていただいている小粋空間のテンプレートが何回か更改されていたため、思い切って今回最新のものに入れ替えてみた。 あわせMovableType4.21-jaを4.22-jaに代え、さらにアーカイブファイルの保存フォルダなども変更した。
追加したウィジェットなど一部不具合があって従前通りの表示ができておらず、片肺飛行のような感じだが、ゆくゆく解決していくこととしそのまま運用することにした。
そのためリンクがつながらないなど不備があるかもしれないがご容赦願いたい。
夜中、山には雪が降ったのであろう、夜明けの日に映える黒姫山が綺麗であった。
SL運転2日目の今日もカメラを持って出かけたが、思う所はどこも人の山で、その山を避けようとするとなかなか良い場所が見つからない。 黒姫駅のホームには溢れるばかりの人がD51に群がっていたが、停車時間は20~30分ほどで、あの混雑ではまともに記念撮影も撮れなかったであろう。 黒姫駅前の東口から民謡か歌謡曲のような音楽が聞こえていたので催し物があったのであろう。 昨日、売店を見ていたので、そこは割愛し天望館へ。 その帰りに野尻へ回ったが、野尻の一里塚でも催し物があったものの停まっている車は少なく、何気に通過してしまった。
さて、SL・DL信越号のイベントは明日一日のみとなったが、当方は所要があって朝から出かけなければならず、SL騒ぎは今日で終わった。
今日の暦から : 感謝をこめてタップリ休養
昨夕から降り出した霙は湿った雪になって今朝まで降っていたようで、夜中中屋根からぽたぽたと雪が落ちている音が聞こえていた。 そんな天気もまもなく晴れて、SL・DL信越号の営業運転初日にふさわしい青空になった。
今朝は、戸草へ出かけてみたが、狭い道の片側には車が停まり、撮影ポイントには三脚をたてたりカメラをかかえているカメラマンが鈴なりであった。 また、普段は数人の乗降客しかいない古間駅にも大変な人数。 列車が通過すると次の撮影ポイントへ移動する姿があちこちで見られ北信五岳道路の交差点は一時渋滞発生。
黒姫駅前の広場にはテントが張られ数々の売店があったが、列車に乗って来た人達はそのまま長野へ帰ってしまうのか、お客さんより売り子など関係者の姿が目立っていた。 権現太鼓の音も何気にさびしかった。
今日の暦から : 黒豆は肥満防止の助っ人
雪景色をD51ばく進 信越線長野-黒姫 沿線にファン
11月22日(土)信毎Webより
雪景色の中、煙を上げながら走る蒸気機関車D51=22日午前9時55分、信濃町
JR信越線軽井沢-関山間の開業120周年を記念した蒸気機関車(SL)D51(愛称デゴイチ)の運行が22日、長野-黒姫間で始まった。SLが信越線で営業運転をするのは1996年以来12年ぶり。沿線には大勢の人が集まり、煙を上げて走る姿にカメラを向けた。
JR長野駅では午前8時20分から出発式。ホームには乗客約500人のほか、カメラやビデオを手にした鉄道ファンが大勢押しかけた。D51は「ブォー」と約20秒にわたり汽笛を鳴らした後、午前8時50分、約30キロ先の黒姫駅(上水内郡信濃町)に向けて出発した。
仙台市から駆けつけた会社員、大山豊さん(43)は「いつ見ても迫力がある。きょう1日追いかけます」と話していた。家族で乗車する長野市中御所の会社員、小林亮司さん(34)は「初めて乗るので興奮している。家族のいい思い出になる」。同市西三才の女性(60)は「SLが走っていた昔のことを思い出します」と懐かしんでいた。
D51の運行はJR東日本長野支社が企画。24日まで。全席指定で乗車券は完売している。