お知らせ

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八木下重義ー地震予兆研究センター

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2011年8月25日木曜日

スティーブ・ジョブスが一線を退いた

(8/26追記)ニュース記事から

ジョブズCEO退任、アップル担う後任の手腕いかに(WSJ)

ジョブズ氏退任に思うことーアップルは2013年をどう乗り切るか(D PC User)

(追記終わり)

 米アップルのCEOであるスティーブ・ジョブスが退任し会長になるとニュースが流れた。

 ○カリスマ退任は「歴史的な転換点」

 ○米アップル:ジョブズ氏の手紙「その日が来てしまった」

 マイクロソフトの創始者であるビル・ゲイツはMS-DOSからWindowsへと、パソコンOS時代を担った寵児として順風満帆なパソコン世界を歩んできていたように思う。 しかし、それに反しスティーブは非常にドラスティックというか劇的な数々の場面を経て、アップル(アップル・コンピュータ)を現在の大会社にしたてあげた。

 「歴史は必然による」という言葉が実に当たっていると思うのが、このスティーブの半生であると感じる。 MacのOSであるOS Xが生まれる下地となったのは、スティーブがアップルを去ることになったぺプシーコーラから呼んだジョン・スカリーとの不仲であったわけで、アップルを出たスティーブが考案したのがNextコンピュータであった。 Nextの真っ黒な筐体には私のようなものにも垂涎の的であった。 スティーブがアップル・コンピュータに戻らなければ、Next OSをベースとしたMacの現在のOS(OSX)は生まれていなかったわけだ。

 私が初めてアップルコンピュータの存在を知ったのは、秋葉原で見たApple II。 大変高価なもので手も足も出ず、ラジオデパートの地下にあった本多通商には、セカンドソースというのか台湾製のApple IIが並んでいたように記憶している。 それでも買えるような値段ではなく、当時広まりつつあったNECのTK-80というワンボード・コンピュータを主に遊んでいた。

MacPeople 2011/9号より
Apple II

 当時、ソフトウエアのレンタルをしていたソフマップにも通ったし、Apple IIcの紛い品を扱っている店にも随分と通った。 以後著作権の問題でレンタル業はなくなり、台湾製の紛い品も警察の手入れを受けるなどして消えてしまった。

 私がアップルコンピュータを購入したのは、Macintosh IIという最初のカラー表示のパソコンであった。 それも大変高価なパソコンであったと記憶し、当時はキャノン販売が代理店となっていた。 その熱が昂じて、シンガポールでアップルがアジアで初めて開催したフェア MacWorldに休みを取ってわざわざ出かけたものでした。

MacWorld

 今、手元にあるのは、Apple IIc , Powerbook100 , Macintosh SE , Macintosh Classic 、その後数台手元から離れて iBook そしてPowerBookPro。 この間にNECのPCシリーズやWindowsマシンが色々入っていましたので、パソコンへの投資額としてはバカにならない数字となっています。

 現在は、Macを中心に、ウインドウズマシンも脇に置いて使っていますが、やはりドラスティックな半生を過ごしパソコン時代を駆け抜けてきたスティーブにはそれなりの想いを捨てることが出来ません。 肝移植の報を知り、早晩現役を退くのではと思っていましたが、とうとうそういう日が来たということになりました。 スティーブの退任報道に、米アップルの株価は下がったということですので、まだまだスティーブの存在は大きいと米国民が認めている証左なのでしょう。

 ゲイツやスティーブが築き上げたスモールコンピュータ時代が終焉し、TwitterやFaceBook またGoogle、あるいはそれらを越えた新しいIT時代がやって来るのかもしれません。 そう思うと何かワクワクするような気分にもなり、老域を自認することなく、この世界にまだまだ関わって行きたいという思いを強くしています。

TK-80


2 件のコメント:

KI さんのコメント...

はんぐろ様
おはようございます。
今回の下の写真はTK-80の自作製作品ですか?
私はパナファコムの16ビットワンボードマイコンを作ったことがあるのですが、もう捨ててしまいました。
この後PC-8801でしたかNEC独自OSのパソコンが出てきたと思います。当時いろいろなメーカーのマイコンが出てきて面白方時代です。
大変懐かしく思います。

はんぐろ さんのコメント...

kiさん、いつもお訪ねいただき有難うございます。
そうなんです。 TK-80に続いてNECから販売されたBSボードを抱き合わせにしてアルミケースに収めたのでした。 これで16進数を学び、I/OやASCII誌に掲載されたソフトウェア(16進数)入力で、テンキーやフルキーのブラインドタッチを覚えました。 Z80や6502のワンボードを作ったことがありました。
もう今は出来ませんが、レンタルで借りたソフトをコピーして、ガードを外す方法なども随分と研究したものでした。 パソコン(マイコン)というのは、正攻法ではなかなか覚えられないものです。
まだ納戸には、PC-8001,PC-8801,PC-9801などが眠っています。 別室を作って、歴代の銘機(?)を並べていつでも電源が入れられるようにしたいと思ったこともありましたが、パソコンに遣い過ぎたため原資がなくなり結局は諦めました。 黎明期の雑誌も束になったまま天井裏で眠っており、どうにかしなければと思っている所です。