先週の金曜日、「月下の侵略者」というタイトルの、豊臣秀吉が朝鮮半島を侵略した戦争の軌跡をたずねるドキュメンタリー映画を観て来た。
自分自身、日本の歴史に対しては大変疎い。 中高校生の頃、年号や難しい人名、家系や人脈を記憶するのに抵抗をおぼえ、国語に次いで嫌いな科目であった。 そして、サラリーマンが処世術を学ぶような歴史小説にも興味がわかずに人生の後半を迎えてしまっている。 そんな人間が、こういう映像を観ると実に新しい発見ばかりだが、秀吉の実像というのがよく理解できたように思う。
まず、秀吉と聞くと、貧しい生まれでありながら、日本国の主まで上り詰めた成功者のように思えるが、その実態は実に猜疑心が強く、身内であろうと不穏な人物は殺してしまうという、非常に偏狭的な人間であった。 朝鮮半島への遠征で、その成果を確認するために、朝鮮人の鼻や耳を塩漬けして日本へ送らせたとのこと。 鼻や耳を埋めた場所が耳塚として現存しているとのこと。 そして、陶工など技術を持つ朝鮮人を拉致して日本に連れて来たと、現在焼物の町として知られているような所はそういう方々の子孫が居られるわけだ。 北朝鮮による日本人拉致事件が起きたよりもっと昔に、日本人は多くの朝鮮人を拉致していたということである。
日本では秀吉を英雄視し、昭和の時代になって再び朝鮮半島へ侵略し、徴用と称して朝鮮人を炭鉱などで働かせ、また女性は日本軍兵士の慰み者にして来た。 そういう事実をきちんと学校が教えれば良いのだが、旧日本国は大東亜共栄圏という中国や朝鮮を守るために戦争を始めたのだと、子供達にウソを教える教育をしようとしている。 ここにも秀吉に共通する、貧相な思考があるように感じる。
さて、森まゆみ著「海はあなたの道」という本を読んだ。 本書は、大学生の時に訪ねた韓国を、25年後に再び訪ね、その時々に会った日本に関わりのある人々や場所を訪ね手記にしたものであった。
秀吉の時代に朝鮮遠征に嫌気がさし戦線から離脱して朝鮮に住み着いた日本の武将がいたらしい。 名を沙也可と云ったらしいが、「沙也門」とか「雑賀衆」ではないかと、色々諸説があるらしい。 また、大正の大逆事件の被告人であった朴烈、金子文子についての記述があり、金子文子にいたっては恩赦により無期懲役になるも、それを望まず縊死したという。 何と過激というか、自分の命をかける思考に、「スゴイ!」という月並みな表現しか出来ない。
先日、仙台の北部に出かけた時に、「安重根の碑」という案内板が眼に入って来た。 寄る時間がなかったので後日調べたら、伊藤博文を暗殺した安重根は人間として素晴らしい人物であったと、安重根の監守であった千葉十七が永く書を保管して来ていたと、それを顕彰するため千葉の菩提寺である宮城県の大林寺に碑を建立したということであった。 多少拡大解釈されている部分はあるだろうが、金子文子や安重根のような人物の存在は日韓関係に逆に明るさを灯すようにも感じる。
本書の「永楽保隣院にて」の件にある詩を残そう。
こごえた手を
胸に抱いてあたためてやり
痛む胸を
なでさすってやり
一生を遠しともせず
遠い道を歩みきた
故郷というものは
特別にあるものでない
心をとどめたところこそ
ほんとうの故郷である。
著者はあとがきで、「『過去に目をとざすものは、現在にも盲目である』というヴァイツゼッカーの言葉を思い起こさないわけにはいかない」と記している。
「月下の侵略者」のガイドブックにも記されている。
「無知は罪である」という。 知らなかった、教えられなかった、ではなく、真実を知ろうと努力することが重要なのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿