(追記:2011/08/28)
講演会場での写真撮影は禁止であったとコメントを頂きました。 ご指摘を受け遅まきながら掲載した写真を削除しました。(追記了)
今日は、須坂・浄運寺で開かれた無明塾へ出かけて来た。 無明塾では25年にわたって年3回の講座を開き、特に夏のこの時期には、いつも3名の作家などが講演をされていた。 今回のメンバーは、ここ数年同じ方々で、加賀乙彦、秋山駿、窪島誠一郎の各氏と、天満敦子さんのバイオリン演奏であった。
浄運寺の講座には、これまで時間が合わずなかなか参加できずにいて、やっと2008年8月と11月、そして今回と3回目の聴講となった。 浄運寺では既に本堂と庫裏の改築工事に入っておられ、工期は10年にも及ぶらしい。 そのため講座は今回で終了することとなり、工事終了後にあらためてアナウンスをされると住職は仰っていた。
写真削除(開始前の本堂にて) 最初の講演は、上田市にある信濃デッサン館・無言館館主でおられる窪島誠一郎さんが「『生きる』という約束について」と題して話された。 2年前にお会いした時には、目がキラキラして輝いているようにお見受けしたが、今日はかなりお歳を召されたなというのが最初の印象であった。
窪島さんが信濃デッサン館を開いたのは32年前、無言館は13年前だそうで、以前の来館者は滞留時間が長くゆとりを持って絵を鑑賞されていたとのこと。 現在は、観光バスなどで一団で来て、それも反戦だとか憲法9条を守れとかゼッケンを付けて来る方たちも居られ、絵画の前であれこれ慌しく喋って、鑑賞することもなく帰っていく光景がよく見られるそうだ。
絵と対話するということは、自分を見つめる時間を大切にすることにも通じるのではないかと仰る。
城山三郎さんがかつて「群れをなす」ことの危険性を話されていたそうだが、テレビが一方的に流す情報は害毒そのもので、その映像だけで見た気持ちになり、メディアに泳がされてしまう結果となる。 だから無明塾のような講座の存在意義があり、五体で感じる感動を失わないような生き方が必要だと話された。 窪島さんは65冊目の著作として、「約束」という本を出されたとのことで、人間は誰かとの契りの中で生かされているのではないかとのこと。 誰かというのは、自分を生命として産んでくれた父と母であり、もう一つの契りは自分との約束であると仰った。 自分との約束でいう自分とは、自分のことではなく、自分という存在を作ってくれているたくさんの人々のことではないかと話された。 実に含蓄のある内容で、そういう約束を大事にして行きたいと思った。
無言館にかかわる仕事の中で、色々な戦没画学生に出会い、彼らは限られた時間の中で、自分の思いを精一杯出していた。 かけがいのない生の雫、与えられた命をどう使いきるかということが問われていると最後は結論付けられていた。
窪島さんが、ご自分の半生を走馬灯のように話される中で、感じられたことを分かりやすく説かれ、自分の時間をもっと大切に使いたいという気持ちにさせて下さった。
二番目に話されたのが、文芸評論家の秋山駿さんで、タイトルは「人生の考え直し」。
冒頭で、今朝亡くなられた三浦哲郎さんを悼む言葉があった。 秋山さんは年齢のこともあるでしょうが、ご本人が納得された話し方をされるので、かなり分かりにくいです。 事前に「信長」など著作を読んでおけば理解に役立ったのでしょうが、そういう意味でも難解な講演でした。 話された内容は戦中戦後のことから始まり、日本が経済大国二位であることや富裕層の存在など。 今、思い起こしても話の主旨がよく分からなかった。
でも、互いの国や民族の正義があるから戦争が起きるという話には合点した。 正義に折り合いを付けるというのが一番困難な所作なのであろう。
写真削除(秋山さん) 最後は加賀乙彦さんで、「八十歳になった心境」。
陸軍幼年学校時代から話が始まり、著作の「永遠の都」のこと、そして、東京拘置所の精神科医として赴任し、正田昭という死刑囚と6年間文通したことなどを話された。 死刑執行後に現れた人から正田昭との文通内容を見て、彼が二面的あるいは三面的な要素を持っていたとのこと。 死刑囚といえども彼らは人間としての苦悩に溢れており、昨今、東京拘置所の刑場が公開されたが、あの報道は人間的な苦しさを明らかにしていないという点で、非常に問題だと話されていた。 毎朝7時から8時の間は、監房の中はシーンとして静かになるそうで、死刑執行がいつ自分に向かってくるのか気がかりな時間だそうだ。 加賀さんの奥様は入浴中にくもまっかで溺死されたそうである。 明日も分からない死刑囚の命と同様に、我々の命が永遠に続くわけではなく、80歳になった今、死刑囚と同じように残された時間が僅かであることを意識して、残された時間を大切にする心境でありたい由。
写真削除(加賀さん) 講座を終えてからは、天満敦子さんのバイオリン演奏。 天満さんは天真爛漫というか、いつまでも童のように邪気のない人ですね。 隣のおばさんという感じ。 そこに彼女が好まれる理由があるように思う。
写真削除(天満さん) 終了後は、著作など販売されたものへのサイン会。 今回は、窪島誠一郎さんの「約束」、秋山駿さんの「舗石の思想」、加賀乙彦さんの「不幸な国の幸福論」と「ザビエルとその弟子」 を購入した。
講演された方々のうち、人間的に自分に近い人はどなたであろうか? 窪島さんは一番苦労されて今の位置にあろうし、「約束」という絵本に記述されている、あの心、あの情熱に対して称賛に値する方だと思う。 キラキラとした目の輝きをいつまでも失っていない人として一番親近感を感じる。 そして秋山さんはお話は分かりにくいが、庶民派の人物ではなかろうか。 加賀さんはやはり雲の上の人であった。 「宣告」に記述されているように、かけがいのない人生経験をされ、それを小説にされているが、上層志向の人であろうという印象が強い。 著作を数冊読み、お話を2度うかがって、もういいかなという気持ちになった。
写真削除(サイン会・秋山さん)
写真削除(サイン会・窪島さん)
写真削除(サイン会・天満さん)
写真削除(サイン会・秋山さん) 25年続いたこの無明塾は今回で終了。 本堂の工事終了後にあらためてアナウンスされると住職は仰っておられたが、秋山さんと加賀さんは既に80歳を越えられておられる。 再びお話をうかがうことができるのか、やはり気がかりではある。
浄運寺に着いた時、帰りには永い間無明塾の講演者であった中野孝次さんの墓に詣でようと話していながら、うっかり失念してしまった。 松代大本営の歴史館にも訪ねたいので、別に時間を作ろうと思う。