先の選挙で落選し民間人となったはずの千葉景子法務大臣が死刑囚の死刑執行にサインしたという。 死刑というのは国が行う蛮行そのものであって、彼らが犯した殺人行為そのものを容認するものであるといえる。 死刑に至るまでの裁判など現在の法制度そのものに疑義があると同時に、犯罪者自身に自らの犯罪行為を自覚させる必要があるという観点から、死刑制度にはどうしても容認出来ない。 よく被害者の人権はどうなるのかという言葉を聞くが、同じ机上で論じる問題ではない。 もし執行しなければ、彼ら犯罪者の行為や言質から、人を殺さなくてすむ社会作りへ向けた改善策を見出すことができるかもしれない。 死刑はそういう種を安易に失わせるものであって、ある意味では犯罪者自身に贖罪の気持ちを生涯にわたって負担させることにこそ意義があるはずだ。 そういう意味でも、千葉景子が安易に死刑執行に判を押し、しかもその死刑に立ち会ったという。 本末転倒というか、彼女のこれまでの政治家としての活動が非常に軽いものであったと思わざるを得ない。 もう千葉景子は過去の人である。 でもそんな人物に死刑という重大な案件に判を押したというのは、どんな犯罪者であれ一個の人間としてうかばれないものを感じてしまう。
さて、黒姫に来て20数年、懇意にしていただいている荒瀬原・柴津の佐々木さんから長野みつ子さんというキリスト教の修道女を以前に紹介されたことがあった。 仏教とキリスト教という住む世界は異なるが、天涯孤独となった長野さんと佐々木さんは交流を重ねている。 彼女は戦後満州から引き上げてきて、カトリック修道院の修道女となって、もう10年以上前であったか我が家へ一度訪ねてくださり、そして我々が台湾へ行った時にお会いしたこともあった。 と言っても小柄な人であったという記憶しか今はない。
その彼女が記した、「ある少女の旅 - 満州・たったひとりの帰国」という本を今回いただき読むことが出来た。 彼女は、我が家がある古間という地区に住んでいた(当時は30戸しかない小さな集落であった由)といい、長野さん一家は昭和19年に、満州の黒姫開拓団に入ると日本海を渡り、広大な土地での収穫を味わったのも束の間、敗戦後の引き揚げという苦しみに合い、結局は疲労と食糧不足で兄弟父母ともに失い、中国人家族に拾われ残留孤児になるかもしれない所、たまたま帰国する日本人家族に救われて日本へ帰国することが出来た。
兄弟父母の幾多の死に目に会い、弔う気持ちからお寺の尼さんになる願望を抱き、結果、キリスト教修道会の一員となった。 この本は児童向けの書籍として書かれており、戦争がいかに悲惨であって、許されるものでないことが容易に分かるように記述されている。 平和教育の一助になる一冊だと思う。 どんな理由があっても戦争は決してあってはならないという意識を育てるために、これからの日本を支える子供達に是非読ませてほしい。
と思いつつ出版日を見たら1983年4月で、出版元の女子パウロ会のサイトを見たが本書の掲載はなかった。 もう絶版になっているのかもしれないが重要な一冊である。
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